ふたりの世界
「清修。ごはん食べよう」
4時間目の授業が終了して、昼休みになるとすぐに柚季は清修のもとに駆けつけるのであった。
「今日の昼メシ、なに?」
「今日はね、『かしわめし』をつくってきたの」
「かしわめし?」
「うん。福岡のほうの郷土料理で、鶏肉で甘辛く味つけした炊き込みご飯なの。それをおにぎりにしたの」
「へぇ。うまそうだな。いただきまーす」
そして、ふたりはひとつの弁当箱のおかずを仲睦まじく食するのであった。
「ほら、清修。ほっぺたにご飯粒ついてるわよ」
「ああ、悪い」
清修の頬についているご飯粒を指で取ると、柚季は多くのクラスメイトが見ているのもかかわらず自らの口に入れてしまうのであった。
もともと、文化祭の実行委員になった事によって、清修と柚季の仲が妙によくなっていたのは周知の事実だった。
しかし、それでも、ここ数日のふたりの急接近ぶりにクラスメイトたちは驚きを隠せないのであった。
とくに柚季のほうは、入学してから今まで数えきれないほどの男の告白を袖にし続けて、孤高のクールビューティを貫いていた。
しかし、それが今では良妻賢母の笑みで、甲斐甲斐しく清修の分の弁当まで作っているのだ。
「今度の休み、清修は何が食べたい?」
「そうだな~。あれ。この前つくってくれたブタ肉と肉ダンゴをキャベツと一緒に煮込んだ、あの料理が食いたい!」
「ああ、ミラノ風の『カッソーラ』ね。それじゃあ、明日の放課後、一緒に材料を買いに行こうか」
「うん」
堂々と教室内でデートの約束をする清修と柚季。その姿に、かつて柚季に告白をして未だに未練を立ちきれないでいる者も、積極的に話しかけていたわけではないが、それでも密かに憧れていた者も、さすがに諦めざるをえないのであった。
完全にふたりの世界をつくりあげている清修と柚季。
誰もが空気を読み、そのふたりの領域に足を踏み入れることを拒んでいたはずだった。
しかし、今まさに無遠慮に清修と柚季に近づこうとしている人影が存在していた。
そして、その人影は清修の友人である武藤渚。彼女は清修の前で立ち止まり、仁王像のような迫力ある目つきでふたりを見下ろすのだった。
「おお。武藤、どうしたんだ?」
柚季の手料理を食べて、ご機嫌な清修は気さくに声をかける。
しかし、渚は固い表情を崩さない。
「ああ、ごめんなさい。わたし、邪魔だった?」
渚の席は、ちょうど清修の前。そのことを気にしていると思った柚季は慌てて席を立とうとする。
「いや、違う。そうじゃないんだ。べつに座っててくれていい」
しかし、そんな柚季を渚は制するのだった。
そして、再び渚は清修たちを無言で睥睨する。
渚の真意を測りかね、お互いに顔を見合わせる清修と柚季。そして、なんとも言えない微妙な緊張感が場を支配するのであった。
「この弁当、水原がつくったのか?」
「ええ。そうだけど……」
ようやく口を開く渚。
「そうか」
そして、次の瞬間、渚は柚季をにらみつける。その野生の獣めいた眼光に、柚季はびくりと身体を震えさすのだった。
ただならぬ殺気に、さすがの清修も楽観視することができずに、間を取り持とうする。しかし、次の瞬間、渚は直立不動のまま深々と腰を大きく折り曲げる。
「水原、すまねぇ! あたしに料理を教えてくれないか?」
そして、教室中に響き渡るくらいの大きな声を発するのであった。
「へっ……?」
柚季が素っ頓狂な声をあげる。
「えっと……、武藤さん、わたしに料理を教えてほしいって、どういう事なのかしら? 理由を説
明してくれないかしら」
「ああ、そうだな。急にこんなことを頼まれても困るわな。じつはな……」
そして、渚は柚季に事情を説明する。
渚には、7歳年の離れた小学3年生の夏海という名の妹がいること。
そして、渚の両親は共働きのため、平日の大半は妹とふたりだけで食事をしているのだという。
しかし、渚は手先が不器用な上に、料理のレパートリーも少ない。だから、誰か料理がうまい人間に教えてもらいたいと考えていたようだ。
「あたしもな、買ってきた肉をガーッて焼いたり、パスタを茹でて市販のソースに絡めるくらいはできるんだよ。でも、そんな料理だと炭水化物や脂ばっかになっちゃうんだよ。それで、妹もこれから成長期に入るわけだし、もっと栄養のあるものたべさせてやりたいんだ! だから、水原、あたしに料理を教えてくれないか。頼む」
「うん。わたしはべつに構わないけど……」
「そうか。ありがとうな。それじゃあ、今度の土曜日にあたしの家に来てもらっていいか?」
「ええ」
「すまねぇ。恩に着るぜ」




