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意気消沈


「はあああーーー」


 渚は肺の空気をすべて出し切ってしまいそうな勢いの盛大なため息をつくのであった。


「どうしたんだよ、武藤」


 渚から借りているシティサイクルのペダルをギコギコと漕いでいる清修。そして、渚は後ろの荷台の上に座っているのだった。


「いやさ、今回ばかりはあたしは自分の不器用さにほとほと愛想が尽きてんだ。せっかく水原が丁寧に教えてくれているのに、焦って失敗してこのザマだ」


 渚は怪我をして絆創膏を貼っている左の人差し指を掲げる。


「まあ、オマエが不器用なのは周知の事実で仕方がねえことだ。気にすんな」


「でもよぉ。水原なんてあたしと同じ野菜を切ってても皮なんかも薄く切れるし、めちゃくちゃ手際がいいんだよな」


「そりゃあ、柚季は小さい頃から料理をやってるんだから、比べること自体が間違ってるだろ」


「そうだけどさぁ、あたしの包丁の使いかたを見てる時の水原、あきらかに想定していた『不器用』のレベルを下回っているらしく、顔がこわばっているんだよな。気ぃ遣って顔には出さないようにはしてはくれてるんだけど、それでも分かるんだよな。あーあ、こんなんじゃ、こんなんじゃ夏海にうまいメシを食わせてやれねえじゃんか……」


「包丁がうまく扱えないくらい、そこまで気にする事か? 今はスーパーでカット済の野菜だって売ってるし、なんとかなるだろ?」


「でもよぇ、ネットで見たけど、そういうカット済の野菜は生の物と比べて栄養が抜けて落ちてるっていうじゃん? それで、夏海の身長が伸びなくなったりしたら、完全にあたしせいじゃん。あいつ、ただでさえ同級生と比べても身長が低いのに……。あー、クソっ! 責任、感じるぜ!」


 そして、渚は額を掌で覆い、焦燥のため息を吐き出すのであった。


 普段は清修と憎まれ口を叩き合い、気の強い性格をみせている彼女。しかし、妹が絡んだ途端に心配性になり、内罰的な言動をくりかえすのだった。


 普段の清修なら、落ち込んだ様子の渚をみたら、雨が降るとか雷が落ちるなどという皮肉を口にするのだが、今の状態だと本気で落ち込まれそうなので、自重するのであった。




 そして、柚季から頼まれた買い物を終えた清修たちは、渚の自宅に戻ってきたのだった。


 しかし、玄関のドアを開け、靴を脱ごうとすると、キッチンから豆乳を煮込んだと思われるやさしい香りが漂ってくる。


 豆乳スープは、たしか渚と柚季が共に作ろうとしていた料理。それが、渚が不在にも完成している。その事実に驚き、清修と渚はお互いに顔を見合わせるのであった。


 さっそくキッチンへと向かう清修と渚。すると、ちょうどそこには鍋の中のスープを小皿に移して味見をしている柚季の姿があった。そして、その近くには夏海もいる。


「スープ、もう作っちまったのか?」


 渚は柚季に対して声を荒げていない。しかし、その口調にはまるで亭主の不貞を咎める妻のような恨めしさが存在していたのだった。


「えっ……う、うん……」


「そうか……」


 戸惑いながらも否定はしない柚季。そして、その返答を受け入れる渚の瞳が濃い寂寥の念に支配される。


「まあ、そうだよな。あたしがいても足手まといだもんな。水原がひとりで作っちまったほうが手っ取り早いもんな……」


 顔をうつむかせて、渚は冷えた口調でそう結論づけるのだった。


「違うの! お姉ちゃん」


 しかし、柚季の傍で立っていた夏海が声を張りあげて否定する。


「違うの。お姉ちゃん。このスープはわたしが作ったの!」


「な、夏海が作ったのか?」


 驚き目を丸くする渚。


「う、うん。お姉ちゃんがいないあいだに柚季ちゃんに作りかたを教えてもらって、一緒につくったの」


「なんで、そんなことをするんだよ? 夏海がそんなことをしなくてもいいように、姉ちゃんはがんばって水原に料理を教えてもらうから……」


 渚はすがるような口調で慌てふためく。しかし、そんな渚の言葉を、夏海は明確にかぶりをふって否定するのであった。


「違うの。あのね、お姉ちゃんがわたしのために料理を習おうとしてくれるのはものすごく嬉しいよ。だけどね、わたしのせいでお姉ちゃんが無理しちゃうのは嫌なの」


「なに言ってんだ。姉ちゃんは無理なんかしてないぞ」


 無言で首を横にふる夏海。


「お姉ちゃんはお父さんとお母さんがいなくても、わたしが寂しくないようにいつも一緒にいてくれたし、高校生になってからはバイトしたお金でゲームも買ってくれたりもしてくれた。だからね、今度はわたしがお姉ちゃんのチカラになりたいの。お姉ちゃんひとりでがんばるんじゃなくて、ふたりのご飯はふたりでつくろうよ。だから、そのためにわたしも柚季ちゃんに料理を習いたいの」


 夏海の揺るぎない決意を耳にした渚は、ただ茫然と立ち尽くす。

そして、わずかに肩を震えさせた後、脱兎のごとく夏海のもとに駆け寄り、その小さな身体をめいいっぱい抱きしめるのであった。


「なつみ~! オマエは何ていい子なんだ! 姉ちゃん、もう弱音は吐かないから、一緒にがんばろうな~!」


「うん。これからはふたりで一緒にお父さんやお母さんのごはんもつくってあげよう」


 感激に瞳を潤ませる姉。そして、妹はそんな姉の抱擁を小さな身体で受け止めるのであった。





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