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柚季と渚の休日⑤

「それにしても、このケーキ、ふわふわの食感でうめーな。ティラミスっていうのか」


 そして、そんな渚と柚季のやりとりなどたいして気にする様子もなく、清修はご機嫌な様子でティラミスをほおばる。


「ティラミスは、比較的新しい北イタリア発祥のドルチェなの。日本でも30年ほど前にブームになったことがあるの。気に入ったのなら、またつくってあげるね」


「イタリアの菓子って事は、このティラミスも親父さんから作りかたを教わったのか?」


「ううん。このティラミスは子供の頃にお母さんから教わったの。イタリアのレストランではパスタやデザートづくりは女性が担当する事が多いんだけど、昔のうちの店でもドルチェはお母さんがつくってたの」


「へー。そうなのか」


「あっ、そうだ。今日は柚季に土産があるんだ」


 そう言って、清修はドンとテーブルの上にビニール袋を出す。


 中身を見てみると、そこには真空パックされた牛肉が存在していたのだった。


「バイト先の近くに牛肉の自販機があったんだ。それで、たった2000円でこんなにもサシが入った肉が出てきたんだ。柚季、明日にでも一緒に食べようーぜ」


 ニコニコ笑いながら、清修はそう報告するのであった。そして、渚は軽い殺意を覚える。


〝柚季はさっきまで、(この)|修(馬鹿)にどうやって肉だけではなく野菜も食べてもらおうかと考えてたっていうのに……〟


 怒りに震える渚。そして、我慢できずに口角に泡を飛ばしてしまうのであった。


「オマエなぁ! 柚季は肉ばっか食ってるオマエの健康を本気で心配してるんだぞ!」


「えっ? そうなの?」


「そうなんだよ! しかも、料理もしねえくせにこんなにも買ってきやがって。柚季はちゃんと一週間ぶんの献立を決めて賞味期限や栄養バランスをなんかを考えて食材をかってるんだぞ! それをぜんぶ台無しにしやがって!」


 口から火の玉でも吐き出さんばかりの大声で渚は清修を攻めたてる。


「ううぅ。すまん」


 そして、清修はすっかり意気消沈してしまうのだった。


「渚。清修をイジメないで!」


 すると、柚季は清修を両手でぎゅっと抱きしめて、渚に抗議する。


「べつにイジメてねーよ。こいつが馬鹿だから注意しただけだ」


 反論する渚。しかし、柚季は清修の頭をやさしくなでる。


「気にしなくていいよ。清修。あしたはそのお肉をやいてあげるから。でも、次からは何か食材を買ってくる時はちゃんと事前に連絡してほしいな」


「うん。わかった」


 頷く清修。


「柚季は清修を甘やかしすぎなんだよ」


 渚は声を大にして主張するのだった。


 そして、清修はチョコレートタルトとティラミスをあっというまにたいらげてしまうのだった。


「あー、うまかった」


 満足げに下腹部を掌でさすりながら舌なめずりをする清修。


 すると、柚季が立ち上がる。


「それじゃあ、清修。ぜんぶ食べたのなら、『あれ』をしましょう」


「えー。『あれ』をするのかよ」


「ええ。そうよ」


「別に今しなくてもいいんじゃないか?」


「ダーメ。ちゃんと『あれ』をしないと、もうお菓子をつくってあげないわよ」


「分かったよ。しょうがねえなぁ……」


 普段は柚季の言う事を素直に聞き入れる清修だったが、今日はしぶしぶと要求に従うのだった。


 そして、清修と柚季は部屋から出て行く。


 気になった渚が後を着けていくと、ふたりは廊下を歩き洗面台の前に立つのであった。


「じゃあ、清修、これを口に含んで。飲み込んだらダメだからね」


「分かってるよ」


 そして、ふたりはすぐに元の部屋へと戻ってくる。


 いったい何をするつもりなのだ、と渚は疑問に思う。


「はい。それじゃあ準備はできたよ」


 床に座って足を崩す柚季。すると、清修は躊躇なく柚季の膝枕の上に頭を乗せるのであった。


「はい。それじゃあ、清修。『あーん』して」


 そう促す柚季の右手には歯ブラシが存在している。


 ここまで来ると、もはや柚季が清修に何をしようとしているかは明白だ。しかし、それでも、本当に渚の思惑通りの事を本当に実行するのか気になってしまい、目が離せなくなってしまうのであった。


「あーん」


 そして、清修は大きく口をあけ、案の定、柚季はその歯を歯ブラシで磨くのであった。


「あのさ、柚季、何やってるんだ?」


「清修の歯みがきをやってあげてるの」


 渚だって一目みれば、そんなものは理解できる。しかし、それでもあえて尋ねたのは、その甘やかしっぷりに対する呆れと抗議の意思表示。しかし、それにもかかわらず、そんな渚の皮肉めいた質問すら、清修とのスキンシップで絶賛ご機嫌な柚季は笑顔で答えるのだった。


「あのさぁ、清修だって高校生なんだから、歯みがきくらい自分でやらせろよ。うちの夏海だって朝起きた時と寝る前の歯みがきくらいは自分でやるぞ」


 すると、そんな渚の意見に反応したのは、意外にも清修のほうだった。


「そうそう。武藤からも言ってやってくれよ。俺だって、歯みがきくらい自分でやれるって何度も言ってるだよ」


 しかし、その瞬間、柚季の顔が悪童をたしなめる教師のような表情となる。


「ダメ! だって、わたし、清修が歯みがきするところ初めて見た時びっくりしたもん。時間も短いし、どう見ても奥のほうまで磨けてないんだもん」


「それでも、俺、今まで1度も虫歯になった事なんかないぞ」


 そう豪語して、大きく口を開けて歯列をみせつける清修。たしかにその言葉どおり、ただのひとつも虫歯や治療痕などなく、驚くほどの白さと頑丈さを保っている。


「今まで1度もなっていなくても、これからなるかもしれないでしょう。だから、虫歯にならないようにちゃんとした歯みがきを覚えなきゃダメなの。だから、わたしが今、磨いてる場所とかも忘れちゃダメだよ」


「1度やってもらったから、分かるんだけどぁ……」


 不満げにため息をつく清修。すると、柚季は困り顔で諭す。


「そんなこと言わないの。今日は夏海ちゃんのリクエストを聞いたけど、今度は清修の好きなデザートをつくってあげるから。何がいい?」


「またティラミスが食いたい」


「うん。いいよ。それじゃあ、次の時もティラミスをおいしく食べるために、ちゃんと歯みがきしとこうね」


 そして、柚季は歯ブラシで磨くだけではなく、フロスを使って歯の隙間のプラークも丹念に取り除くのであった。


「うん。綺麗になったね❤」


 よくやるよ……心の底から呆れ果てている渚を尻目に、柚季はピカピカに磨いた白い歯よりもなお眩しい笑顔を見せつけるのであった。


 そして、その後も渚たちはお茶を飲みながら、他愛もない会話を楽しんだ。


 楽しい時間はあっというまに過ぎ去る。やがて、陽が沈み、渚と夏海は水原邸を後にするのであった。


「それじゃあな、柚季。今日は楽しかったぜ」


「柚季ちゃん、今日はありがとうー」


笑顔で手を振る夏海。そして、それを見送る柚季。


「あ、そうだ」


 柚季は何かを思い出したかのように郵便受けに向かい、郵便物を取り出す。


「えっ……?」


 しかし、その顔がすぐに驚愕がこわばる。


「なに、これ……?」


 そして、次の瞬間には瞳が恐れと動揺の色に染まるのだった。


 すぐに異変を察知した清修と渚が柚季のもとに駆け寄る。


「これって、脅迫状ってやつだよね?」


 手に持っていた便箋を清修に手渡す柚季。


 さっそく、清修と渚は便箋に書かれている文章の内容を確かめる。


 たしかに、それは脅迫状と呼ばれるものだった。


 まず文章の冒頭はあいさつやよくある書出し文ではなく、のっけから柚季に対する罵倒と恨み言で始まっていた。


 そして、その次には、自らの愛を受け入れない柚季の愚かさを嘆く文章で埋め尽くされており、終盤はこのまま態度を続けるならば、お互いにとってこの好ましくない結末が待っているという文章で締めくくられていた。


 さらには便箋が入っていた封筒には、ご丁寧に剥き出しのままのカミソリの刃まで同封されている始末だった。


「ムカつくなぁ。どうせ柚季に振られた奴の嫌がらせだろ! 陰険なマネしやがって!」


 怒りのあまり、脅迫状を破り捨てようとする渚だったが、慌てて清修はそれを制する。


「バカ! それは貴重な証拠品なのに、破ろうとしてんじゃねえ! 警察に提出するんだよ!」


「ああ、悪い。つい、頭に血が昇っちまった」


 渚は反省の弁を述べるのであった。


「しかしよぉ、清修。警察に通報するのはいいけど、こういう時の警察って『なにかあったら、また連絡してください』って感じでろくに動いてくれないって話をよく聞くぞ」


「ああ、だから、明日からは学校を始めとする柚季の外出時は俺がつきっきりになるし、夜とかも柚季の家の外で見張っておくようにする」


「わかった。よろしく頼むな」


「ああ」


 そして、渚は柚季に問いかける。


「ひとつ訊くが柚季。こういう脅迫状を送ってくるやつの心当たりはあるか?」


 すでに涙目になっている柚季は小さく首を横に振る。


「わかんない。昨日だって、今日のための食材を買いに行く時に男の人に声をかけられたし。心当たりがありすぎて誰だか分かんない」


「そりゃ、そうだよなぁ……」


 なかば予想できていた答えとはいえ、渚は苦笑するしかなかった。実際、数日前にも柚季にアプローチをかけたものの、けんもほろろに断られて逆上する男を渚は目撃したばかりだった。


その渚の横で怪訝な顔で無言になる清修。


「おい、いったいどうしたんだ?」


 そして、渚が問いかけた時には脅迫文が書かれた便箋に鼻を近づけていたのだった。


「いや、なんでもない」


 しかし、すぐに普段と変わらない表情に戻るのであった。


「とにかく、文化祭まであと1週間なんだし、俺がつきっきりなるし、怪しい奴がいたら俺が捕まえて警察に突き出してやるから。心配しするな、柚季」


「うん……」 


 間近まで迫った文化祭。せっかく楽しく過ごしていた休日の最後に水を差されて、渚たちの気分は最悪に近いものに変化していたのだった。



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