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追憶②


翌日の土曜日の朝。


 清修は夢をみていた。


 かつて『ユウ』と遊んでいた幼き日の夢を。


 春の訪れをすぐそこまで思わせる3月のある日。その日も、『ユウ』は清修の隣にいた。


 いつも清修といる時は楽しそうに笑っている『ユウ』。しかし、この日は違った。まなじりに溜めた涙がこぼれないように懸命に下唇を噛みしめているのだった。


「なんで、こんなことをするの?」


 今にも震えだしそうな、しかし、明確な非難の意志を込めた声音で『ユウ』は清修を咎める。


 しかし、清修は訳が分からず、固まっていた。。


 なにも、清修は『ユウ』を困らせようとしたわけではない。むしろ、逆。「この行為は」は『ユウ』のためだと思って、やった事なのだから。


 そう……この日も最初は、清修たちは、いつものように『ユウ』の家の近くで遊んでいた。そのとき、『ユウ』の同級生だという男子3人組が目の前に現れたのだ。


 いつも二人で遊んでいた経験しかない清修は、『ユウ』の同級生と会うのも初めてだった。だから、当初『ユウ』の友達ならば、清修は一緒に遊んでもいいと考えていた。しかし、どうやら、『ユウ』は、この三人組を好ましく思っていないようだった。


 3人組は顔を会わせるなり、口々に『ユウ』の事をなじり始める。


 我慢できなくなった清修は、三人組に今すぐ悪口をやめるように抗議をするのだが、3人組は聞き入れない。それどころか、『ユウ』に向かって「オマエ、教室ではいつもひとりのくせして友達がいたんだ~」などと、さらに口汚くからかうのだった。


 だから、殴ってやった。


 物心つく前から、祖父から古武術の手ほどきを受けている清修にとっては、それはあくびが出るほど簡単な事だった。


 殴られた3人組のうちのひとりは泣き叫ぶが、清修は気にしない。コブシには相手の歯が折れる感触が今も残っており、生暖かい返り血が付着しているが許す気にはなれなかった。


 そして、残りのふたりの顔面も清修はあっといまに叩きのめし、地面にひれ伏せさせるのだった。


 いつも、祖父とふたりで修業をしていた清修にとって、初めて経験するケンカ。


 しかし、後悔はない。むしろ、『ユウ』を守れたことに対する誇らしさのほうが、胸にはあった。


 だけど、その直後に『ユウ』から浴びせかけられたのは批難の言葉だった。


 いつもニコニコと嬉しそうに清修に料理を作ってくれた『ユウ』。しかし、今その目は批判的な怒りに満ちている。


 清修は表情にさえ出さなかったが、内心はパニックの1歩手前だった。


「えっ……いや、俺は……」


 ただ、呆然と立ちすくみ、『ユウ』の問いかけに何も答えられずにいた。どうすれば、大好きな『ユウ』の機嫌が直るのか見当もつかなかった。


「もういい……」


 しかし、『ユウ』の口から漏れ出したのは、まるで何もかもを諦めたかのような淡白な声音。


「清修なんか大嫌い! もう遊んでなんかあげないから!」


 そして、そう吐き捨てると、『ユウ』は清修のほうをふりかえらず、どこかへ走り去ってしまうのだった。


〝なんでだよ……〟


 誰よりも守りたかった『ユウ』の笑顔。


 だから、戦った。しかし、その行動が引き起こした結末は、清修にとって最も無残なものだった。


 眼球を覆っていた熱い湿り気が瞼から零れ落ちる。


 それが、清修にとって、生まれて初めて経験する、心の痛みによって流す涙だった。




 そして、清修はひとり暮らしのアパートの寝床で覚醒するのだった。


〝あー、そういえば、そうだった〟


 清修にとっては、楽しかった記憶しかない『ユウ』との思い出。


〝大嫌いか……〟


 しかし、たった一度だけ、清修は『ユウ』の明確な怒りと拒絶の感情をぶつけられた経験がある。


〝あれが、『ユウ』との最後の会話だったんだよなぁ〟


 そう、『ユウ』の父親が店を閉めて、清修の目の前から消えたのは、あの日から1週間後の事だった。


 基本的に嫌な事は忘れ、楽しい事のみ記憶して生きてきた清修は、『ユウ』との最後の会話をきれいさっぱり忘れてしまっていたのだった。


 しかし、最後の会話で投げかけられた言葉は拒絶であり、ふたりの別れは、ただ楽しいだけの思い出ではなかった。


 これは歴然たる事実である。


 しかし、それはあくまでも昔の事。


 過去の事を気にしてもしょうがない。


 いま考えるべきは、過去の『ユウ』の言葉ではなく、現在の柚季が水族館へと誘ってくれ、清修はそれを了承したという事実のみだ。


〝さてと、起きるか〟


 窓の外をみると、まだ完全に夜は明けきっていなかった。しかし、今の精神状態では2度寝も出来ないと思い、清修は待ち合わせの時刻までまだまだ余裕があるにもかかわらず、起きあがるのだった。



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