最後の旅(4)
やがて釈迦牟尼世尊はマガダ国の都ラージャグリハに心ゆくまでとどまったのち、アーナンダへ告げた。
「これよりアンバラッティカーの園へ行こう」と。
そのためアーナンダは衣を整え鉢を持って、多くの弟子たちと共に師に従い、ラージャグリハを出て北へと向かった。
アンバラッティカーはマガダ国王が所有する園林である。美しく手入れされ、涼しげな木立の中には王の別荘が建てられている。
シャーキャ族の聖者が到着すると、園林の番人や別荘で働く人々が恭しく出迎えた。世尊はそれを受けて中へ入り、休息をとった。
そして弟子たちへ語る。
「弟子等よ、道に志す者は四聖諦を知らねばならぬ。これを知らないために長く迷いの路にさまよいて止む時がない。
弟子等よ、四聖諦とは、苦集滅道である。苦というは生老病死の苦、愛でるものから離れる苦、怨に会う苦、求めて得られぬ苦である。この苦を引き起こす煩悩は集、その因果を滅ぼしたのが滅、そしてその滅に至る道が道である。汝等この苦を知ってその集を断つならば、正しく心の眼を得たものである。その人には迷いがなく、苦は永く絶えるであろう。
この故に弟子等よ、心を専らにして仏の語を承けるがよい。欲より遠ざかり、世と争わず、殺めず、盗まず、他の女を犯してはならぬ。欺き謗り、侫い綺り憎み罵ってはならぬ。また嫉み瞋り、心眛くて疑うてはならぬ。身の常ないこと、穢れていることを念い、やがては塵に帰らねばならぬことを念うがよい。古の諸々(もろもろ)の仏たちは皆この聖諦を見、この聖諦を教え給うた。後の世の諸々(もろもろ)の仏もまた、皆この聖諦を見、この聖諦を教え給うであろう。
弟子等よ、家に居ることを貪り、恩愛を慕い、世の栄名を楽うものは、遂に覚の道を得ることはできない。世を楽しむ心で、道を楽しむことは出来ないからである。道は心から生まれる。心が浄いならば道は自ら得られよう。いま仏は、世のために迷を脱れて正しい道を開いた。すべて悪道を絶とうと思うならば、心を一つにして法と戒を持つがよい。戒を修めれば禅定が得られ、禅定を修めれば智慧が得られ、智慧を修めれば心が浄くなるであろう。弟子等よ、諦かにこれを心にかけるがよい」と。
そしてアンバラッティカーを発ってナーランダーの里に入ると、人々は歓んで一行を迎えた。
世尊は彼らに道を宣べ、しばらくそこに留まったのであった。