水族館へ③
海中トンネルを渡り終え、館内のすべての展示物を見終わった時には、すでに時刻は正午近くになっていた。
時間も時間なので、清修たちは休憩がてらに館内に併設してあるレストランで昼食をとることにしたのであった。
「食べるものはわたしと同じでいい?」
そして、柚季はレストランに入店するなり、清修にそう提案する。
基本的に食事に関することは、柚季に任せておけば間違いがない。なので、清修は了解するのであった。
このレストランの注文と配膳は、食券を渡して出来上がった料理を客自身が受け取って席まで持っていくセルフ形式。
清修は柚季が料理を受け取りに行ってくれているあいだに、給水機にお冷やを汲みに行くのであった。
そして、清修が席に戻っていくと、すでに柚季が着席していたのであった。
「さあ、食べましょう」
しかし、テーブルの上に置かれている2人分の料理に清修は驚く。
それは、お子様ランチだった。
プラスチック製のプレートにはデフォルメされたイルカやタコなどのキャラクターがかわいらしく描かれている。そして、それぞれのくぼみには、旗の刺さったチキンライス、タコさんウインナー、ミートボール、エビフライ、ハッシュドポテトなどが鎮座しており、デザートにはプリンまでついているのだった。
〝あー、そうか。たしか8年前もここで食べたのはお子様ランチだったな〟
あの時も、清修は迷った挙句に美味しそうな料理がたくさん載っていて、最も美味しそうに見えたお子様ランチを注文したのだ。
そして、すぐに清修の影響を受ける柚季もマネをして、ふたり一緒にお子様ランチを食べた記憶がある。
まさか、この年齢になってお子様ランチを食べる事になるとは思わなかったが、いろいろな種類のおかずが食べられるプレートというものは、なんだかオモチャ箱をひっくりかえしたようなにぎやかさがあり、何歳になっても興味がそそられるのだった。
「へぇ、お子様ランチか、うまそうだな」
「ええ。じつはわたし、8年前にもこの水族館へは来たことがあって、その時も幼なじみの男の子とお子様ランチを食べたの」
「へぇ、そうなんだ。それじゃあ、いただきます」
そして、清修はまずはミートボールから手をつける。
柚季が試食会の時につくってくれたハンバーグとは対照的なやわらかな食感。そして、その挽き肉にかかっている甘辛いタレはいかにも子供向けだが、清修の食欲をおおいに刺激してくれるのだった。
「うん。うまい!」
その後も清修は口の中いっぱいにエビライフやチキンライスなどを詰め込み、舌鼓を打つ。
しかし、柚季はというと、お子様ランチにほとんど手をつけていないように感じられる。
不審に思う清修。
そのときだ。
「あー! あのお兄ちゃんたち、ボクと同じやつ食べてるー!」
隣の席に座っていた小学校低学年くらいの男の子が、清修たちのお子様ランチを指さす。
「おお。なんだ。坊主。オマエもお子様ランチを食ってるのか?」
「うん。おいしいよ!」
「そうだよな。お子様ランチはうまいもんなー」
清修が反応を示すと、隣の席の小学生男児は笑顔で応じるのであった。
しかし、柚季のほうを見ると、顔を耳まで真っ赤にしてうつむいている。
もちろん、そのあいだ、まったくお子様ランチには手をつけていないのだった。
〝ああ、そうか。こいつ、恥ずかしがっていたのか〟
清修は基本的に人の目をあまり気にしないで自分のやりたいようにやる性格なので、失念していたが、お子様ランチを食べて喜んでいるのは、基本的に小学生までというのが世間一般的な考えかた。
それでなくても、(幼なじみという事が判明し、試食会などで積極的に絡んでくるので清修はすっかり忘れかけていたが)柚季のクラス内での立ち位置は、基本的には我関せずを決め込んでいるクールでいけすかない女(ふられた男たち談)。
きっと、自意識の塊である女子高生にとっては、今すぐこの場を立ち去りたいくらいの恥ずかしさだろう。
〝そんなに恥ずかしいなら、自分だけでも別のメニューを頼めばいいのに……〟
しかし、お子様ランチは8年前にもふたりで一緒に食べた料理。同じシチュエーションである事が柚季にとって何よりも重要なのだろう。
そして、清修はそんな柚季を心の底から可愛らしいと思うのであった。
「どうした、水原。あんまり食ってないけど、腹の調子が悪いのか?」
「いえ、大丈夫よ」
あいかわらず、耳まで真っ赤になっている柚季。
「そうか。それじゃあ、なんで、あんまり食ってないんだ?」
「…………」
柚季は再び黙り込んでしまう。
そして、清修はある悪戯を思いつく。
「そうだ。箸が進まないなら、この前かつめしを食べさせてくれた時みたいに、俺が代わりに口まで運んでやろうか?」
お子様ランチを人前で食べるだけでも恥ずかしがっている柚季が、公共の場で他人に「あーん」と食べさせてもらっている姿をさらすなど恥の上塗りに他ならない。
そして、(これは悪癖だと自覚はしているのだが)どうやら清修は困っている柚季をみると、ついついからかいたくなってしまうのだ。
だから、清修とすれば、柚季が恥ずかしそうに赤面している姿を見られれば、それでよかった。
しかし……
「本当に、食べさせてくれるの?」
意外と柚季は乗り気なのであった。
「え、ああ……」
思いがけない展開に、清修のほうが逆に焦ってしまう。しかし、柚季は間違いなく本気にしているようだ。差し迫った上目づかいで何度も「本当に食べさせてくれるの?」と問いかけてくるのだった。
「ああ、いいよ」
さすがに、そこまで真剣な眼差しでみつめられたら、清修としても承諾するしかないのであった。
「それじゃあ、食べさせてくれないかしら」
雛が親鳥から餌を貰う時みたいに口をまん丸に開けて待つ柚季。そして、清修は覚悟を決めるのであった。
「それじゃあ、何を食べるんだ?」
「エビフライを食べたいわ」
「わかった」
そして、清修は箸でエビフライをつまみ、口元まで持っていってあげると、柚季はシッポまで綺麗に食べるのだった。
「次はチキンライスがいいわ」
「はいはい。かしこまりました。お嬢さま」
すると、今度はあっというまにチキンライスをたいらげてしまう柚季。
「うふふふ❤」
先程まで、あれほど他人の目を気にしていたにもかかわらず、今では清修に食べさせてもらえる事がよほどうれしいのだろう。柚季はご機嫌な笑みで顔をとろけさせるのであった。
〝うーん。さすがに、もう限界かな〟
デザートのプリンを運びながら、清修はそんなことを考える。
幼なじみの『ユウ』だと気づいてもらいたくて、必死になっていた柚季の姿が可愛らしすぎて、今まで気づかないふりをしていた清修。しかし、ここまでまっすぐな想いを目の当たりにすると、罪悪感のほうが勝ってしまうのであった。
「ごちそうさま」
デザートのプリンを食べ終えると、柚季は幸せそうに笑み崩れる。
「あのな、水原。じつはな……」
意を決する清修。
しかし、そのとき、清修の鼻腔は香水のケミカルな匂いを察知する。そして、その匂いに遅れてひとりの男が姿を現すのであった。
「柚季ちゃん」
長身に痩せすぎでもなく太りすぎてもいない均整な取れた体躯。20代後半くらいの年齢の男が、さわやかな笑顔を携えながら柚季に話しかけてくる。
「岩田さん!」
そして、どうやら柚季とは顔見知りのようだ。その名を呼ぶ声は明るい響きに満ちているのだった。
「今日はこんなところでどうしたの?」
「クラスの男の子と文化祭のイベントの参考にするために来てたんです」
「この前はクッキー、ありがとうね。おいしかったよ」
「いえ、あんなものでよければ……」
学校では清修以外の男子に話しかけられても、人間不信の猫のようにろくに反応も示さず受け流す柚季。
しかし今、この岩田という男と話している時の柚季は、完全に相手を信頼しきっている笑顔に満ちている。
そして、世間知に疎い清修でも理解できる。無造作に見えるようでも、その実きちんと整えられた髪。定期的にジムなどで身体を鍛えているのだろう、過不足なく適度に引き締まった身体。なによりも、相手に壁を作らせずに自分でも垣根を作らない。そんなサービス精神とユーモアにあふれた態度とトークスキル。この岩田という男は、典型的なモテる大人の男ということだ。
曰く、男に興味がない。曰く、人付き合いそのものに不信感を持っている。柚季は今まで何人もの男子生徒から告白されても、その全てをソデにしてきたことは様々な憶測を呼んできたが、清修はその本当の理由を垣間見た気がしたのだった。




