柚季と渚の休日④
「あの時だけじゃなくて、前々からそう思わせるような場面はけっこうあったんだよな~」
「うん。清修は強いよ。この前の上級生時だけじゃなくて、デートしてる時だって電車の中で騒いで周りに迷惑かけている人たちに注意して逆上されてたんだけど、、4対1でも問題なく相手を無力化してたから、そうとう強いと思う」
「それにしても、あいつ、強すぎだろ。格闘技や武術やってたからって、相手に気づかれずに指をへし折るなんて、なかなかできる芸当じゃないぞ。いったい、どんな修行をしてたんだ」
「わたしも、詳しくは知らないんだけど、清修の家系に代々伝わる古武術っていうのは忍術で、子供の頃から忍者としての修行をさせられていたみたいだよ」
「へっ……?」
唐突に出てきた意外過ぎるワードに渚はあんぐりと口を開けて絶句するのだった。
「今、なんて?」
「だから、清修の家は代々忍者の家系で、幼い頃から忍者の修行をさせられてたみたいだよ」
あっさりとそう述べる柚季。
「マジか?」
「うん。本当」
時は21世紀。IT革命からすでに4半世紀以上もの時が流れたこの世の中。まさかZ世代と呼ばれる渚の同級生に忍者として修業を積んだ者が存在しているとは思わなかった。
「清修って、子供の頃から食事制限させられていたって言ってたでしょ。あれはね、忍者としての身軽さや敏捷性を損なわないためにやらされていたんだって」
「マジでそんな事をやっていた奴がいたんだ。しかも、こんなにも身近に……。しかし、清修のやつ、ひとこともそんな事を」
「うん。清修、自分の過去は滅多なことでは語りたがらないからね」
「しかし、自分の孫を学校にも通わせずに、山奥で延々と忍者の修行をさせるって、清修のジイさんは何者なんだ? 言っちゃ悪いが、頭おかしいぞ」
はぁーっと渚は長いため息をつくのだった。
そして、柚季は神妙な顔つきででかぶりをふる。
「清修のお祖父さんの過去の経歴は、清修自身もよく分からないって言ってた」
「はあ? 自分のジイさんの事なのに、わからないのか?」
「うん。なにせ、物心ついた時から近所に何もない山の中でずっとふたりで修業させらえていたから、過去の経歴も本当に血がつながっているのかも全く分からないんだって」
だけど……と、柚季は固い声音で付け加える。
「清修が言うにはそうとう厳しかったみたい.。期待に応える事ができなかったら、殴る蹴るの暴力は日常茶飯事。ひどい時には何日も食事を与えられない事もあったみたい。清修自身は『いま考えれば完全に虐待』だったって言ってる。だから、思い出したくもないんだろうね、自分の過去を語る時は極端に口数が減るから、わたしも詮索しないようにはしてるの」
「うーん……」
そこらへんのクラスの女子よりも気軽に冗談を言い合えて、入学してからずっと悪友のようなポジションでつるんできた清修の初めて知る過去は想像していたよりもはるかにヘヴィだった。
せっかく柚季や夏海と一緒につくった料理の味も分からなくってしまった渚。
そんなときだ。
ふと、戸棚に目をやると、渚の視界に革製の華やかなバッグが目に入る。
「柚季、このバッグって……」
「あっ、それは去年の誕生日にもらったんだ」
「誕生日プレゼントって、親からもらったのか?」
「ううん。さっきも言ってた、岩田さんっていう子供の頃から通っている美容師さんからもらったんだ」
「へぇ……これ、けっこう高価なやつじゃないのか」
「えっ、そうなの? わたし、あんまりそういうブランドとか詳しくないから分からないんだけど……」
渚のみたところ、このバッグはかなりの高級品で、いくら常連客とはいえ、肉親でもなければ恋人でもない女子高生にあげるようなプレゼントにはとうてい思えなかったのだった。
「ねーねー、わたし、柚季ちゃんがつくったケーキが食べた~い!」
すると、そんな渚の違和感と疑問を余所に、すでに料理を食べ終えた夏海がおねだりをする。
「うん。それじゃあ切ってくるね」
「やったー❤」
それまで場を支配していた、どこか重たい雰囲気を夏海のはしゃぎ声が一蹴する。
そして、柚季は冷蔵庫の中から作り置きしていたティラミスとチョコレートタルトを取り出すのであった。
しかし、柚季はとつぜん立ち止まり、無言になる。そして、まるで天井に幽霊でもいるかのような不自然さで、視線を中空に彷徨わせるのであった。
「どうしたんだ? 柚季」
「うん。ちょっと……」
尋ねる渚に応じる柚季の口調はどこか歯切れの悪いものだった。
そして、柚季は取り皿とフォークとスプーンをそれぞれ4つずつ食器棚から取りだす。
「あん? なんで食べるのはあたしと夏海と柚季の3人なのに、食器を4つも出すんだ?」
「うん。そうだけど、たぶん清修が来ると思うから」
「あん? あいつ、今日はバイトだろ? 途中で切り上げて、こっちに来るって連絡があったのか?」
「ううん」
明確にかぶりをふる柚季。
「連絡はきてない。だけど、もうすぐ清修が来ると思うの」
「なんだよ、それ……」
まったく根拠ない柚季の断言に、渚は大仰にため息をつくのであった。
そりゃあ、柚季が常に自分のつくった料理を清修に食べてもらいたいと思っているのは、渚だって分かっている。
入学してからどんなイケメンにアプローチをかけられても、なびかなかった柚季だが、昼休みや放課後に自分がつくった料理を清修が美味しそうに食べる時は、とろけるような笑顔になるのだ。
今日だってそうだ。渚や夏海と楽しく調理をして、できあがった料理を食べている時だって基本的に笑顔を見せてくれているのだが、時折とても寂しそうな表情をよぎらせる。
その顔は、あきらかに清修の不在を嘆いている寂寥を物語っているのだった。
しかし、だからといって、清修が来るかもしれないという発言は、何の根拠もない希望的観測を凝縮した妄想としかいいようがない。
このふたりが(とくに柚季のほうがベタ惚れの)バカップルなのは百も承知だが、さすがにここまで来ると、親友の渚もため息が底をつきてしまうほど呆れてしまうのであった。
だが、その瞬間、そんなふうに言葉を失っていた渚を嘲笑うかのようにインターホンが鳴る。
渚の心臓がびくりと跳ね上がり、渚の背筋に寒気が走る。
〝ウソだろ? まさかな〟
だが、そのいっぽうで柚季はまるで菓子を手にした子どのように浮き足立って、まなざしに隠しきれない期待を宿るのだった。
「はーい」
瞳を輝かせてドアホンへと向かう柚季。
そして、数分後――
〝マジかよ……〟
渚は驚きを隠せずにいた。
「それでね、今日は3人でアクアパッツァをつくったの」
満面の笑みで語りかける柚季。
「へー。アクアパッツァってどんな料理なんだ? それにしても、やっぱ柚季がつくったケーキはうめぇな」
そして、柚季の隣に座っている清修はご機嫌な面持ちでチョコレートタルトを頬張るのであった。
結局、柚季の予感はみごとに的中にしてしまった。
本当は夜までバイトをしているはずの清修だったが、予想外に早く終了したため、大急ぎで柚季の家まで駆けつけたというのだ。
しかし、柚季が応答したドアホンのマイクから清修の声がした時、渚は驚きで身体の動きが止まってしまう。
渚をびっくりさせるために、柚季と清修が事前に口裏を合わせていたのかと本気で疑ったほどだ。
「どう? 清修、おいしい?」
「柚季のつくってくれたケーキが美味しくないわけねーじゃん」
しかし、どうやら、本当に柚季たちは口裏を合わせていたわけではないらしい。清修が満足げにタルトを食べる様子をみつめる柚季の慈愛に満ちたまなざしは、演技ではない真実の輝きに満ちている。
「あのさ、柚季。本当に清修がこっちに来るとは連絡はきてなかったんだろ?」
柚季に尋ねる渚。
すると、柚季ははにかむような笑顔で答える。
「うん。でも、アクアパッツァの画像をメッセージプリで送った時に清修から何の反応もなかったんだよね。いつものだったら、なんらの返事をしてくれるのに、それをしないっていう事はバイトが早く終わりそうだから、一生懸命がんばってるのかぁって思ったの」
何を言ってるんだ? と渚は思った。
そりゃあ、仕事をしているのだから、すぐにリアクションをとれる状況のほうが稀のはずだ。むしろ、そういった場合、バイトが早く終わりそうではなくてスマホを見るヒマがないほどバイトが忙しいと考えるほうが普通である。
しかし、柚季は清修のことになると、とことん自分の都合のよい方向に考えてしまうようだ。
「でもね、本当に理由はそれだけじゃないの」
すると、嬉しそうに目を細めて柚季はさらに渚に説明するのだった。
「それだけじゃないって、他にどんな理由があったんだ?」
「それはね、予感があったの」
「予感?」
「そう、なにかね、こう胸の中があったかくて、幸せな感情に満たされるような予感。清修が近くにいる時、わたしは必ずそういうふうになるの。だから、あの時もすぐ近くに清修がいるような気がしたの」
「はい。そうですか……」
もはやバカップルを通り越して、スピリチュアルやオカルトの域まで達している柚季の発言に、渚はこれ以上ツッコむ気になれなかった。




