柚季と渚
「それじゃあ、今日はよろしくな。水原」
家の中で最も広い間取りに設計されている1階のリビング・ダイニングキッチン。柚季と渚のふたりはすでにエプロンを着用して準備万端である。
「それで、この前に説明したように、あたしは妹の夏海にちゃんとしたものを食べさせてやりたいから、料理を教えてほしいんだ」
「ええ」
「ただ、栄養ってひとくちに言っても、なんかビタミンだけでも何種類もあるだろ。それで、ちょっと身体にいい食材を調べてみると『あれが健康いい』『これさえ食べていれば大丈夫』なんて情報ばっかで、なんか全ての野菜をとらないと健康によくないような気がしてくるんだよ。しかも、ひと昔までは炭水化物なんか摂取しなくて大丈夫っていう風潮だったのに、、今ではやっぱりとらないとダメだっていうふうになってるだろ? それでもう『訳わかんねー』ってなっちまうんだ」
その時の苦悩を思い出したのであろう。面倒くさそうに渚は頭を掻きむしる。
「その気もちはとてもわかるわ。実際、そういう栄養バランスの事を必要以上に考えて、ハードルを上げてすぎちゃって自炊は面倒くさいって考えている人は多いと思うの」
「それじゃあ、どうすればいいんだ?」
「だからね……」
そう言いながら、柚季は指を3本だけ立てる。
「最初は、主食と主采と副菜。この3つを揃える事だけを考えればいいから」
「えーと、主食に主菜と副菜でいいんだな?」
「そう、順番に説明すると、主食っていうのは、ご飯やパンや麺類。いわゆる炭水化物ってやつね。そして、主菜てっていうのはお肉やお魚、もしくは豆腐のようなたんぱく質のとれる食品。最後の副菜っていうのは野菜や海藻類などを使ったおかず。
たとえば、朝ごはんにトーストを食べたとするじゃない。そしたら、ベーコンとサラダも食べるようにする。これで、主食、主菜、副菜の3つがもう揃うことになるの」
「その3つを揃えるだけでいいのか?」
「ええ。だから、お店でかつ丼を食べたとしたら、もう主食と主菜は間に合ってるから、野菜がいっぱい入った味噌汁や煮物の小鉢も注文するとか。最初は難しいことを考えず、この3つのバランスだけを考えればいいから」
「おう。たしかに、それくらいなら、あたしでもできそうだ」
嬉々として声を弾ませる渚。
「うん。でもね、やっぱり人間ってね、好き勝手に作って食べるだけだと、どうしても主食や主菜に偏っちゃうの」
「そうなんだよ。気がつくと、冷凍うどんにタマゴだけ乗っけただけのやつとか、豚バラを焼き肉のタレで焼いてメシの上に乗っけただけのやつで、休日の昼メシを済ませちまうんだ。でも、肉やタマゴは焼いて塩コショウや醤油で味つけするだけでもそこそこ旨いけど、野菜はそういうわけにはいかねえじゃん」
「うん。だから、今日は手軽に調理できて、栄養もある野菜スープをつくろうと思うの」
「野菜スープって難しくないのか? あたし、自分でいうのもなんだが、手先とかけっこう不器用だぞ」
渚の問いかけに、柚季は明確にかぶりをふる。
「たとえば、今日は豆乳スープをつくろうと思ってたんだけど、これなんて保存の効く冷凍野菜を豆乳で煮込んで、少々のめんつゆで味付けするだけでとってもやさしい味わいになるの」
「へえ、それだったら、あたしにもできそうだ」
「他にもキューブを使ったコンソメスープの作り方を覚えておいたら、冷蔵庫で余っている野菜を有効活用ができるの。今日はそういうふうに手軽に調理できる野菜を使ったスープの作り方を教えるわ」
「おお。ありがとうな、水原。なんか、不器用なあたしでも出来そうな気がしてきたぞ」
「そうそう。毎日つくる料理は何も難しく考える必要はないの。無理しない範囲でできればいいんだから」
意気揚々となる瞳を輝かす渚。
そして、柚季はそんな渚を笑顔で鼓舞するのであった。




