とりあえず最小までに抑えたプロローグ
昼下がりの午後
いとしの土曜日をお知らせします。
都会の人々は休みを幸いに、いろいろなところへ繰り出して楽しそうな様相です。
社畜の方々におかれましては、その日々の奮闘への感謝と、お身体のご自愛を欠かさないでほしい旨と、そんな世の中は私は嫌なのでさっさと市民革命でも労働運動でもいいから起こしやがれと思う次第であります。
どうかご一考のほど、よろしくお願いします。
さてさて、私といたしましては、そんな都会の喧騒からも離れ、はたまた田舎の人情臭い雰囲気からも離れ、深々としている古風な、いえ、古来の伝統をそのまま引き継ぎ、新しきを取り込む、という温故知新という言葉を忠実に実現した邸宅の奥に通されております。
どういうことかわからない?
なんだぁ、ラブコメでの清楚着物美少女の自宅に乗り込んでいる感じかコンチクショー。
とでも思われたのではないでしょうか。
私としてもその方が100倍やりやすいものです。はい。確かにそんなシチュエーションの場合、私はいわゆる『お義父様』の奇襲に最大限の注意を払わなければならないところです。はい。
そっちの方がどれほどやりやすいか。
いいですか?あなた方が私のことをどうお思いになろうがそちらのご勝手ですが、現状認識を書いた誤謬こそ・・・
まあいいです。このままでは埒が開きません。
「久しぶりですね、小六。元気にしていましたか?私はあなたの来訪を心待ちにしていたのですよ」
「ははぁっ。鬼塚御令嬢におかれましては、日々のご支援誠にありがたく、改めてお礼申し上げるとともに、私といたしましても御令嬢閣下にお会い出来ましたことを喜ばしく思っております」
「そうですか。で、元気だったのですか?」
「は、病気なしの元気体です」
「...ふふっ、そのような言い方ですと、なんだかおバカっぽく聞こえますよ」
帰りたい。
「それで、現状のあなたの仕事ぶりはどうですか?」
「はっ、お日柄良好、学校での業務も支障なく、友人たちがいい感じに仕上がっています」
「あら、物騒ですね。何か争いに巻き込まれたりいたしていませんか?」
「令嬢閣下のお心を傷めるような発言、平に申し訳なく。ですがご心配なく。机の下で蹴り合うような仲でありますので、令嬢のお心に留めておかれるようなことではないかと」
「ですが、最近の若者たちの不躾にはいささか不安を覚えますね。・・・ねぇ、小六は大丈夫なのですか?私としては、何か力添えができれば良いのですが」
令嬢が本当に心配そうな顔をしてこちらを見ている。
ああ、眼福ってこういうことを言うんだなと思いながら、自分が感情を表に出しやすい方なのを理解しているので、表の感情の方を鮮明に出す。
まあ、令状のお顔が一瞬歪んだが、許容範囲だ。
「巫女ちゃん、確かに馴染みの不幸を心配するのはいいが、私たちだって何にでも手が回るわけではない。それに、必ず起こると決まった災難でもないのだ。そう過度に心配することはないだろうさ」
「・・・そうですね、奥田さん。でも、小六、何かあったら必ず言うのよ。わかった?あなたは私の大事な、だーいじな手駒の一つなんだから」
そう言って奥田閣下は笑い、その隣に座る令嬢閣下は不服そうな顔をしながらもそれを了承している。
そして、その顔そのままでこっちに顔を向けてくる。・・・できればずっと見目麗しい令嬢様とのお話を楽しんでいてもらいたいものだ。
「名鈴君、君が当たっているカテゴリーは非常に重要なことは理解しているね?」
「・・・はい」
「もう少しきっぱりはっきり答えてほしいものだね。・・・まあいい。そのカテゴリーが友人に渡ることは絶対に許されない。そして、カテゴリーの安全平穏を保ち、その学業生活において不必要な全てを排除する。そのことについては理解しているはずだ」
・・・
「もちろんであります」
初めはふざけんなと思ったが、案外難しい任務でもない。
地方の、本当に山奥の高校での業務だが、特に難しいこともなく、平穏を保てばいいだけのこの業務は割と気に入っている。人を殺すようなことも滅多になく、血を見ることも少ない。
何せ、カテゴリーがカテゴリーだ。奇人変人ならばその行動を予測するのは困難だが、あれはそんな感じでもない。逆に、なぜカテゴリーに入っているのか不思議なぐらいだ。
だが、確かに不審な点はある。
「・・・例の事件を覚えているかね?」
「例の事件・・・ですか。生憎、思い当たる節がありすぎて。恐縮なのですが・・・」
「犬事件、もちろん覚えているわよね」
ああ、あれか。あれは・・・酷かった。
「それだけじゃない。猫事件、鳥事件、鴉事件、果てには鳳凰事件だったか?あれは強烈だな」
「ええ。あれの処理には苦労しました。何せ、物的証拠が多すぎて、隠しようがありませんもの。よくあんな強引な方法で解決しましたね」
「ああ、何せ・・・おっと、そんな話をしたいんじゃなかった。とにかく、これらの事件についての知識は?」
「あります」
これはうちでは一般常識に入るため、さすがに常識のない馬鹿であるというレッテルを貼られなくてホッと息をつく。
「・・・つまり、一連の失踪事件がどうかしましたか?まさか、新たな手がかりが?」
「いや、そういうわけではない。ただ、その全てがカテゴリーが巻き込まれている。用心に越したことはない、と思ってな」
そう言いながら、奥田閣下は側付きに資料を私と令嬢閣下に手渡す。
ーーー ーーー ーーー
カテゴリー・警護同時連続失踪事件
一切の外部流出を禁ずる
要約:カテゴリー、且つその警護要員、且つその他一般市民において、いわゆる『神隠し』のような事件が連続的(1年周期)、もしくは同時期に複数発生している。
原因不明、発生条件不明、ただしカテゴリーは必ず関係してくる。
注釈:一部現地要員によると、発生時、もしくは発生3日間以内に小規模な地殻変動を確認
ーーー ーーー ーーー
「ちょっと待ってください」
同意見です、お令嬢。
「この、地殻変動というのは?」
「地震ではないですな。地殻変動、であります」
「地滑り、ですか?」
「地殻変動です」
令嬢は回答に不服なようで、少し令嬢と閣下は言い合いを続けたが、閣下の一辺倒な返答に今は無理だということを察したらしい。口をとらがせて押し黙った。
しっかしまあ。
「特に目新しい情報ではありませんね。地殻変動、というのは少々不可思議に思いますが」
「そうかね?私としては、君がよく勉強している証拠だと思うが」
つまり・・・
「知ることが、大事と?」
「はて、知識の再確認は大事ということですかな。確かに、忘れてしまうのはいただけないーーー」
閣下が何かごちゃごちゃ御託を並べているが、令嬢のご様子を察するに、きっと私が思っていることと大差ないだろう。
「閣下?」
「なんですかな、巫女ちゃん?」
「閣下は、このようなことが、また起こると言いたいのですか?」
奥田閣下はゆっくりと令嬢の方を向き、にっこり笑顔で告げた。
「少なくとも、必ず」
「っ!」
「私どもの予想では、28ある残存カテゴリーのうちのいずれかが、近い将来『神隠し』に合うという予測を立てています。おそらく、複数」
「そう判断する根拠は・・・?」
真剣な表情で閣下を覗き込む令嬢は、ソファに手をついてその回答を待つ。
「あなたに教えることができる権限はありません」
しかし、閣下にそう宣言され、項垂れる。
「少なくとも、警戒をしておけばよろしいのですね」
しょうがないので助け舟を出すと、閣下はこれまたキョトンと何を言っているんだこいつという表情をする。
「警戒?」
本当に信じられないという表情をする閣下。
やらかしたか?
「警戒程度で済むとお思いかね?そんな幸せな予測では、カテゴリーの警護など夢の夢だろうよ。・・・名鈴君、私はね、君たちエージェントに最大限の期待を寄せているのだよ」
「では?」
徐に深く息を吸った閣下はただ一言。
「死しても生きさせろ」
その言葉のみを残し、社交辞令の後、足早に去っていった。
多分、意味わからんと思うけど、まあ、次も読んでくれたら幸いです。