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午前0時、踏切にて  作者: とまと
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3. 詩織のおもいで

 両親がネグレクト気味だった私が幼い頃の主食はカップラーメンだった。親の手料理はほとんど食べた記憶が無いし、家に帰ればテーブルに置かれているのは五百円玉。それを持って最寄りのコンビニへよくカップラーメンを買いに行っていたのをよく覚えている。


 私の家庭では父が絶対だった。学校の先生よりも、総理大臣よりも、家庭内では絶対的な権力を持っているのが父だった。父は癇癪持ちで、日常的に暴力の雨が私に降り注ぎ、日に日に体中に痣が増えていった。

痣が消えては増え、ついには消えない痣までできてしまった。この痣が私の大きなコンプレックスになった。だけど、私の顔面だけには手を出さないでいてくれる。それが愛情なんだと思っていたけど、それは後になってただの勘違いだと思うようになった。だから、父の事が嫌いだった。

幼少期はそんな父の顔色を伺いながら生活をしていた。


12歳の時、母はそんな父に愛想を尽かして私を置いて出て行ってしまった。

母が家を出ていく瞬間の私を見る目は忘れられない。たぶん、睨まれていたと思う。だけど不思議なことに泣くことはなかった。ただただ喪失感が私を襲っていた。まあ元から私にほとんど関心が無かったし、愛情なんてうけた覚えもなかったから涙が出ないのも当然だろう。

確実にわかることは、私は母に捨てられたということだ。


母が出て行ってから一週間後、父に私を育てる能力が無いと判断した父方の祖母に私は引き取られ、父とはそのまま縁を切った。祖母は『親も子供もお互いの心なんか分からないからねえ』と言っていたが、私にはそんなもの分かりたくなかった。知る以前に父や母に嫌われているのは明白だったし、なによりそれが確実なものと認識するのが怖かった。だからそんなことを言ってくる祖母の心が嫌いだった。


祖母に引き取られて中学にあがってからは平和だったが、ずっと気分が沈み体が重く、錨を下した船のようになってベッドから出られない日が多くて学校へはあまり行けなかった。

重い体を無理やり起こし学校へ行っても、体中の痣を気味悪がられ私に近づく者は誰一人としていなかった。そんな私を心配しての事か、私は祖母に精神科につれられ、医師からは鬱病と診断された。抗うつ剤を処方してもらったがあまり効果はなく、憂鬱な気分が増していくだけだった。


14歳の時、私は料理に目覚めた。料理は私の匙加減で全てが思い通りになる。そんな料理が好きだったし、それに快感を覚えていた。それと同時に、父も私を思い通りに支配することで快感を覚えていたのかと思うと、父に対しての嫌悪感がより一層増していた。

そして、料理は愛情を込めて作るというが、愛情なんてもらった事が無い私にはよくわからなかった。だから『おいしくなりますように』『おいしく食べてくれますように』と願いを込めて作るようにした。祖母は私の料理を喜んで食べてくれる。それが嬉しかった。

 

大学に上がった時、私は髪の毛を金色に染めた。今までとは違う、新しい自分に生まれ変わったことを証明するためだ。そして、それが私が親にできる唯一の反抗だったからだ。

まあ、もう会うことはないけど。


大学生活はあまりうまくいっていなかった。同じ学部の友人はあまり気が合わず、その子は知らぬ間に違う友人を作ってしまって私からは離れていったし、居酒屋のアルバイトでも人間関係がうまくいかなかった。

それに伴い、授業に出ることも少なくなり、嫌気が差して大学そのものを休みがちになってしまった。そんな折、祖母が倒れた。昔からあまり病気などかかることもなく元気な祖母だったが、脳梗塞であっさり逝ってしまった。こうなる事を見越しての事だろうか、祖母は生前に遺書を書いていた。

そこには、自分が死んだら家は私に相続する事、遺産もすべて私に相続する事が書かれていた。文字通り私は家を相続し、二千万円ほどの遺産も相続した。しかし、祖母を失った傷は深く、より孤独感を感じさせるようになってしまった。祖母が亡くなってからは私の生活はさらに酷いものへ変わっていった。鬱が加速し、もらっていた薬もあまり効いている様子は無く、オーバードーズを繰り返す毎日だった。

もう本当に嫌になり、何度も死のうとしては辞めての繰り返しだった。

そもそも、死ぬ勇気なんてない。


 彼が現れたのはそんな時だった。寂しさを紛らわすための気分転換でもしようとちょうど午前0時ごろの街を徘徊していた時だった。普段は通らない道、見慣れない踏切が見えてきた時、警報音が鳴り遮断機が下りているのにも関わらず中に立って微動だにしない男が一人いる。私はすぐに察した。

気づけば私は踏切に向かって走り出していた。助けたい思いではなく、ただ私より先に死なれるのが許せなかったからだ。私はあんな目に遭っても頑張っているのに、生きているのに。でも、死ぬ勇気を持っているのは少し羨ましかった。


だんだんと電車の前照灯が彼を照らし始めている。間に合わない。思わず私は踏切に飛び込んだ。空中で私の両腕は彼をキャッチし、そのまま彼と地面に着地、なんとか間に合ったようだ。




『いきなりなんなんですか・・・』




彼は私から目を逸らして弱弱しい声でそう言った。男とは父のような強い存在だと思っていたが、そんな考えとは裏腹ななよなよした雰囲気の彼に余計気分が悪くなった。

それと同時に、そんな男もいるものなのかと彼に少し興味が湧いてきた。父以外の男をもっと知ってみたい。気づけば彼の手を引いて私の家まで連れてきてしまった。本当のところは、家に一人でいるのが寂しかったっていうのもあるけど。


 そんな彼と同じベッドに入った時、これまでに感じたことのない感情を覚えた。なんだか心地のいい、ふわふわした気分になった。その日は多分今までで一番よく眠れたと思う。


 そしてさっき、彼の生い立ちを聞いた。私も親なんていないようなものだから、『よくある話だよ、親がいないなんてね』と言ったら彼を怒らせてしまった。

怒らせるとかそんなつもりじゃなかったけど、癪に触ってしまったみたいだ。でも彼の気持ちはよく分かる。私も独りだからだ。

『分かるよ』とは言ったものの、彼は私を信用していないような表情をしていたため、私はそれを証明するためにパジャマのボタンに手を掛け、痣を見せた。




 「どう?びっくりした?」




 目が点になったままの彼に、私はにしし、と笑ってそう言った。


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