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双子の女の子の霊

 なんとなく頭と身体が疲れているけれど、眠くはない時に休憩がてら布団に入ると、高い確率で金縛りにあう。そしてその際、幽霊が見えることがある。


 金縛りという現象がありふれていて、合理的に説明のつくことであることは重々承知だし、そういう状況で幻覚や幻聴を見ることが多いのも理解できる。

 実際、金縛りの時のベッドの上の体の態勢と、起きた瞬間の自分の態勢は違うことは多い。金縛りが起きているときに見ている景色は、実際の景色ではなく、僕の頭の中のイメージなのだろうと思う。


 ならば、と僕は思う。幻覚を見た時に、その幻覚を生んでいるのが自分の頭なら、それを見ているのには、必ず自分自身に由来する何らかの理由があるのではないか、と。


 今まで僕が見てきた幽霊は、どれも無害だったのに、僕はそれを叫び出したいほど恐れていた。実際に叫ぶこともあったし、叫びたくてもまったく声が出なかったり、息ができなくなったりすることしかなかった。

 幽霊たちから、僕に対しての敵意を感じたことすら、一度もなかった。恨みも、嫌悪も、彼らは感じておらず、ただ僕を見て、時に優しく触れてくるだけだった。

 でも僕はそれに対して、どうしようもないほど恐怖し、今すぐにでも逃げ出したいとずっと思っていた。

 なぜだろう、と、今日、僕は思ったのだ。


 昨日も金縛りにあい、そのときは幽霊が見えたわけではなかったのだが、何かが近くにいるという感覚はあり、それなのに目が覚めることもなく、しばらくその背筋の凍るような状況が続いた。僕は目が覚めた時、次、同じ場面になったら、自分が捨てた宗教の経を唱えてみようと思った。

 それで今日だ。金縛りだとわかったあと、経を頭の中で唱え始めた。声は出なかったから、そうすることにしたのだ。

 少しだけ心は軽くなり、視界が少しだけはっきり見えるようになった。すると、眠っている自分の上に乗っている何かがいるのに気づいて、再び恐怖した。何がいるのか確かめたい気持ちと、見てはいけないとい気持ちのせめぎあいがあったが、僕は薄目を開いて、向こうからはわからないように見ようとした。するとそこにいるのは、女の子だった。髪は長かった。暗くてよくわからなかったが、多分笑っていたし、楽しそうにしていた。

 怖かったから、意識をそらそうと視線を右にうつすと、もうひとり女の子がいて、その子がもともとの子にぴったりくっついて、親し気な様子だった。そして右側の子が、僕の顔の方に手を伸ばした。何をされたのかはわからなかった。頬にふれたのか、まぶたに触れたのか。唇に触れたのか。人差し指を伸ばしていたようにも見えたし、何かをつまもうとしたようにも見えた。でも全部気のせいで、ただ普通に手のひらで僕の頭を撫でてみたかっただけかもしれない。

 僕はその状況がひどくおそろしかった。はやく起きたくて、必死になって経を唱えた。


 動かない体を無理やり動かそうとすると、余計恐怖心が強くなり、恐ろしい幻覚が見える。僕はそう思っているので、金縛りの最中は無理に動かないようにし、定期的に試みはするものの、必死にはならないようにしていた。

 ただふとある瞬間に、重い体が少しずつ動き、意識ははっきりし、まぶたが開く。眠ったときと同じ体勢で、自分が現実の世界に存在するのだと気づき、安心する。僕は現実の世界で、幽霊を見たことが一度もないから、この世界では怯えなくていいのだとわかっている。

「あのふたりはなんだったのだろう」

 僕はそう思った。

「思えば、ちょっとかわいかったかもしれない」

 とも。あのふたりは、髪が長く、楽し気だった。おそらく髪の色は片方が黒で、片方が白だったと思ったけど、暗かったので、違ったかもしれない。背丈はふたりとも小柄で同じくらいだった。多分130~145くらいだったと思う。立ち上がったときに、僕の肩より低いくらいだったと思う。顔はとても青白かった。その細かい造形は良く見えなかった。でも目があるのはわかったし、口もあったと思う。それらが崩れていたような記憶はない。

 服は、よくは見えなかったが、それぞれ違う服を着ていたし、装飾の凝ったものであったことは確かだった。幽霊のイメージである白装束や喪服みたいな地味な格好ではなく、きっちりおしゃれをしていたし、よく似合っていたように思う。

 あのふたりは、明確に僕の存在を認識しており、興味を持っていた。

 そこまで思い出して、僕は僕に対して疑問を思ったのだ。

「なぜ僕は、彼女らに恐怖を抱き、彼女らとコミュニケーションをとることをはなから不可能だと決めつけていたのだろうか、と」

 思えば、今までもそうだった。何が見えても、僕は彼らと言葉を交わすことなど想像もせず、危害を加えてきたわけではないのに、話が通じない相手だと決めつけていた。人間は言葉を知らぬ動物や虫、植物とさえ言葉をかわそうとするのに、なぜ「彼ら」とは、言葉をもってわかりあおうとしないのだろうか、と。

 でも、と僕は思った。彼らと、「わかりあう」のは、危険なのではないか、と。なぜ危険だと感じるのかはわからなかったけれど、しかしそう感じずにはいられない。だから、経を唱えようと思った時とは違い「次は話しかけてみよう」と決めることはできなかった。インターネットで、幽霊と会話をした事例を検索してみたが、僕が求めていたようなものはひとつも見当たらなかった。


 僕は最近、合理的に説明のつかないこと、もっと端的に言えば、この世界の「現実性」に属さないものが存在することを信じるようになった。この「信じる」というのは、「絶対にいる」と思うことではなく、「不思議なものが存在しない世界に生きるよりも、存在している世界に生きるほうがいいはずだ」という信念を抱き「いることを前提に意志決定を行う」という賭けをすることを意味する。

 その影響かもわからないが、あれが幻覚であることを知りつつも、確かに「彼女ら」が存在したと僕は思っている。彼女らにも人格があり、生い立ちがあり、意志があり、欲望がある。そう思えば思うほど、彼女らに対して、恐怖を抱き、避け続けるような態度は、ある意味ではとても失礼だったのではないか、と思ったのだ。

 結局僕はどうすればいいのかはわからなかったが、とりあえずひとつはっきり自分に言い聞かせておきたいことがあるとすると「今のところ、僕が見たことのある霊は、誰も僕のことが嫌いではなかった」ということである。

 それにしても、なぜ僕はあのふたりが「双子」だと思ったのだろうか。

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