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水族館へ


〝しかし、まさか、こんな事になるとはなぁ……〟


 清修は柚季が指定した白崎海浜公園駅前のロータリーで待っているのだった。


 昨日、帰宅しようした直前に柚季から出た「水族館へ行かないか」という申し出。


〝これはやっぱりデートって事になるんだろうなぁ……〟


 今まで男からデートに誘われる事は数多くあっても、自ら誘う事はいっさいなかったのだろう。よほど恥ずかしかったのか、あの時の柚季の顔は真っ赤だった。


 もちろん、その原因はすべて清修にある。


 柚季は早く自分のことを幼なじみの『ユウ』だと気づいてもらいたいのに、必死になってアピールすればするほど、清修はニヤニヤとその反応を楽しんでいたのだから。


 このままだと同じことの繰り返しになる――。そんな焦燥感があったのだろう。だからこそ、その美貌から男子生徒に孤高の高嶺の花と位置づけされていた柚季が、自ら積極策をとったわけだ。


 ちなみに、柚季がデートに誘った場所は、この白崎海浜公園駅近くにある『白崎水族館』である。そして、その場所を選んだ理由も清修には理解できるのだった。


 かつては毎日のように遊んでいた柚季と清修。


 しかし、その遊び場所は、子供ということもあり、柚季の家やその付近の森とかなり限定されていた。


 しかし、たった1度だけ、清修は柚季と山を下りて街で遊んだ事がある。


 それが、この白崎水族館だった。


 あのときは、たしか年末で、いつもは店の経営に忙しい柚季の両親も休みをとれたということもあり、ふたりをこの水族館まで連れて行ってくれたのだ。


 いま思えば、かなり最悪な別れの仕方をした清修と柚季。しかし、柚季のほうから、こうやってデートに誘ってきているという事は、彼女のほうには悪感情はないという事なのだろうか。


〝もう、そろそろだな〟


 そんな事を考えていると、あっとうまに集合時間が近づいてくる。あたりを見渡してみるが、柚季の姿はまだない。


「お待たせ」


 しかし、いきなり柚季に話しかけられ、清修は驚く。


「ああ、おはよう。なんだ。もう来てたのか」


「ええ、いま来たところよ」


 清修が即座に人混みの中で柚季をみつけられなかった理由。


 それは柚季の服装が原因だった。


 細身のジーンズにフードのついたパーカー。そして、頭にはキャップをかぶってロングヘアーもその中にしまい込んでしまっているボーイッシな服装なのだ。


 そして、それはまさに清修と遊んでいた頃の『ユウ』を思わせる格好だったのだ。                                                                             

 しかし、それだけに学校での柚季の印象と大きく異なるため、清修が見誤るのも無理はない話だった。


「どう? 似合うかしら?」


 柚季が清修に尋ねてくるのだった。


「ああ、普段は制服のスカートしか見ていなかったら、ちょっと驚いたけど、すげー似合ってるよ」


「ありがとう。でも、じつはわたし、子供の頃はスカートなんて穿かずに、ずっとズボンだったのよ」


「へえ、そうなんだ」


「ええ。昔のわたしはいつも男の子みたいな恰好で、幼なじみの男の子と一緒に山の中でよく一緒に遊んでいたわ」


 出会ってから、さっそくいつもの幼なじみアピール。今日は休日という事もあり、朝からフルスロットルと言った感じである。


「そうか。水原は意外とアウトドア派だったんだな。それじゃあ水族館へ行こうか」


「ええ……」


 とりあえずいつもの幼なじみアピールをいつものように受け流す清修に、あきらかな不満顔をみせる柚季。


 そして、ふたりは駅から徒歩5分ほどの場所にある水族館を目指すのだった。


「ところでさぁ、水原。ひとつ訊いていいか?」


「なにかしら?」


「なんで、今日は水族館に誘ってくれたんだ? 俺たちのクラスの催しものは喫茶店でぶっちゃけ水族館なんて何も関係ないじゃん」


「え、えーと……」


 すると、柚季はあきらかに気まずそうに視線を泳がせて、額にわずかに汗を滲ませるのだった。


〝ああぁ……やっぱり、こいつ理由を考えてなかったんだな〟


 きっと、いつまでも変わらない清修との距離に業を煮やして、発作的に思い出場所である水族館へのデートを提案したのだろう。


 しかし、あくまでも柚季としては清修のほうが先に気づいてしまったという体裁を保ちたい。それなのに、辻褄が合うような理由を考えていなかったとは。


 下唇を噛み、典型的な苦虫を嚙みつぶしたような顔になる柚季。その顔は、どんな言葉よりも雄弁に「想定外」という思惑を語っているのだった。


 そして、その後、柚季は何度も舌で唇を舐める。


 これは、あきらかに今この場で言い訳を全力で考えている時の顔だ。


「え、えーと、それはね。ほら、最近の飲食店って、ただ単に食事を楽しむ場だけじゃなくてある程度のエンタメも必要じゃない。だから、この白崎市の観光スポットである水族館へリサーチに行くの。それに、水族館の中には食用に適した魚もいるわけだから、新しい料理のインスピネーションもわいてくると思うわ」


「なるほど」


 はっきり言って苦しいとは思うが、まあ論理が破綻してなくはない。清修はうなずいて納得したふりをするのであった。


 すると、今まで裁判官の判決を聞く被告人みたいな顔をしていた柚季は露骨に安堵の表情を見せる。


〝やれやれ……〟


 いつもは放課後だけだが、今日は丸一日このノリに付き合わされることになるのだろう。それはそれで可愛いし、見ていて楽しいのだろうが、ひどく疲れそうなのであった。


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