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ハンバーグ


 週が明けた月曜日。


 普段はほとんど過去の事など鑑みない清修だったが、今回ばかりは自らの古い記憶。そして、土曜日の柚季の発言について考えてみた。


 幼少期の生家近く(それでも徒歩で30分以上かかるが)のリストランテを経営していた料理人のひとり息子で、清修にいつも美味しい料理をつくってくれた『ユウ』。


 そして、柚季の父親も8年前まで白崎海浜公園駅前から続く国道沿いの山の中でしていたという。


 なによりも、『ユウ』も柚季も大の料理好き。ここから導き出される答えはひとつしかない。


 そして、その日の放課後も清修と柚季は文化祭のための試食会を家庭科室でおこなっていたのだった。


 今も制服の上からエプロンを重ね着をして料理をしている柚季の横顔をまじまじと見つめる清修。


〝昔から女みたいにひょろっちぃ奴だと思ったけど、まさか本当に女だったとはなぁ……〟


 清修の記憶の中にある『ユウ』の姿。


 それは、ハーフパンツとTシャツという服装でいつもキャップをかぶっていた。冬になると、それがジーンズと男物のジャンパーに変わり、髪も今よりもっと短くて清修は出会ってからずっと男だと思っていた。


〝それにしても、なんで今までずっと俺は『ユウ』って呼んでたんだろ。『ユズキ』って自己紹介されたのに、勝手に『ユウキ』だと思い込んで略してただけなんかね〟


 ちなみに、清修はずーっと『ユウ』と呼んでいたため、苗字なんてこれっぽっちも覚えていないのだった。


〝しかし、それを考えると、スゲー美人になったよな〟


 黒曜石のような輝きと色を奇麗な瞳。外国人のように高くはないが、細くすっと通った鼻筋。なによりも、細く華奢でありながらも女性らしい丸みを帯びた肉づきと瑞々しく美しい肌。


 正直、未だに目の前の女性が、かつての幼なじみである『ユウ』だとはにわかに信じがたかったのだった。


「ところで、今日は何をつくってるんだ?」


 清修は柚季に尋ねるのであった。


「今日は、ハンバーグを作ろうと思ってるの」


「ハンバーグだとッ!」


 思わず声が上擦ってしまう。


 そう、土曜日の洋食屋の二者択一で泣く泣く断念して以来、清修の口と胃袋はずっとハンバーグを求めていたのだ。


 今度の休みには、また、あの店に行ってハンバーグをランチで食べようかと密かに画策していたほどだ。


〝いいじゃん。いいじゃん〟


 そして、思い出す。


 かつての『ユウ』も、何も言わなくても清修がその時にいちばん食べたい料理を察してくれて、よく作ってくれたものだ。


 しかし、よく見ると、柚季はまな板の上で包丁を使ってタネを成形している。


「なぁ、水原。ハンバーグって、なんつーか、こう手でペッタンペッタンってやって空気を抜くもんじゃないのか?」


 お手玉するような手つきを再現して、疑問を呈する清修。


「それをやると、手のひらの温度が肉に伝わってしまうの。そうすると熱でたんぱく質が固まって肉本来の味わいが失われるの」


「へぇ」


 ちなみに、柚季はタネを成形するための包丁もあらかじめ冷蔵庫で冷やしていたのだという。そのこだわりように清修の期待は否応なしに高まってしまうのであった。


 そして、柚季はそのまま包丁の上にタネを乗せて、フライパンまで運ぶのであった。


 熱された黒鉄のフライパンの上でハンバーグは焼かれていく。その脂の中で弾ける軽快な音は、もうそれだけで清修の食欲を刺激してくれるのであった。


「はい。おまたせ」


 コトン、と柚季はできあがったハンバーグを乗せた皿を清修の前に置く。


 その形は円形というよりも正方形に近かった。厚みは2センチほどもあり、ハンバーグの上にはたっぷりと肉の脂を吸ったタマネギのみじん切りが乗せられている。そして、同じ皿の上にはフライドポテトとマスタードが添えられているのであった。


 待ちきれない清修はさっそくナイフとフォークでハンバーグを切り分けて、口に運ぶ。


〝あっ、これ、すげえ〟


 まず、食べてみて驚いたのは、その味わいの肉々しさ。


 食感自体は決してやわらかいとは言い難い。むしろ、巷に溢れるハンバーグに比べたら硬いと表現してもいいくらいだ。しかし、その分、味わいは質実剛健。下手なステーキを食べている時よりも、『肉』を喰ってる感が味わえる恐ろしいシロモノ。柚季が細心の注意を払って、タネを扱っていたのもうなずけるのだった。


「すげえな。これ。肉汁とかはそんなに出てないけど、めっちゃ肉の密度が濃いっていうか」


「それは、つなぎにタマネギやタマゴとかいっさい使ってないからよ」


「ええ? つなぎに何も使ってないのか? それでハンバーグなんか作れるのか?」


「ええ。主に牛スネ肉のあらびきを使ってつなぎの代わりに少量の豚肉を加えるの。だからこそ、肉の旨味をストレートに出せるの」


「はあ……なるほどなぁ……」


 そして、今度はハンバーグに添え付けのマスタードをたっぷり絡ませて食べてみる。うん。この肉々しい味わいのハンバーグには、デミグラスソースとかではなくシンプルな辛みだけ与えてくれるマスタードがベストマッチするのであった。


〝うめぇな~〟


 そして、ハンバーグを食べている合間に、清修はフォークでフライドポテトを刺して食べる。


「ん~。このフライドポテトもスゲーうまいな」


「それはね、部位によって切る時の太さを変えているの。そうすると、ほこほこした食感もサクッと食感も両方、味わえるでしょう」


 この、とてつもなく『肉』食ってる感の味わえるハンバーグにマスタードを絡め、フライドポテトを食べていると、最高にジャンキーな気分になり、摂取カロリーや糖質などという単語は頭から消え果ててしまうのであった。


〝そういえば、昔『ユウ』もハンバーグを作ってくれたことがあったな〟


 ふたりが出会って間もない頃。話の流れは忘れたが、たしか話題はハンバーガーになり、当時そんな食べ物の存在など知らなかった清修に対して、『ユウ』はハンバーグをパンで挟んだ食べ物だと教えてくれた。しかし、祖父から食事制限を受けていた清修は当然ハンバーグの知識すらなかったので、『ユウ』は一から丁寧に説明してくれたのだ。


 そして、「食べたい」と駄々をこねる清修に対して、『ユウ』は本を見ながら、自宅の冷蔵庫にある挽き肉で悪戦苦闘しながらハンバーグを作ってくれたのだ。


 あの頃、清修たちは小学校の低学年くらいの年齢(まあ、清修はその時は学校なんて行ってないのだが)。調理実習でろくに米のとぎかたすら知らない女子もいる事を考えれば、『ユウ』はかなり頑張っていたんだなと改めて感心するのであった。


 そして、ここに来て、新たな疑問が生まれてくる。


 いろいろな出来事があり、柚季がかつての幼なじみの『ユウ』と同一人物なのではないかという疑念を抱き始めた清修。

 しかし、柚季のほうはどうなのだろうか? 


 清修が、かつての幼なじみだと気づいているのだろうか?


 そして、清修はハンバーグを食べながら、うわめ遣いで柚季の顔をちらりと覗き見る。すると、柚季はまるで威嚇する猫のように不機嫌なオーラ全開で清修を睨みつけているのだった。


〝あっ、こりゃあ完全に気づいてるわ〟


 そういえば、オムライスやパンケーキを食べている時も、柚季は清修を睨みつけていた。あれは、思い出の料理を食べているのにもかかわらず、目の前の食べ物に夢中でまったく気づいていない清修に対する無言の抗議だったのだろう。


「じつはね、わたしが初めてハンバーグをつくったのは8年前なの。その当時よく遊んでいた友達がハンバーグを食べた事がないって言っていたから、つくってあげたの」


 そして、柚季は唐突に自らが初めてハンバーグを作った日のことを語りだす。もちろん、その口調はさりげなくを装っているものの、その瞳は清修が思い出してくれる事に対しての期待が滲み出ているのであった。


 しかし、ここで一つの疑問が浮かびあがってくる。


 柚季がいつの時点で清修の事をかつての幼なじみだと気づいたかは不明だが、なぜ、その事を自分から言い出さないのだろうか。


 そうすれば、こんな回りくどい事をしなくても、お互いにもっと早く再会の喜びに浸ることができたというのに。


「それでね、その幼なじみの友達はハンバーグを食べた事がないどころか、どういった食べ物かも知らなかったの」


「たしか、お祖父さんとふたり暮らしだったと言ってたわ」


 そして、清修が思案している間にも、柚季は滔々と清修との過去の思い出話をわざとらしく語るのであった(もちろん、不満げに頬をふくらましながら、ちらちらと清修の顔を見るのも忘れない)。


〝ああ、そうか。きっと『ユウ』は俺のほうから、気づいてほしいんだな〟

思い出す。そういえば、かつて清修と一緒に遊んでいた時の『ユウ』も、主体性がなく、こんなふうに自分から何かを言い出すのが苦手な性格をしていた。


 たとえば、外ではなく家の中で遊びたい時など、自分から「今日は家で遊ぼう」などと言わずに、「なんか、最近このへん虫が多いね」とか「今日は最高気温が30度を超えるんだって」というような感じで、それとなく清修のほうから「今日は外で遊ぶのはやめておこう」と提案するように誘導してくるのだ。


 きっと、今回もそうなのだろう。

あくまで柚季の理想は、「えっ、もしかして、水原って俺が子供時に一緒に遊んでた『ユウ』なのか?」と清修のほうから言い出すことなのだ。


 そう考えると、すべてが腑に落ちるのであった。


 文化祭に出店する喫茶店で出すメニューを決めるための試食会という名目ながら、衛生的に使用不可なタマゴを使ったパンケーキやオムライス、挙句の果てには熱をタネに伝えないために、素手で触らず包丁までも冷やすような本格志向のハンバーグなどを作っていた理由も、すべては清修に気づいてもらいたい一心からの行動。いや、そもそも、文化祭の実行委員に立候補したこと自体が、目的を達成するための手段なのだ。


 そして、清修は改めて柚季の作ったハンバーグの味を噛みしめる。


〝スゲーな。昔から料理がうまい奴だと思ってたけど、こんな本格的な料理をつくれるくらい成長したんだな〟


〝よく「パパみたいに美味しい料理を作れるようになりたい」って言ってたもんな。いっぱい努力したんだろうな〟


 先程までのこれ以上の物はないと思っていた極上の味わいのハンバーグ。しかし、今では、その味わい以上に深い感嘆が清修の胸を熱くするのであった。



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