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やきそば


 結局、渚だけではなく夏海も柚季に料理を教えてもらう事になってしまった。


「すまねえな。水原。なんか、今日はオマエに負担ばっかりかけさせちまって」


 渚はそんな柚季に詫びを入れるのだった。


「ううん。わたしは大丈夫だよ。ふたり一緒に教えるのもそんなに負担は変わらないし、夏海ちゃんは素直で飲み込みも早いから、ぜんぜん苦じゃないよ」


 笑顔で受け流す柚季。


「そうか。そう言ってくれると、こっちとしては助かる」


 そして、その後、渚と夏海のふたりは手を取り合って一緒に料理をする。


「あっ、お姉ちゃん。その切りかただと大きさが均一にならないよ」


「ああ、そうか」


 素直で飲み込みが早いと柚季が称したように、料理に関しては渚よりも夏海のほうがはるかに資質を感じさせた。


 そして、それと同時に己の要領の悪さと不器用さを再認識させられるのだが、先程までの感じていた焦りや自己嫌悪とは程遠い感情が胸の中にはあった。


「水原、切りかたはこんな感じでいいのか?」


「うん。そうそう。その調子でやってみて」


 柚季にアドバイスのもと、悪戦苦闘しながら野菜をカットしていく渚の額に汗が滲む。


「お姉ちゃん。がんばって!」


 しかし、傍らで見守っていてくれる夏海の声を聞くと、そんな疲れも吹っ飛んでいくのであった。


 やがて、窓から差し込む光が落日の色を帯び、夕暮れ時となる。


「ゆずき~。ハラ減った~」


 遊び相手だった夏海も調理に加わり、とくにやることがなく手持無沙汰だった清修が空腹を主張するのであった。


「ああ、こんな時間なのね」


 柚季は自らのスマホで時刻を確認する。


「武藤さん、ごめん。今日はわたしがみんな分の晩ごはんもつくろうと思うんだけど、ホットプレートを借りてもいい?」


「ああ、そりゃあ構わない。むしろありがたいが、いったい何をつくるんだ?」


「やきそばをつくろうと思ってるの」


「やきそば?」


「うん。じつは、清修が食べたいって言ってたから、昨日から家で準備していたの」

昨日から準備していた――という事は、焼きそばの具材として使用するつもりの野菜や豚肉を予めカットでもしていたのだろうか。


 しかし、どうやらそうではないらしい。


 柚季は麺を茹でているあいだに、豚バラ肉とキャベツを切り始める。


 そして、ホットプレートにごま油をひき、具材と麺を順番に炒めるのだった。


「いい匂い~」


 熱したごま油の芳醇な香りに夏海の顔が自然とほころぶ。


「な~。柚季。まだか~?」


 今日は何もしていないのに、催促だけは一人前の清修。


「ふふ。もうちょっとだから、待っててね」


 しかし柚季は目を細め、慈しみに満ちた笑顔を向けて応じるのであった。


 そして、最後に柚季は、ソースを麺に絡めて完成させる。


「さあ、食べましょう」


 ホットプレートから各々の皿に取り分ける柚季。


 その焼きそばは、味つけはソース。具はキャベツと豚バラ肉の薄切りしか入っていないという昔ながら且つどこにでもあるシンプルスタイル。しかし、それだけに。その美味しさが容易に想像できて渚の口内には知らず知らずのうちに唾液で溢れかえるのだった。


「いや~、あたし、さっきまでそこまで腹が減っていなかったんだけど、なんか、このソースの香りをかいだら、食欲がわいてくるよな~」


 そんな感想を漏らす渚に、清修は「あー分かるわ」を返答する。


 そして、同意を得られて気をよくした渚はさらなる持論を展開させる。


「焼きそばって、お好み焼き屋や居酒屋とかいろんな店で売られているだろ。だけど、個人的にこの世でいちばん旨い焼きそばは海の家で食う焼きそばなんだよ。泳いだ後に畳の上であぐらをかきながら食うのがたまらねえんだ」


 柚季がつくった焼きそばに箸をつけ、口の中に運び咀嚼する渚。


 そして、次の瞬間には、かっと目を見開き、驚きで固まってしまうのであった。


「えー、なに、これ? すごくおいし~❤」


 隣で渚と同時に食べ始めていた夏海が、やはりそのあまりのおいしさに喜びの声をあげるのだった。


 そう、この焼きそばのおいしさは尋常ではないのだが、とく衝撃的なのは麺そのものの食感と風味の良さだ。


 焼きそばは、蕎麦やうどんのような他の麺料理に比べて、麺そのものの美味しさはそれほど重要視されていない。なぜなら、たっぷりの濃いソースで味つけするため、スーパーで売っているような安い出来合いの麺でも充分に美味しいからだ。


 しかし、それほど味覚が鋭いわけではない渚でも違いが分かる。この麺は小麦の風味が豊かで、あきらかに今までに食べた焼きそばの麺とは一線を画している。


 正直、この焼きそばを前にして「海の家で食べるやきそばが世界でいちばん旨い」などと得意げに語っていた1分前の自分をぶん殴ってやりたくなるほどだった。


「水原、なんで、この焼きそばの麺はこんなにもちもちしてて旨いんだ?」


 とくに渚が驚いたのは麺の食感。口の中でもちもちと弾むその舌触りは、もはや官能的とさえ思えてくるようだった。


「いったい、この麺はどこの店で買ったんだ?」


「ああ、この麺はわたしが自分でつくったの」


 渚の質問に柚季はあっさりとそう答えるのだった。


「自分でつくったって、蕎麦やうどんみたいにオマエが手打ちしたのか?」


「違うの。うちの父さん、もともとイタリアンのシェフだから店にパスタマシンがあって、それを使ってやきそば用の自家製麺をしたの」


「焼きそば用の麺を自家製麺したって……マジか。すげぇな、オマエ」


 そして、先ほど柚季が言っていた「昨日から準備していた」という言葉にようやく合点がいくのであった。あれは、麺を一から自家製していたことを差していたのだ。


「しかし、いくら自家製麺しているとはいえ、この麺の食感は凄いな。まるで上等な店で食べるパスタみたいにもちもちしてるじゃねえか」


「うん。じつはパスタで使うデュラムセモリナっていう小麦粉を使ってるの。だから、パスタみたいな食感っていうのは間違ってないよ」


「はあ、めちゃくちゃ凝ってるんだな。しかし、わざわざ焼きそばのためだけにそこまでやるのは手間じゃねえのか?」


「うん。でも、せっかく清修が食べたがってるんだから、少しでもおいしいものをつくってげたいじゃない」


 そして、柚季ははにかむように笑い、隣で口いっぱいに焼きそばを放り込んでいる清修を満足げにみつめるのであった。


「ああ、そうかい。それはごちそうさま」


 焼きそばを口に入れ、改めてその味わいを堪能する渚。やはり、それは一気に食べてしまうのがもったいないほどの極上の味わいだ。


 しかし、清修はどうやらそうではないらしい。


「柚季、おかわり!」


 興味があるのは味そのもであって、素材や調理方法に関する蘊蓄などはどうでもいいらしい。渚と柚季が離している間にあっというまにたいらげて、おかわりを要求。そして、柚季は目を細めながら焼きそばを皿に盛り、清修に手渡すのであった。


「どう? 清修。おいしい?」


「うん。すげー旨い!」


「よかった。ほら、ほっぺたにソースついてるよ」


 自分がたべる手を止めて、清修の世話をする柚季。しかし、その顔は幸せに満ちているのだった。



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