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貧乏奨学生を目指す子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 【スローライフ編】  作者: みちのあかり
第一章 レイシア初めての体験 (レイシア5歳)
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初めてのお出かけ

 ターナー子爵領は、ガーディアナ王国の南の端っこにある、そこそこ広い農村地帯。国境はガーディアナ山脈の稜線。山から平地までは森が広がっているが、危険な魔獣など出ることもなく、冒険者達からは『初心者の町』と揶揄されている。

 

 特産品はオリーブやオレンジなどの果実。小麦はそれなりに取れ、最近では養蜂が広がりつつある。山があるので材木や山菜、茸などもとれるが、はっきり言えば目立つ産業もなければ他と比べて珍しい特産品もないありふれた貧乏な領地。


 そんなターナー子爵領にはこんな格言がある。


 『温泉無礼』


「温泉とは裸の付き合いである。どんなに贅を尽くした衣装でも、農民の汚れた服でも、脱いでしまえば何も意味のない布切れではないか。温泉まで来て気を使っても仕方があるまい。悪意のない無礼に怒るとは本末転倒。のんびり過ごすことこそ温泉の本懐。皆好きに寛げ、無礼講じゃ~」


 と、初代領主が『温泉の中では皆平等宣言』(ただし男女は別、混浴禁止)をしたため、領内専用公共温泉では領主も官僚も町人農民全てが裸の付き合いをし、下々の愚痴や困りごとを官僚がすぐ気付き政策に活かせるというとんでもないシステムが出来ていたのである。が、温泉は王国ではターナー子爵領にしかなく、領主も入るため領民限定として秘守。他領冒険者や商人はターナー子爵領に来ても温泉と言う存在は知らないまま、宿屋でタライの水で体を拭くか、川で水に浸かるかだけ。


 そんな貴族と領民が当たり前に触れ合っている、なんとも珍しい領地で、父クリフト・ターナー 母アリシア・ターナーに愛されながらレイシアは生まれ育った。



 5歳の誕生日を終えた翌日、朝食を食べ終わったレイシアに、お母様のアリシアは微笑みながら言った。


「今日は教会に行くのよ。レイシアは教会で洗礼を受けるの。お母様が選んだ綺麗なドレスにきがえましょう」


 「教会って絵本に出てくる建物?どこにあるの?お外に行くの?」

 興奮したレイシアは心の中で叫んだ。


 (わたし今日、はじめてお外にでるんだ。絵本で見たようにキレイなとこなのかな~)

そう思うと飛び跳ねずにはいられなかった。


「まあまあ、レイシアったら」

 お母様は微笑んだ。


 メイド達がレイシアを衣装部屋に誘導する。しばらくして可愛らしく着飾って出てきたレイシアを見てお父様のクリフトは、


「素敵になったね、レイシア。これからは一人前のレディとして扱わなければ行けないね」


と笑いながら、レイシアの隣に立って、手のひらを差し出した。レイシアは少し戸惑っていたが、ふと気がついた。


 (これは、いつもおかあさまにしているよね。おかあさまはたしかこうして……わたしはおかあさまのように、にっこり微笑って手をのせた。これでいいの?)


 レイシアはドキドキしながら父の顔を見つめた。


「よくできたね。これは、エスコートと言うんだよ」

 おとうさまに褒められ、エスコートを教えて貰ったレイシアは、


 (わたしはレディになったんだ)


と不思議な気持ちになった。


 (初めて馬車に乗ったよ! 楽しい! お馬さんが箱を引っ張って、歩かないのにわたし勝手に進んでいるんだよ。ナニコレ楽しい~)


 初めての外出、初めての馬車。レイシアのレディの仮面は一瞬で外れた。馬車の中では興奮しまくってずっと喋り続けていた。


 教会に着いた。レイシアは馬車から飛び降りようとしたが、お父様に止められた。


「レディはおしとやかに降りるんだよ」

とエスコートされた。


 慌ててレディらしく振る舞おうと頑張ったが、無理だった。教会を見たら興奮せずにはいられなかったのだ。


「おかあさま、絵本とおんなじです」


 何度も絵本で見た教会が目の前にある。その感動と興奮でレイシアはクルクル回った。


「すごいすごい、わたしホンモノの教会にきたんだわ」


 両親は微笑みながら、レイシアが落ち着くまで見守った。レイシアの興奮が解けたのを見計らって言った。


「さあ、教会に入ろう。いいかい、私の小さなレディ。教会の中ではお喋りしてはいけないよ。静かにするんだ。約束できるね」


「分かりました。おとうさま、おかあさま。わたしはレディとしておしとやかになります」


 大人びた口調でレイシアが言うと、お母様は「まあステキね」と言って微笑み、お父様は「ではエスコートをしましょう」と言ってレイシアに手を差しのべた。


 レイシアは父の手を取り、教会へ入って行った。



 レイシアはお父様との約束を守り、静かに静かに歩いていた。周りから見ればしっかりとした小さなレディに見えた。けれど心の中は大騒ぎ! 興奮しっぱなし!


 (すごいすごい! キレイ! 絵本で見たよりキラキラしてる! 窓に絵がかいてあるよ、天井にも) 

 

 薄暗い礼拝堂の窓にはステンドグラスがはめ込まれ、やわらかな日差しが様々な色のガラスを通して差し込み、部屋の空気に溶け込みながら床や壁を彩っていた。

 絵本では表しきれない光の芸術。静かな緊張感と厳かな雰囲気を、レイシアも感じていた。


 レイシアは一番奥に人形を見つけた。


「あれが神様?」


 レイシアは静かに尋ねた。お父様は答えた。


「女神様、アクア女神様だよ。レイシア」


「女神様? アクア女神様?」


「神様は沢山いるのは知っているよね。女神様は女性の神様。ここの教会は水の女神様を(まつ)っているんだよ。そしてここは礼拝堂、神様を拝む場所だよ。さあ、私の真似をしてお母様と一緒に拝みなさい」


 (あの人形は女の神様なんだ! そうか、神様のお家だからキラキラ光っているのね)


 レイシアを真ん中に親子三人椅子に座ってお祈りした。レイシアは絵本に描いてあった少年が祈っている絵とおんなじだねと思った。その時、真っ白い装束を身に纏った男性がゆっくりと歩いて来た。


 (キレイな人。あっ! あそこに女神様がいるから、もしかして男の神様なの!? 神様が動いているの?)


 レイシアが「あなたは神様ですか?」と恐る恐る尋ねると、その男の人は微笑んで言った。


「レイシア様。私は神様に仕える神父のバリューです。今日はよくいらして下さいました。これからレイシア様の5歳の誕生日を神様にお知らせして祝福を頂きます。さあ、一緒にお祈りをいたしましょう」


 神父は壇上に上がり、歌うようにお祈りを始めた。レイシアの両親も神父様に続いてお祈りの言葉を口にしていた。レイシアもムニムニとお祈りの言葉みたいにつぶやいた。よく分かってなかったけど。


しばらくすると神父はレイシアを壇上に呼び寄せ、女神様の前に立たせた。


「さあ、私と同じように跪いて手を組みなさい。そして私の言う言葉を繰り返して、神様に誓いなさい」


 神父は祈りの言葉を紡ぎだす。


「清らかなる流れを司る、水の女神アクアに捧ぐ」


 歌うように語るように美しい旋律を奏でながら、神父が一小節目を唱えレイシアに追唱を促す。レイシアは神父の言葉を思い出しながら、祈りの言葉を小さな声で唱えだした。


「きよらか、なる、ながれ、を、つか、、つか、さどる?、さどる。つきさどる。さどるどるどる、ドララララ、、ドラ、ドリ、ドル、ドレ、、、、、ドラャーーー」


 厳かな空気感によって引き起こされた緊張と、聞いたことのない言い回しにレイシアはプチパニックを起こしていた。


 神父は子供用の祈りの言葉でなく、正式な大人用の祈祷文を読んでしまったと舌打ちした。やっちまったと焦ったが時すでに遅し。気が付くとレイシアは三白眼になりながら、呪詛(じゅそ)のように意味のない音をブツブツとつぶやいていた。


「ドルマルナルヨシ&ナ\ブ@+ …………ロロ……ズ……べ……ヒャッ ヒャッ ヒャヒャヒャ シャ――――――」


 神父もパニクった。


「レイシア様、落ち着いて下さい。落ち着いて下さい。立ち上がって深呼吸です」


 神父はレイシアの両脇にガシッと手を入れ、力まかせに持ち上げると演台の上に立たせた。


 神父とレイシアの目線の高さが同じになる。


 神父はレイシアと目を合わせ『こうするんだ!』と鬼気せまる迫力で腕を伸ばし、胸の前でクロスすると、大きく腕を開いては閉じ 開いては閉じ、スーハー スーハー と深呼吸を始めた。


 「さあ一緒に!」


 神父が声をかけると、レイシアは無表情三白眼のまま、両腕を開いては閉じ 開いては閉じ、スーハー スーハー深呼吸を始めた。礼拝席に座っていた両親も、神父の号令を聞いて、


((新しい儀式かな?))


と思いながらも立ち上がり、腕を大きく動かしながら スーハー スーハー 深呼吸を始めた。後ろに控えているターナー家の使用人達も深呼吸を始めた。たまたま礼拝に来ていた町の人々も…………。


 ♪みんな揃ってスーハー スーハー。腕を開いてスー♪♪♪。腕を閉じたらハー♪♪♪。スーハー スーハー スーハー スーハー ………………。


 ……礼拝堂は、謎の一体感と、得も言われぬ幸福感に包まれていた……



 後に王国中に広がり後世までにも残る、 


  神の息吹『スーハー』


が誕生した瞬間だった。





 皆が落ち着いた後、神父はレイシアに子供用の祈りの言葉を唱和させた。他にもいろいろある()()()()()()()()がつつがなく執り行なわれた……ホントだよ。 


 厳かな洗礼式を終え、無事水の女神の祝福を受けたレイシアは、呼吸の大切さを覚えた。教会に来て初めて学んだ生きた知恵【深呼吸(スーハー)】を体得した。

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