男爵令嬢、愛しの貴公子への手紙と、意地悪な令嬢への手紙を、それぞれに間違えて送ってしまう
リリア・ラレットは貴族学校に通う男爵家の令嬢である。
明るい赤髪のセミロングで、瞳もルビーのように鮮やか。彼女が白いドレスを纏うと、それらをより一層引き立て、周囲をあっと言わせる美しさとなる。
学校に通い始めて二年ほどが経つが、今彼女には気になる異性と同性がいた。
異性の方が、伯爵家令息のアレクス・リッター。
すらりとした長身で、さらっとした黒髪と切れ長の眼を持ち、少年らしいあどけなさをわずかに残しつつ、貴公子らしい凛々しさを備えた、紅顔の美男子である。
学校では貴族男子と女子は分かれて授業を受けることになるが、アレクスとは時折行われる男女を交えた校内パーティーで知り合った。
このパーティーはいわば夜会の予行演習ともいえるので、男女間で口説き合うことはむしろ推奨されている。
「君、綺麗な赤髪だね。ポインセチアを彷彿とさせてくれる」
「まぁ、ありがとうございます!」
「僕はアレクス・リッターという。君は?」
「リリア……リリア・ラレットです」
「そうか。よかったら一緒に踊らない?」
「はい、ぜひご一緒させて下さい!」
これが縁で、学校の空き時間を利用して二人はよく会うようになった。
校内のバルコニーで会話をしたり、食堂で一緒に食事をしたり、中庭を散歩したり……。
しかし、恋仲というほどではなかった。
どちらかが想いを伝えるということはまだしていなかったし、“友達以上恋人未満”という言葉が相応しい関係だった。
なのでリリアには不安もあった。
貴族同士の交際など、婚約などの契りを交わさなければいつ反故にされてもおかしくないほど脆いもの。
ある日突然「君とは遊びだった」と言われてもおかしくないし、文句も言えない。
アレクスと一緒に過ごすのは楽しいが、彼の本心を掴めずにやきもきしてしまう部分もあるのだった。
さて、気になる同性の方は同級生のバーバラ・グラムという子爵家の令嬢だった。
あでやかな金髪を両サイドでロールヘアにし、真紅のドレスを着た、華麗な美貌を誇る令嬢だった。
しかし、性格にやや難があった。高飛車なところがあり、誰に対しても威圧的に接する。特にリリアは彼女の示威行為のターゲットにされることが多かった。
「リリアさん、貴族令嬢がそんなに音を立てて歩いてははしたないですわよ」
「ご、ごめんなさい……」
「紅茶の飲み方が下品ですわ。カップの方に口を近づけては、猫背になってしまいますから。あなたは猫になってもよろしいの?」
「気を付けます!」
「白いドレスを着ている時に黒豆のスープを食すのは感心しませんわね。もしスープが飛び散ってしまったらどうするの? 白地に黒は目立ちますわよ」
「気づきませんでした……」
バーバラのアドバイスは決して的外れではなく、彼女のおかげで令嬢として成長できたという実感もある。
しかし、上から押さえつけるような言い方をされるとどうしても委縮してしまうし、リリアはバーバラに対し苦手意識もあるが感謝もしているという複雑な感情を抱いていた。
実際のところ、バーバラは私のことをどう思っているのだろう?
それがどうしても気になってしまうのである。
愛しの貴公子アレクスと威圧的な令嬢バーバラ。
二人には自分の気持ちを伝えたいし、相手の気持ちを確かめたい。
とはいえ、直接尋ねる勇気も出ない。
そこで思い立ったのが、“手紙を書くこと”であった。
二人に手紙を書いて、自分の思いをぶつけてみよう。リリアはそう決心した。
まず、愛しのアレクスには――
『大好きです。
あなたのことを思うと胸の中がドキドキしてしまいます。
こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。 リリアより』
率直な想いを文章にした。
続いてバーバラには――
『いつもお世話になっています。
あなたにはとても感謝しています。だけど、あなたの本心が分からない部分があります。
今度じっくり話し合いたいのですが、いかがでしょうか。 リリアより』
やや堅いが、これまた本音をぶつけたつもりである。
貴族学校内では生徒同士で手紙を送り合うことも認められており、校内のポストに入れれば、望みの相手に手紙を届けることができる。
リリアは早起きして朝一番でこの校内のポストに二人あての手紙を入れた。そうすれば今日の午前中には校内の配達人が二人に手紙を届けるはず。
おそらく回答は二人の口から直接来るだろう。
それが楽しみなような、不安なような、そんな心持ちであった。
午前中の授業は滞りなく進み、リリアの頭も冴えてくる。
だが、この“冴え”がリリアの脳裏に思わぬ記憶を呼び戻す。
(あれ……? ひょっとして私、宛名を間違えて書かなかった?)
アレクス宛の手紙をバーバラに、バーバラ宛の手紙をアレクスに送っていないだろうか。
疑惑はだんだんと確信に変わってくる。
(間違えてる気がする……)
必死にそんなことないと考えれば考えるほど、皮肉にも記憶が鮮明によみがえる。
粘土ほどの柔らかさだった確信は、まもなく石のように強固になった。
(……間違えた!!!)
間違いなく、自分は手紙を間違えて送っている。
もはや取り返しがつかない。
もう手紙は二人に届いているだろうし、上手い言い訳も思いつかない。
リリアは授業中にもかかわらず天井を見上げた。
(終わったのね、私……)
***
学校の昼休みになり、さっそくバーバラがリリアに近づいてきた。
彼女の用件はもう分かっている。
アレクス宛の『大好きです』の手紙をすでに読んだに違いない。あんなふざけた手紙を見て、さぞご立腹のことだろう。
今後バーバラからの態度がさらに高圧的になっても私には何も言えない。リリアは覚悟を決める。
ところが、バーバラの反応は予想だにしないものだった。
「リリアさん……」
「は、はいっ!」
バーバラの顔は普段の威圧的なものではなく、いつになくしんみりした顔つきである。
「私のこと、“大好き”っていうのは……本当?」
「え?」
「あんなに意地悪した私を、本当に好きなの?」
どう答えたものか。リリアはとりあえず正直に答えることにする。
「えーと、ちょっと怖いと思ったこともありますけど、バーバラ様には貴族としての心構えを沢山教えてもらいましたし、私は好きです!」
紛れもない本心。苦手とはしてきたが、バーバラへの感謝の気持ちは大きかった。
「……本当?」
「本当ですとも!」
「胸がドキドキというのも、『バーバラを見ると嫌な気分になる』のような感情ではなくて?」
「そんなことありませんよ!」
リリアは全力で否定する。
「ううっ、よかった……!」
「へ?」
初めて見るバーバラのしおらしい姿にリリアはきょとんとしてしまう。
「実は私、ずっとあなたとお友達になりたかったの。それに私から見ても、あなたは磨けば素晴らしい令嬢になれる素質を持っていた。だから、マナーのアドバイスをしつつ、ゆっくりお友達に、と思ったのだけど……」
リリアは黙って聞いている。
「私は父から『弱みを見せるな』『誰に対しても強気で』と常々教えられて、根っこの性格だって捻り曲がっている。だから、どうしても上から目線のような口調になってしまって……。どんなに気をつけても、そうなって……」
格上であるはずのバーバラが初めて“素顔”を見せてくれたような気がした。
「バーバラ様、お友達になりましょう」
リリアは本心から告げた。
「貴族なんですから、強気に出るのは当然です。それにあなたは捻り曲がってなんかいません。むしろ、正々堂々とした、まっすぐな人です。私にもこうして本心をぶつけて下さったのですから」
「……ホント?」
「本当ですよ」
リリアは安心させるようにニッコリと笑う。
「嬉しいっ……!」
感極まったバーバラがリリアの胸に飛び込んできた。
驚いたが、リリアはこれを黙って受け入れた。
やっと重い何かから解放されたようなバーバラの顔つきは、とても朗らかで美しかった。
そして、二人は両手で握手をする。
「あなたとアレクス様の恋も、わたくし、全力で応援しますから!」
「アハハ……心強いです」
バーバラからの激励に、リリアは苦笑いせざるを得なかった。
***
手紙の送り間違えについて、バーバラの件は解決した。
だが、もう一人のアレクスはどうだろうか。
放課後、不安な気持ちで校内を歩いていると、案の定アレクスに出会った。
「アレクス様……」
「手紙……読んだよ。ちょっと付き合ってくれるかい?」
「はい……」
緊張するリリア。
アレクスとリリアは、校内の誰もいない一角までやってきた。
「手紙、どうもありがとう」
リリアの全身に汗がにじみ出る。
彼に送ってしまったのは本来バーバラ宛だった手紙。『あなたの本心が分からない』『今度じっくり話し合いたい』など、およそ好きな男性に送る内容ではなかった。
「ちょっとビックリするような内容だった」
「で、ですよね……」
違うんです。違う人宛だったんです。と言いたいが、そのタイミングを全くつかめない。
「おかげで目が覚めたよ。僕にはどこか逃げていた部分があったと思う」
「え……?」
「そう、君との関係をはっきりさせず、恋人なようなそうでないような関係を続けて、時間を稼いでいた部分があった。はっきりさせてしまったら、それは君に対する責任が発生することになり、そのことが僕には怖かったんだ」
だが、とアレクスは続ける。
「君の手紙でピシャリと叱られたような気分になった。自分の甘えをズバリ指摘してもらうことができた。今みたいな関係をずっと続けていいわけがない。だからはっきり言おうと思う」
はっきり言う――このフレーズにリリアはドキリとする。
ちょっと待って下さい。まだ心の準備が……。
「君が好きだ。君を愛している。できることなら、もう婚約までしてしまいたい。君を他の誰にも取られたくない。これが僕の本心だ!」
「ふぇ?」
思わず変な声が出てしまう。
リリアとしては、今の微妙な関係がもう少し進展したらなぁ、ぐらいに思っていた。
しかし、いきなり婚約話が飛び込んできた。
山をゆっくり登るつもりでいたら、『頂上まですぐに上がれるリフト』が出てきたような状態だった。
「リリア、いかがだろうか?」
あまりにも真剣でまっすぐな眼差し。リリアは嬉しさと困惑でしどろもどろになりつつも、かろうじて答える。
「は、はい……。私でよろしければ……よろしくお願いしますぅ……」
***
手紙の件があってからというもの、リリアとバーバラは親友同士になった。
「リリアさん、今度ショッピングにでも行きませんこと? 新しい香水のお店がオープンしましたので」
「そうですね、ぜひ! それと私、香水には疎くて、色々と教えて下さい!」
「でしたらアレクス様を虜にできるような香水を見繕ってあげますわ」
「もう、バーバラ様ったら!」
バーバラのおかげで、リリアは貴族令嬢として品位を1ランクも2ランクも上げることができた。
もちろん、アレクスとの関係も良好だ。
婚約を交わし、二人はますます親密になっている。
「……ん? 今日は香水をつけてる?」
「はい。お友達に紹介してもらった香水を……」
「そうだったのか。芳しくて、ますます君を魅力的に感じてしまうよ。卒業が待ち遠しくてたまらない」
「うふふっ、私もです。ア、レ、ク、ス様」
言いながら、リリアがアレクスの胸を指でツンツンとつつく。
アレクスの心臓が大きく跳ね、たまらずリリアを強く抱きしめる。
「リリア……」
「アレクス様……!」
大好きな人の腕の中。自身の香水とアレクスの匂いが届き、リリアは恍惚とした表情になる。
きっかけは手紙の送り間違いだった。
しかし、そのおかげでリリアは生涯の親友と生涯の伴侶を同時に手に入れることができたのであった。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。