かつめし
そして、次の日。
柚季は清修との約束どおり、かつめしを作ってくれるのであった。
白い平皿に盛られた白米と薄くカットされたビーフカツ。そして、その上には、たっぷりのデミグラスソースがかけられているのだった。
「見た目は、なんかカツカレーみたいだな」
「ええ。でも、これが播磨地方のご当地グルメのかつめしよ。食べてみて」
「いただきまーす」
そして、清修は左手で箸を持つ。
「あれ、あなた、右利きのはずよね?」
すると、柚季が驚いたような声をあげるのだった。
「ああ、これか、じつはさっきの体育の授業で右肩を痛めちまったから使い物にならないんだよ。まあ、べつに大した怪我じゃねーよ」
これには、普段はクールな表情を崩さない柚季もさすがに青ざめる。
「使い物にならない……って、それって大怪我じゃないの?」
しかし、清修は涼しい顔だ。
「大丈夫だって。今は右腕を使うと痛むから動かしたくないだけで、明日になれば普通に使えるようになるさ」
「なに馬鹿なこと言ってるの。そんな右腕を動かせないような怪我が、今日や明日で治るわけないじゃない。今すぐ、病院へ行きましょう!」
「治るよ。そんなに、心配するなよ。自分の身体のことは自分がいちばん分かってるさ。それよりも、病院なんか行ってたら、せっかくのかつめしが冷めちまうだろ。そっちのほうが問題だ。金だってもったいないし」
平然とそう答えて箸を持ち直す清修。すると、柚季は大きくため息をつく。
「分かったわ。そこまで言うんだったら、病院に行くのはやめにしましょう。あなたは昔から一度決めたらテコでも動かないものね。でもね、それだったら、そのかつめしを食べた後でいいから、らせめて保健室に行きましょう。ね、お願い……」
訴えかける柚季の瞳からは、涙がこぼれ落ちそうになるほどの切実さを孕んでいた。
「分かったよ」
清修はバツが悪そうにそう答える。他人の意見によって自らが一度決めた行動を覆すのを潔しとしない清修。しかし、何事にも例外はある。そう、清修は昔から『ユウ』のこの表情には弱いのだ。
「それじゃあ、もうかつめしを食うぞ。俺はもう腹がぺこぺこなんだ」
そして、改めて利き腕ではない左手で箸を持ち直す清修。
「待って!」
しかし、それに対して柚季は待ったをかけるのであった。
「左手では食べにくいでしょう。わたしが食べさせてあげるから」
「ええ~。べつにそこまでしなくてもいいぜ」
「ダメ! あなたは怪我人なんだから、今はわたしの言うことを聞いて!」
そして、またもや涙目で訴えかけるような目をする柚季。
「分かったよ」
清修はたしかに右利きであるが、ほとんど両利きに近くて箸くらいならば左手でも問題なく扱える。しかし、やはり今にも泣きだしそうな柚季の顔を見ると何も言えなくなってしまう。清修はしぶしぶながら従うのであった。
「はい。あーん」
ご飯とカツを一口サイズに箸でつまみあげた柚季は清修の口元まで運ぶ。
「あーん。もぐもぐもぐ。うん、うまい!」
清修は口の中に入れ、咀嚼するのであった。
「おいしい?」
「うん。うまい。このデミグラスソースも水原が作ったのか?」
「ええ。そうよ。はい、あーん」
「あーん。もぐもぐ……。そうか。でもデミグラスソースとカツって合うな」
「ええ。デミグラスソースとカツっていう組み合わせの料理は、兵庫県だけじゃなくて隣の岡山県にも『デミかつ丼』っていうのがあるみたいよ。はい、あーん」
「へえ、世の中にはいろいろなご当地かつ丼があるんだな。もぐもぐ……」
「ええ。ソースかつ丼だけ福井に会津若松、それに駒ケ根にもあるみたいよ。それからタレかつ丼やあんかけかつ丼なんてものみたいよ。気になったのなら、今度、作ってあげるわ。はい、あーん」
「うん。サンキュー。もぐもぐ……」
自らの手をまったく動かさずに柚季にかつめしを食べさせてもらう清修。
「わたしの幼なじみの男の子も、今のあなたのように怪我をしても『俺は平気だ』って、よく言っていたわ」
「へえ。世の中には似たような奴がいるんだな」
そして、過去の清修との思い出話を語る柚季と、今の関係を崩したくがないために適当に受け流す清修。
ふと、窓の外に目を向けると、家庭科室を横ぎっていく男子生徒たちが嫉妬と羨望が入り混じった目で清修を睨みつけているが、そんなものは気にならないほど、柚季のつくったかつめしはうまかったのだった。




