最後の旅(5)
やがて世尊はアーナンダを随えてそこを去り、多くの弟子たちと共にパータリ村へ着いた。眼前には恒河が滔々(とうとう)と流れている。川向こうはすでにヴァッジ国であった。
世尊は村はずれの樹の下に坐っていた。そこへ師の到着を知ったパータリ村の信者たちが、出迎えのためにやって来た。
彼らは世尊を礼拝してから傍らに座した。そこで頭だった者が云う。
「世尊、どうか私達の休息所でおやすみくださいますように」
彼らの師は沈黙によってそれを承諾したので、人々は村にある客人のための宿泊所へ行き、敷物を広げて水瓶を置き、燈火を立て座を設けた。
そして用意が整ったことを知らされると、世尊は弟子たちと共にやってきて足を洗い、休息所へ入って中央の柱を背にし、東を向いて坐った。
師の後に続いた弟子たちは休息所の西の壁を後ろにして坐り、パータリ村の信者たちは東側に世尊と向かい合うように坐った。
人々のざわめきが静まると、彼らの師は問いかけた。
「資産者たちよ、行いの悪い人には五つの禍がある。その五つとは何であるか」
人々は互いに顔を見合すだけで誰も答えなかった。そこで世尊が云う。
「世に貪りを好み意をほしいままにすれば、五つの禍がある。一つには財が日に日に減り、二つには道を失って身が危うく、三つには人に敬われず死に臨んで悔い、四つには悪名世にあまねく、五つには死んだ後また苦しみの世に入るであろう。もし、よく意を降して自らほしいままにすることがないならば、五つの得るところがある。一つには財、日に増し、二つには道に近づき、三つには至る所に敬いを享け死に臨んで悔いがなく、四つには好名遠く流れ、五つには死んで後、福徳の処に生まれるであろう」
このように世尊は、夜半過ぎまでパータリ村の信者たちへ教え、励まし喜ばせた。そして、
「夜は更けた。資産者たちよ、各々(おのおの)宜しきに随うがよい」
と、別れを告げた。
「かしこまりました」
村人たちは師へ答えて座から立ち、挨拶をして右遶の礼をとった後に去っていった。
人々が行ってしまってまもなく世尊は人の住んでいない空屋へ入り、その夜を過ごした。
この頃ちょうどマガダ国の二人の大臣スニーダとヴァッサカーラがヴァッジ族の侵入を防ぐため、この地に城郭を築いていた。朝早く起きた世尊はそれを見て、アーナンダへ尋ねる。
「アーナンダよ、パータリ村に城郭を造っているのは、誰なのか」
「これはヴァッジ族の襲撃に備えるために、大臣のヴァッサカーラが同じ大臣のスニーダ・バラモンと一緒にアジャータシャトル王の命を受けて造っているのです」
「アーナンダよ、まことそれは賢いことだ。神々が集まる土地は栄える。この地はのちに必ず栄えて賢者集まり、商人集うて他の国に破られる事はないであろう。けれども久しい後に、大きな火と洪水と内外で起こる謀反との三つの災いのために、破れる時が来るであろう」
その言葉通り、後にアジャータシャトル王の子ウダーインが王位を継ぐと、この地を都と定め、鄙びた船着場であったパータリ村は名も花の都パータリプトラとして知られ、永く繁栄したのであった。
マガダの大臣ヴァッサカーラもそのときパータリ村に来ており、世尊が滞在していることを知ってやって来た。
大臣は世尊と挨拶を交わすと、云う、
「世尊、私は明日、食を奉りたいと思います。どうか、御弟子方と一緒に私の家へおいでを願います」
沈黙によって世尊がその申し出を承諾したので、ヴァッサカーラは急いでパータリ村にある自分の家へ帰り、終夜、室を清め、美味なる食物を用意し、夜明けを待って時を告げた。
早朝、弟子たちと共にその家へ入った世尊は、大臣の捧げる食を受け終わってから云った。
「敬うべきを敬い、事うべきに事え、博く施し、愛をこととし、常に法を聴こうと願うがよい。ヴァッサカーラよ、官にあって貪り瞋り、虐をなし、縦であってはならぬ。もし、この五つの事を無くすれば、後に悔いなく、死んで苦を離れるであろう。ヴァッサカーラよ、これをつとめるがよい」
ヴァッサカーラ・バラモンは謹んでその教えを受けた。
(この私が、なんということか……)
世尊を前にすると、小さな子供が親の前に出たようになってしまう。
彼は心の中で苦笑した。
ヴァッサカーラは自らがバラモンであるという強い自負心を持ち、常に穏やかに微笑みながらもそこに野心を隠している己をよく知っていた。しかし、この父親ほどの年齢のシャーキャ族の聖者を前にすると何故か心安らぎ、また自分が仕える王の師であるから敬うというわけでなく、相対すると自然に敬愛の念が湧き起こってくるのを感じていた。いまの教えも他の沙門の口から出たものであったなら反発したであろうが、世尊が語ることでもあるので、幼子に戻った頃のように素直に聞き入れることが出来た。
こうしてヴァッサカーラ・バラモンの家で過ごした世尊はそこを去り、弟子たちを率いて村の東門に向かい、恒河の岸辺に立った。
河は水が満ち、それは渡し場のところまで及んでいた。大河の緩やかな流れは水面を平らかに見せ、烏がそのまま川の水を飲めるかのようであった。
旅人は、我先にと船に乗ることを争っている。けれども世尊は弟子たちと共に、屈げた臂を延ばすよりも短い間に河を渡ってしまった。
向こう岸に着いてから、世尊は云った。
「深所をすて、橋を造って海や沼を渡る人もある。
浮き袋を結びつけ、筏を作って渡る人もある。
渡り終わった人は賢者である」と。
これを伝え聞いたヴァッサカーラは思った。
(はたして、橋を造った人や筏を作った人は何の喩であるか。また、彼らは何を渡ったのであろうか。……いずれにせよ、含蓄のある偈であるな)
ヴァッサカーラは、はるか彼方の岸辺にいる世尊を見送り、師が出ていかれた門を『ゴータマの門』、その渡った渡し場を『ゴータマの渡し』と名づけた。
(何故だろうか。世尊の御姿がはかなく見える……)
彼は川を渡る風に身震いした。しだいに小さくなってゆく仏陀の後姿が視界から消えてしまうまでそこに佇みながら、どうしたことか、師とはもう二度と会えないような予感がした。