表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/34

試食会翌日

 

 文化祭の実行委員として、柚季と共に試食会を開催した次の日。


 抜けるような青空と白い雲。

 

 その日の6時間目は体育の授業でソフトボールをしていたのだった。


〝昨日のパンケーキはうまかったなぁ〟


 しかし、グラウンドで佇む清修は、授業の事などそっちのけで、昨日の試食会の事を思い出していたのだった。


〝まさか、水原の奴があんなにも料理がうまかったなんてなぁ……〟

〝ああぁ……昼飯食ったばかりなのに、思い出したら、また食べたくなってきた〟


 生まれた初めてパンケーキの味は、それほどまで忘れ難く。思い出しただけで口の中によだれが溢れてくるのだった。


 そして、これから文化祭までの準備期間のあいだ、柚季は試食会を開催してくれるのだという。


 もちろん、今日の放課後もおこなう予定なので、柚季は朝から学校に来て既に下ごしらえをしてくれたのだという。


〝今日は何が出てくるんだろ? 今から楽しみだぜ〟


 最初はムリヤリ押し付けられて、うんざりしていた実行委員の役割。しかし、柚季のおかげで今では最大の楽しみになってしまったのだった。


 しかし……


「くろこまーっ! 何やってんだ! 走れ! 走れ!」


 唐突にクラスメイトたちから大声で名前を呼ばれて、清修は我に返る。


「あん? なんだぁ?」

 

 視線を後方に向けると、バッターがヒットを打ったらしく、ボールが外野を転がっている。


「オマエ、ランナーなのに、なにボサッと突っ立てるんだよ!」


 クラスメイトたちによる怒声交じりの指摘で、ようやく清修は自らの失態に気づいて、全力で走り出す。


〝やべぇ!〟


 そう、清修はソフトボールで2塁ランナーとして出塁しているにもかかわらず、味方がヒットを打っても案山子のようにボーっと塁上で佇んでいたのだ。


 ちなみに、スコアは清修たちのチームが1点ビハインドで、ツーアウト・ランナー2、3塁という一打逆転の場面。しかも、この試合は負けたチームのほうが後片づけをしなければならないのだから、クラスメイトたちから叱責が飛ぶのも無理はない。


 ツーアウトという状況なだけに、3塁ランナーはすでにホームインしている。


 ここから逆転できるかどうか清修の走塁にかかっているのだが、やはりスタートが遅れてしまったのはどうしようもなく、3塁を回った頃には、キャッチャーはすでに返球を受け取っており、ゆうゆうと待ち構えているのだった。


 このまま突っ込んでアウトになるのは確実。そう悟った清修は、キャッチャーがタッチをしてくる直前で左足にチカラを込める。


 その瞬間、清修の身体は重力からの束縛を逃れたかように、ふわりと大きく飛越するのであった。


「へっ?」


 間の抜けた声を漏らすキャッチャー。


そのあいだにも清修は、まるで体操選手のように中空でくるりと前転。キャッチャーを飛び越えてホームベースへと着地するのだった。


「せ、セーフ……」


 審判役の体育教師は、呆気にとられた声でそうコールする。


「い、今のセーフでいいのか?」

「ランナーは決められた走路を走らなきゃいけないスリーフィート・ルールっていうのがあるけど……」

「俺、昔の野球漫画で、今みたいな八艘飛びでサヨナラ負けする場面を見たことあるぞー」


 逆転勝ちの喜びよりも、清修の身体能力に驚き、口々に騒ぎ立てるクラスメイトたち。


〝し、しまった!〟


 口には出さないが、内心では慌てふためく清修。


「すげーな。黒駒。オマエ、あんなにも身軽だなんてびっくりしたぞ。体操かパルクールでもやってたのか?」


「ああ、まあ、そんなところだよ」


「へえ、今からでも体操部に入ろうとか思わないのか?」


「いやあ、俺はそういうのはいいんだよ」


 あいつぐクラスメイトたちの質問に対して、清修は曖昧な返答と苦笑いを繰り返すのであった。  

 


 

 そして、体育の授業が終わり、更衣室で清修は着替えを終える。


「おーい。清修」


 すると、ちょうど女子の更衣室から出てきた渚が歩み寄ってくる 


「オマエ、今日はヒマか? 駅前の喫茶店で10倍サイズのマウンテンパフェを30分で食べられたら無料になるフェアーやってるんだよ。一緒に行こうぜ」


「あー、すまん。放課後は用があるから無理だ」


「ちっ、付き合いわりーな。なんだ、今日も文化祭のために試食会をするのか?」


「おお。そうだ。知ってるか。水原ってなぁ、むちゃくちゃ料理うまいんだぞ~。あまりにもうますぎて、昨日も腹いっぱい食っちまった。きっと、今日もうまいもん作ってくれるんだろうな~。だから、俺は余計なもん食うわけにはいかねえんだ」


「ふーん。昨日はなに食ってたんだ?」


「昨日はな、パンケーキつくってくれたんだ」


「はあ?」


 すると、渚が素っ頓狂な声をあげる。


「オマエ、知らないのか? 文化祭の出店で提供できる飲食物は、食中毒とかが起きないように結構めんどうくさい縛りがあって、たしかタマゴとかが使えないはずだぞ。パンケーキなんか最初(ハナ)から無理に決まってるだろ!」


「ええっ? そうなのか?」


 清修は大声をあげて、驚くのだった。


「ああ。まあ、オマエが休んでた時に担任が説明してた事だからな。清修が知らねえのは無理ねえか。でも、水原はちゃんと聞いてたはずだけどな」


 文化祭の喫茶店ではタマゴを使った料理は出すことができない――。その規定を理解していたはずの柚季が、なぜ初回からパンケーキを選んだのか。謎は深まるばかりである。


「まあ、いいや。清修。今日が無理なら、あしたマウンテンパフェ食いに行こうぜ!」


 そして、黙考に清修に対して、渚は朗らかに声をかけるのだった。


「武藤、ひとついいか?」


「ん? なんだ?」


「つーか、オマエ、ヤンキーのくせに甘いもん好きなんだな。似合わねえ……」


「ああん? こんな可愛いギャルをつかまえて誰がヤンキーだ? ぶん殴るぞ!」


 渚は奥歯を噛みしめ、握りコブシをつくるのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ