試食会翌日
文化祭の実行委員として、柚季と共に試食会を開催した次の日。
抜けるような青空と白い雲。
その日の6時間目は体育の授業でソフトボールをしていたのだった。
〝昨日のパンケーキはうまかったなぁ〟
しかし、グラウンドで佇む清修は、授業の事などそっちのけで、昨日の試食会の事を思い出していたのだった。
〝まさか、水原の奴があんなにも料理がうまかったなんてなぁ……〟
〝ああぁ……昼飯食ったばかりなのに、思い出したら、また食べたくなってきた〟
生まれた初めてパンケーキの味は、それほどまで忘れ難く。思い出しただけで口の中によだれが溢れてくるのだった。
そして、これから文化祭までの準備期間のあいだ、柚季は試食会を開催してくれるのだという。
もちろん、今日の放課後もおこなう予定なので、柚季は朝から学校に来て既に下ごしらえをしてくれたのだという。
〝今日は何が出てくるんだろ? 今から楽しみだぜ〟
最初はムリヤリ押し付けられて、うんざりしていた実行委員の役割。しかし、柚季のおかげで今では最大の楽しみになってしまったのだった。
しかし……
「くろこまーっ! 何やってんだ! 走れ! 走れ!」
唐突にクラスメイトたちから大声で名前を呼ばれて、清修は我に返る。
「あん? なんだぁ?」
視線を後方に向けると、バッターがヒットを打ったらしく、ボールが外野を転がっている。
「オマエ、ランナーなのに、なにボサッと突っ立てるんだよ!」
クラスメイトたちによる怒声交じりの指摘で、ようやく清修は自らの失態に気づいて、全力で走り出す。
〝やべぇ!〟
そう、清修はソフトボールで2塁ランナーとして出塁しているにもかかわらず、味方がヒットを打っても案山子のようにボーっと塁上で佇んでいたのだ。
ちなみに、スコアは清修たちのチームが1点ビハインドで、ツーアウト・ランナー2、3塁という一打逆転の場面。しかも、この試合は負けたチームのほうが後片づけをしなければならないのだから、クラスメイトたちから叱責が飛ぶのも無理はない。
ツーアウトという状況なだけに、3塁ランナーはすでにホームインしている。
ここから逆転できるかどうか清修の走塁にかかっているのだが、やはりスタートが遅れてしまったのはどうしようもなく、3塁を回った頃には、キャッチャーはすでに返球を受け取っており、ゆうゆうと待ち構えているのだった。
このまま突っ込んでアウトになるのは確実。そう悟った清修は、キャッチャーがタッチをしてくる直前で左足にチカラを込める。
その瞬間、清修の身体は重力からの束縛を逃れたかように、ふわりと大きく飛越するのであった。
「へっ?」
間の抜けた声を漏らすキャッチャー。
そのあいだにも清修は、まるで体操選手のように中空でくるりと前転。キャッチャーを飛び越えてホームベースへと着地するのだった。
「せ、セーフ……」
審判役の体育教師は、呆気にとられた声でそうコールする。
「い、今のセーフでいいのか?」
「ランナーは決められた走路を走らなきゃいけないスリーフィート・ルールっていうのがあるけど……」
「俺、昔の野球漫画で、今みたいな八艘飛びでサヨナラ負けする場面を見たことあるぞー」
逆転勝ちの喜びよりも、清修の身体能力に驚き、口々に騒ぎ立てるクラスメイトたち。
〝し、しまった!〟
口には出さないが、内心では慌てふためく清修。
「すげーな。黒駒。オマエ、あんなにも身軽だなんてびっくりしたぞ。体操かパルクールでもやってたのか?」
「ああ、まあ、そんなところだよ」
「へえ、今からでも体操部に入ろうとか思わないのか?」
「いやあ、俺はそういうのはいいんだよ」
あいつぐクラスメイトたちの質問に対して、清修は曖昧な返答と苦笑いを繰り返すのであった。
そして、体育の授業が終わり、更衣室で清修は着替えを終える。
「おーい。清修」
すると、ちょうど女子の更衣室から出てきた渚が歩み寄ってくる
「オマエ、今日はヒマか? 駅前の喫茶店で10倍サイズのマウンテンパフェを30分で食べられたら無料になるフェアーやってるんだよ。一緒に行こうぜ」
「あー、すまん。放課後は用があるから無理だ」
「ちっ、付き合いわりーな。なんだ、今日も文化祭のために試食会をするのか?」
「おお。そうだ。知ってるか。水原ってなぁ、むちゃくちゃ料理うまいんだぞ~。あまりにもうますぎて、昨日も腹いっぱい食っちまった。きっと、今日もうまいもん作ってくれるんだろうな~。だから、俺は余計なもん食うわけにはいかねえんだ」
「ふーん。昨日はなに食ってたんだ?」
「昨日はな、パンケーキつくってくれたんだ」
「はあ?」
すると、渚が素っ頓狂な声をあげる。
「オマエ、知らないのか? 文化祭の出店で提供できる飲食物は、食中毒とかが起きないように結構めんどうくさい縛りがあって、たしかタマゴとかが使えないはずだぞ。パンケーキなんか最初から無理に決まってるだろ!」
「ええっ? そうなのか?」
清修は大声をあげて、驚くのだった。
「ああ。まあ、オマエが休んでた時に担任が説明してた事だからな。清修が知らねえのは無理ねえか。でも、水原はちゃんと聞いてたはずだけどな」
文化祭の喫茶店ではタマゴを使った料理は出すことができない――。その規定を理解していたはずの柚季が、なぜ初回からパンケーキを選んだのか。謎は深まるばかりである。
「まあ、いいや。清修。今日が無理なら、あしたマウンテンパフェ食いに行こうぜ!」
そして、黙考に清修に対して、渚は朗らかに声をかけるのだった。
「武藤、ひとついいか?」
「ん? なんだ?」
「つーか、オマエ、ヤンキーのくせに甘いもん好きなんだな。似合わねえ……」
「ああん? こんな可愛いギャルをつかまえて誰がヤンキーだ? ぶん殴るぞ!」
渚は奥歯を噛みしめ、握りコブシをつくるのであった。




