最後の旅(7)ー2
そのころ、ヴァイシャリーの街中に住むリッチャヴィ族は、仏陀がアンバパーリーの林に留まっておられると聞き、多勢で華やかな車を仕立ててやってくるところであった。紺青、黄、赤や白の衣、また車の飾りが風になびき、賑やかな一行が車を連ねて道をゆくと、ちょうどアンバパーリーが仲間の娼女たちと共に戻ってくるのとすれ違った。このとき、リッチャヴィ族の若者の車とアンバパーリーの車の軸と軸が打ちあい、輪と輪が擦れ合ってぶつかってしまった。
リッチャヴィ族の人々がアンバパーリーを責めて云う。
「アンバパーリーよ、何故、私達の車を損なうのか」
「公子さま方、明朝、世尊とその御弟子たちとを妾の家にお招きする御許しを得たので、思わず道を急いで礼を失いました」
と、彼女は謝った。
「なんと、汝はもう世尊の御許しを得たのか。アンバパーリーよ、汝の御招待を私達に譲ってほしい。私達はそのために十万金を汝に与えよう」
「公子さま方よ、たとえ貴方がたが妾にヴァイシャリーとその領土とをくださっても、この御招待をお譲りすることは出来ません」
アンバパーリーは承知しなかった。
そこでヴァイシャリーの貴族リッチャヴィ族の人々は、悔しそうに指を弾いた。
「ああ、我々は小娘に負けてしまった。たぶらかされてしまった」
彼らは嘆きながら、再び容を整え、アンバパーリーのマンゴー園へ向かった。
そしてリッチャヴィ族の人々がやってくるのを世尊は望み、弟子たちへ云う。
「汝等、神々の栄光を知ろうとするならば、このリッチャヴィの人達を見るがよい。その威儀はこれと似通うている。弟子等よ、自ら心を修めて諸々(もろもろ)の威儀を具えよ。身と受と心と法とを観め、勤めて怠らず、行くべきに行き止まるべきに止まり、衣や鉢を持つのにも、湯薬を用いるのにも、すべて儀を失わず、坐るにも臥すにも、語るにも黙るにも、いつも心を修めて乱れてはならない」
そのうちにリッチャヴィ族の人々が車を降り、近寄ってきた。前の方の者は跪き、中ほどの者は頭を垂れ、後ろの者は掌を合わせて、残らず座についた。
「汝等は何のためにここへ来たのであるか」
世尊の問いかけに、彼らは応えて云う。
「尊い方がここにおいでになっていると承って、拝むために参ったのであります」
すると世尊は、リッチャヴィの人々へ語り始めた。
「公子達よ、放逸であれば、利と名は得られず、施すことを楽しまず、道を修むるものを見ることを楽わず、世の事と語とを楽しみ、睡眠と戯論とを楽しみ、悪い友に近づき、懶惰を楽い、他に軽んぜられ、聞いた事を失い、辺地に住まうを好み、心を調えることは出来ず、食に足ることを知らず、閑寂を楽しまず、従ってその見る所も正しくない。公子達よ、世間の法も世を超えた仏の法も放逸でない処から生まれる。もし道を得たいと思うならば、勤めて放逸でない法を修めよ。放逸のものは、その身は仏と弟子に近づくとしても、覚より遥かに遠いものである」
リッチャヴィの人々は云う。
「私達は自ら放逸であることを知っております。もしそうでなければ、世尊は私達の処へおいでになったことと思います」
釈迦牟尼世尊は頷き、さらに告げた。
「リッチャヴィの人々よ、驕慢を除いて法の光を加えるがよい。財も色も香も花も、戒の荘厳には及ばぬ。身を栄えしめ、民を安らかならしめるのはただ心を調えるにある。もしこれに道を楽しむ念を加えるならば、徳はいよいよ高くなるであろう。よく賢き人を集めて日にその徳を新たにし、正しく民を養い人々を導くならば、今よりのち、徳は永く流れて窮まる処がないであろう。
宝玉は地から生まれ、戒は多くの善の由る処である。智慧あるものは浄い戒を修めて、迷の荒野をすすむがよい。我の見を離れよ。驕慢は慙愧を滅ぼし、諸々(もろもろ)の善を滅ぼし、諸々(もろもろ)の功徳を失わしめる。容色も閥族もみな常ない。動いてしばらくも停まらず、いつかはしまいに滅んでゆくであろう。どうして誇ることが出来ようか。
また欲は大きな患である。それは敵のように偽り親しんで密かに害うものである。まことに内から発って烈しいことは世の火にも勝っている。火は盛んに燃えても水はこれを消す。しかし貪りの火は、たやすく消し難い。猛しい火が野を焼いても、草の根はやがてまた速やかに生えるけれども、貪りの火が心を焼けば、正法の生まれることは難しい。貪りは世の楽しみを求め、世の楽しみは汚れを増さしめ、汚れは己を悪道に陥らしめる。まことに怨の中には貪りに過ぎたものはない。また貪りは愛を生み、愛は慾を習わしめ、慾はもろもろの苦をまねく。悪の中で貪りに過ぎたものはない。
リッチャヴィの人々よ、また瞋恚に随うてはならぬ。怒りは正しい顔色を壊り、明らかな眼を翳し、親しみを断ち、世に賤しめられる。されば怒りをすてよ。もし自ら禁じ得ないならば、悔いと憂いの火は随って起こり、次いで人をも焼くであろう。心に合うものを見ては貪りを起こし、心に合わないものを見ては怒りを起こす。合うと合わないとを共に忘れるならば、貪りと怒りとは、共に除くことが出来るであろう。
リッチャヴィの人々よ、仏が世に出るのは甚だ稀である。善く仏の正法を宣べるものも甚だ稀に、聞いて信するものも甚だ稀である。よく仏の正法を成し遂げるものも甚だ稀に、そして仏の恩に報いることを知る者もまた甚だ稀である。リッチャヴィの人々よ、師に順であれ。その前にては敬い、かげにては称え、その身去った後は常にこれを念うが善い」
聞き終わって人々は座を立ち、礼をした。そして、
「尊い方よ、私達は世尊と御弟子達との御供養を申し上げたいと思います。どうか、お許し下さい」
と、願った。
だが、
「私は先にアンバパーリーに供養を許した」
との答えに、彼らは悔しがった。
「彼の女に先を奪われてしまった」
しかしすぐにリッチャヴィ族の人達は、どのような人物にであれ、先約を重んずるという慣習を世尊が等しく守ったということに思い至った。彼らの心は喜びにかえり、各々(おのおの)師の御足を礼して周囲を三度巡り、家路についた。
一方、邸へ帰ったアンバパーリーは、夜を徹して食を整え、室を飾り、座を具えた。そして暁の頃、マンゴー林にいる世尊の許へやって来て、時の知らせをした。
世尊は鉢を持って弟子たちと共に城へ入り、アンバパーリーの家へ赴くと用意されていた座についた。
アンバパーリーは自ら鉢を捧げて汁物をすすめ、一行の人々が食を終えて鉢を納めると、黄金の瓶をとり、師の御手に水を注いだ。
「この街の多くの園の中で、妾の園が最も優れております。妾は今これを世尊に捧げたいと思います。どうか妾を憐れんで、お受けください」
世尊はこれを許し、云った。
「アンバパーリーよ、塔を起こし、精舎を建て、清涼の園をそなえ、橋と船とをもって人を渡し、または荒野に水や草を施し、舎をたてて宿をあたえるがよい。アンバパーリーよ、施す者には怨もなく畏もない。その名は人に称えられ、その身は安らかである。浄い戒は世の尚ぶところ、行く所として敬い愛でぬものはない。欲は患であり、不浄である。速やかにこれから出るように勤めるがよい」
彼女の心がようやく和らいで、たやすく教えを受けるようになったのを見て、世尊はアンバパーリーのために四聖諦の要を説いたのだった。
仏の言葉は、彼女の心へ染み入ってゆく。華やかで豊かな生活をしていたアンバパーリーも、容色が衰え始め、老いを意識し始めて不安に揺れる日々を送っていた。ちょうど慈雨が乾いた大地を潤すように、また白氈が色を受け易いように、彼女は法を見、法を得て、無畏の位に入った。
「世尊、妾はいま仏に帰し、聖法に帰し、僧伽に帰し奉ります。どうか妾を信者のうちにお加えください。妾は今からのち、殺すこと、盗むこと、淫らなこと、詐ること、また酒を飲むことを禁めるでありましょう」
アンバパーリーの請いは許され、彼女はこれまでの習慣を捨てた。やがて後には出家してヴァイシャリーで一番の娼女であった彼女も浄らかな比丘尼となった。