柚季と渚の休日③
「さあ、食べましょう」
そして、3人は椅子に座る。
「いただきます」
ナイフとフォークとアクアパッツァを切り分け、口に運ぶ渚。
「う、うめぇ……」
我ながら語彙の貧弱さに呆れかえるが、柚季の料理を食べると、そんな感想しか出てこないのだから仕方がない。
そして、次にバケットのサラダを食べる。
「しかし、パンのサラダっていうのも初めてだな」
このサラダの工程は、まずはバケットを水に浸した後に、ボウルと泡立て器で細かくすりつぶし
て1口サイズにカットしたきゅうりやトマトなどの野菜と混ぜ合わすというものだった。
「しかし、最初にパンを水に浸すって聞いた時は、『いったいどんな料理ができるんだ』って思ったが、こんなふうになるんだな」
水を含み、細かくすり潰されてそぼろ状になったパンが色とりどりの野菜に絡められている。透明なグラスに盛り付けられたサラダは、まるでスイーツのように映えるのであった。
食べてみると、そぼろ状になったパンのねっとり感と野菜のシャキシャキとした触感の対比が心地よい。
「パンのサラダなんか初めて食ったけど、そこまで変わった味じゃないっつーか、むしろ、なんか食べ慣れた味がするっつーか」
「うん。味の構成上は、野菜のサンドウィッチと同じだからね。それに、今日は買ったばかりのものを使ったけど、このサラダのいいところは水に浸すから古くて硬くなったバケットを再利用できる事なの。鶏肉やツナ缶なんかを加えるとグッと食べ応えのあるおかずにもなるし」
すると、柚季はまだ手をつけてない自らの料理を写真に撮り、なにやらスマホを操作しているのであった。
「なにやってるんだ? 柚季」
「うん。今日つくった料理の写真を清修に送ってるの」
「ああ、そういえば、あいつは今日はバイトがあるって言ってんだよな? いったい、なんのバイトしてんだ?」
「じつは、わたしも知らないの。なんでも守秘義務があるとかで、あんまり人に言っちゃダメなんだって」
「あいつ、いったいどんなバイトしてるんだよ……。この前も、わたしにおごってくれた時があって、『なんでそんなに羽振りがいいんだ』って訊いたら、『ヤクザが主催する地下格闘技のトーナメントで優勝した』とか抜かしていやがったからな」
「あははは。なにそれ?」
「なあ。漫画みてぁなこと言ってんじゃねえよ」
しかし、冗談めかして言ったものの、入学以来、男女を問わず最も清修とツルんできた渚でさえ、清修のプライベートはほとんど知らなかった。
ひとり暮らしで、両親はおろか頼れる身内もいないという事は知っている。しかし、かなりヘヴィな家庭環境にもかかわらず、とくに悲壮感を漂わせる事も金銭的に困った様子をみせることもなく、毎日をおおらかなに生きている。
「あいつって、たしか両親がいなくて、ジイさんに育てられてたんだろ?」
「うん。物心ついた時にはすでに両親はいなくて、生きてるのか死んでるのかも分からないって言ってた。それで、今はそのお祖父さんの遺産があるから食うには困らないとも言ってた」
「そのジイさんって、たしか古武術の使い手で、子供の頃の清修を学校にも通わせてなかったんだろ?」
「うん。そうみたい」
そして、その特殊な家庭環境以外にも、渚は前々から清修について疑問に思っていたことがあった。
「―――ということは、清修にもその古武術は教えてるはずだよな」
「うん」
「ただ、清修って自分からその事は言わないし、できるだけ無用なトラブルは避けて学校生活を送ってるよな」
「うん」
「でも、あいつって、めちゃくちゃケンカ強いよな」
「うん」
その確信をついた渚の質問に、柚季の声があきらかに固くなる。
普段は冗談めかした物言いをしたり、できるだけ自分の実力を出さないようにしているが、清修の身体能力の高さは尋常ではない事を渚は悟っていた。
そして、つい最近もその事を再確認させられる出来事が起こった。
それは、つい数日前の放課後、いつものように家庭科室で柚季と清修がイチャつきながらティータイムを楽しんでいた時だ。
普段は、誰も二人の仲を邪魔などしないのだが、その時は違った。
渚たちよりも1学年上の2年生の男子生徒がふたりほど、分を弁えずに闖入してきたのだ。「オマエら、こんなところで勝手にメシをつくって許可はとっているのか?」と。
もちろん、柚季は文化祭の実行委員に選ばれてすぐの時に許可を取っているし、何よりもその男子生徒も家庭科室を管理しているわけではない完全な部外者。言われる筋合いなどない。
そして、その場に居合わせていた渚が先程と同じ内容の反論をしたが、男子生徒たちは主張を覆すことはない。
「許可を取っているとかそういうことじゃない。こんなところで飲み食いしてること自体が多くの生徒にとって迷惑なんだよ! 他の人間の事も考えろ!」
そう主張して、口角に泡を飛ばすのであった。
規律や風紀などと最らしい事を盾にしているが、ようするに、この男子生徒たちは柚季と清修が公衆の面前で堂々とイチャついているのが我慢ならないのだ(そして、後から聞いた話だが、この男子生徒のひとりは一学期に柚季にアプローチをかけていたという。ようするにただの嫉妬だ)。
その横暴に完全に腹を立てる渚。
しかし、そのいっぽうで清修は落ち着いていた。
柚季のつくったスコーンにたっぷりのジャムとクロテッドクリームを塗って、リスのように口いっぱいに頬張っていたのだった。
最初、渚は清修が柄にもなくビビってしまい、わざと平静を装っているのかと思ってしまった。
なにせ、相手の2年生はふたりとも空手部員でバリバリの体育会系。しかも、体格も清修よりも1回りも上で気性も荒さも折り紙付き。
そして、相手の男たちも渚と同様の見解だったのだろう。あきらかに、清修に対して嘲りと侮蔑の笑みを見せて、お互いに顔を見合わせるのだった。
こういう自らの腕っぷしに自信があり、なおかつ陰険な性格をしている者は、相手がビビっているとなると、とことんつけあがり高圧的になる。
それはもちろん、この時も例外ではない。
途端にふたりで清修を取り囲み、睨みをきかす。
しかし、それでもスコーンを食べるのをやめない清修。
「とにかく、今すぐ食べるのをやめて、ここから出て行けと言ってるんだ!」
「ふざけんな。なんで、あたしたちが出て行かないといけないんだよ!」
完全に売り言葉に買い言葉状態で渚は激昂する。
「うるせぇ! 俺はこの男と喋ってるんだ」
しかし、怒声と共も詰め寄る渚の肩を男は強く押す。
「いててて……」
勢いよく突き飛ばされた渚は尻もちをつく。
「大丈夫? 渚」
駆け寄り、心配してくれる柚季。
そして、その瞬間、清修の眼光が獣のような凄みを帯びる渚は見逃さなかった。
しかし、もちろん、そんな事には気づいていない男子生徒たちは再び清修に恫喝を始める。
「さっきから、黙ってテメェは地蔵か? なにか言えよ!」
そして、男子生徒のひとりは握りコブシで勢いよくテーブルを叩く。直接的な暴力はさすがに校内ではできないので、その代わりとして物を叩き大声を出して、脅しをかけているのだ。
しかし、テーブルを叩いた男の顔色がみるみるうちに青くなる。
「ぎゃあああああッッ!!」
そして、自らの右手を見て、絶叫を喉から迸らせるのだった。
「指が……俺の指が……!」
なんと今しがたテーブルにコブシを叩きつけていた男子生徒の小指が、ありえない方向に向いているのだ。
もはや男たちは清修など眼中にない。痛み耐えながら、泣きそうな顔で家庭科室を出ていく。
「馬鹿だね~。自分でテーブル叩いて指を骨折してやがんの」
まるで他人事のように涼しい顔の清修。しかし、その目は決して笑っていなかったのを渚は覚えているのだった。




