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リリーナ・アーデルハイド 



 わたくしはリリーナ・アーデルハイド。アーデルハイド伯爵の長女でケイン様の婚約者でした。


 ケイン様は政略のため結ばれた婚約を快く思わなくて、わたくしを愛しては下さらなかった。

 だからわたくしは眠ることにしたの。


 周囲の人たちからはわたしたには理想的でお似合いだと言われたけれどそれは過去の話。

 ケイン様の心を占めているのはわたしではないの。ケイン様が愛しているのは異世界の娘、百合奈よ。


 わたしは知っているわ。たった数回しか顔を合わせた事のない娘にケイン様が強く惹かれて、愛している事を。


 だってわたしは百合奈なのですもの。

 百合奈の魂の半分はわたしの心で出来ているのよ。



 ケイン様が禁書を見つける少し前に、わたしはある一冊の本を見つけていたの。

 それは『異世界転移と転生について』書かれた、手書きの本だった。

 異世界への転移?転生?それはどういう意味なのかしら?

 わたしはその本を読んだの。そして理解した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()だという事。


 わたしには過去の生まれ変わりの記憶があって、その過去生で何度か異世界転移を叶えていた。

 転移には膨大な魔力が必要で、さらに帰ってくるとなると、その異世界でも魔力を溜め続けないといけないの。

 過去のわたしが何度か転移している異世界には、魔力がなかった。それでも帰って来られたのだから、わたしの持つ潜在的な力は相当な物なのでしょう。


 わたしは時々、自分の存在が何のためにあるのか、考えてみる事があったわ。

 過去の生まれ変わりの記憶を持ち、異世界へ転移できるほどの魔力と能力を持っているその意味は?

 わたしは一体何者なの?



 わたしはこの世界で聖女と呼ばれる存在。

 特化していたのは治癒能力でケイン様の大怪我を治した事もある。

 だけど政治の取引の材料に使わせたくないと、お父様がわたしの能力を隠してくださったわ。


 本当は、前の王太子の婚約者になる所だったのよ。それを防いでくれたのはケイン様のお父様。

 聖女の力を発揮した10歳の時に、急いで婚約を整えたわ。王家に知らせたのはそのずっと後なの。そのせいで、ファビラウス大公閣下は、国王陛下から随分とお咎めを受けられた。

 それでも大公閣下とお父様はわたくしを守ってくださったの。


 尤もその婚約には打算も計算もある事はわかっていたけれど、わたしは愚かにも、ケイン様もそれを望んでくれていると信じていた。だって、ケイン様の大怪我、命を失いかけた大怪我を、わたくしが救ったのだから。


 だけどそれは、わたしの都合の良い思い込みだったみたいで、ケイン様から政略結婚だと言われた時に、愛されてはいなかった事を悟ったの。

 一方通行の愛情ほど重たいものはないから、わたしは諦める事にしたの。


 それで、ここに居たくなくて、自分の膨大な魔力で異世界へ転移することを考えたの。それも本体の肉体は残したまま、精神体だけをあちらの世界へ飛ばすことができないかと考えたわ。

 わたしが過去生で記したあの本には、生命維持に最低限必要な魔力のみ身体に残して、戻ってくることが可能だと記されていたの。


 だからわたしは自分の持つ並外れた魔力を使って、異世界の小さな島国の、ある少女の魂に干渉したの。少女とわたしの魂がうまく融合してひとつになって、こちらの世界のわたしの肉体は眠り続けたの。



 その少女、百合奈は家族に恵まれず孤独を抱えていたわ。胸が痛くなるほど、愛情に飢えていた。

 生きている事が辛くて、百合奈はある日、手首に傷をつけてしまった。

 赤い血が流れて失いゆく意識の中で、助けて!と叫んでいたの。


 わたくしの魂はすぐさまに彼女に反応したわ。

 百合奈が次に目を覚ました時、ひとつの体にふたつの心が存在している事に気がついたの。


 百合奈が1()3()歳の時。お母さんが再婚する時に百合奈は自らを消そうとした。

 父親とは生き別れていて、父に似た容姿を母に疎まれて愛情を感じられなかった百合奈は、生きていく事に絶望したの。

 百合奈の絶望にリリーナの魂が呼応して、わたし達は同化したわ。


 わたしと百合奈が同化したのは、百合奈が13歳の時だけれど、百合奈とケイン様が初めて出会ったのは、実はケイン様が10歳の時なのよ。

 覚えていなくて当然だから安心して。

 ケイン様が10歳の時に異世界へ渡って、そこで大怪我をして戻ってきた事実は、記憶を操作して全て消してあるの。怪我の跡も残っていない。



 わたしは自分の能力が十二分に発揮できる年齢になってから、ケイン様を刺す直前の百合奈の元へ、精神体として、次元も時空も超えて渡ったわ。

 つまり、ケイン様が15歳で2度目の異世界転移を実行する前に、手首を切って失血死する寸前の13歳の百合奈の体にわたしが同化したの。

 百合奈は命を落とす事なく、百合奈としての自我を保ったまま、リリーナと同化したので、わたしたちは1つの体にふたつの心を持つ事になった。


 わたしは、あちらの世界の百合奈になって、ケイン様が現れるまで2年間待っていたの。疲れ切っていた百合奈の心は奥深くて眠っていたので、ケイン様と出会った百合奈は、実はわたしなのよ。

 

 リリーナの事は、政略結婚の相手だから愛するつもりがなかったケイン様だけれど、リリーナにそっくりな顔をした百合奈の事は好きになってしまったみたい。

 きっとあの、お腹を刺された時から、百合奈に心を持っていかれていたのだと思うの。

 あんな目にあったのにね、ふふふ、ケイン様はそれでも百合奈を求めていたのね。

 何が心を捉えるかなんて誰にも分からない。ケイン様は刺された記憶を封印した筈なのに、百合奈を求めていたのね。


 百合奈は、自分の話を聞いて受け入れてくれる圭に惹かれたわ。リリーナにとっては失恋した相手のケイン様だとわかっていても、惹かれるのを止められなかった。


 毎年、夏の夜に会ってただ話すだけだったけど、百合奈の心の中には、圭、ケイン様の存在が大きくなっていたの。


 そんな百合奈の変化に、勇人は気がついていた。

知ってたかしら?ホテルを抜け出して森の中へ向かう時、いつも勇人が着いてきてたのよ。

 そして百合奈と圭が別れるまで見守って、百合奈がひとりになると「お帰り」と言って手を繋いで部屋まで送り届けてくれたの。


 百合奈は勇人の気持ちに気が付かないふりをしたわ。

 心残りがあるとすれば勇人の事だけなの。

 勇人には感謝してる。あの子が居なかったら、あの家での生活はもっと辛かったと思うのよ。

 だってね、義父となった男は、なぜか百合奈を女性として意識して、機会を狙っていたみたいで。

 そんな義理の父親のあからさまな視線に母が気がついて、嫉妬してしまって大変だったわ。母から敵対視されないように慎重に行動したの。あの男とは二人きりにならない様、細心の注意を払っていた。

 そんな百合奈を守ってくれたのが勇人だったの。


 どうして勇人が百合奈を守っていたのか?

 それはね、勇人はユートリウスだからよ。

 彼が願って、わたしが転生させた先は、百合奈の義弟になる生まれたばかりの勇人だったの。


 わたし、、、リリーナはずっと勇人が、ユートリウスに支えられて守られてきたわ。こちらの世界でも、百合奈の世界でも。

 婚約者のケイン様がいるから、ユートリウスに抱く気持ちは恋愛というより、もっと崇高な何と言ったら良いのかしら、魂と魂の結びつき、そういったもので………


 だけど、百合奈は圭、ケイン様の事が好きなのだから、リリーナが別の人を好きになってはいけないと思っていた。だから勇人にはずっとそっけなかったの。


 百合奈に尋ねてみた事はなかった、勇人の事をどう思ってるのかと。

 ああ、聞かなくてもわかるわ。百合奈もまた、勇人の事を大事に思ってる、わたし(リリーナ)にはわかるわ、だって百合奈はリリーナなんですもの。



 リリーナが百合奈の心の奥底に沈んでしまってから、百合奈は圭から渡された魔石に祈り続けて、大気から生物から少しずつ生命力を集めていった。それが転移するための原動力になるから。


 少しずつ弱ったわたしの身体は心臓が止まらないのが不思議なくらいだったわ。

 お父様とお母様は、毎日わたしの元へ来て、語りかけてくださった。お母様、たくさん泣かせてごめんなさい。不甲斐ない娘でごめんなさい。


 もうすぐ、百合奈が来るわ。感じるの。ユートも一緒ね。

 ユートったら、消えてしまうかもしれないとわかって、あの時空の光に飛び込んだのね。


 百合奈(わたし)リリーナ(わたし)を助けようとしている。

 だってリリーナは余りにも寂しい人生ですもの。そのまま死なせたくなかった。

 リリーナとしての自我は、それを拒んだけど、百合奈の方が許さなかった。


『リリーナを助けるわ』百合奈は決めたのよ。


 リリーナには考える時間がたくさんあったので、共存する未来を考えてみたわ。

 百合奈の中からリリーナの意識を本体に戻してみる?

それともこの体に残っている意識を百合奈に全部転移させる?


 どちらの方が良いと思う?

 

 嬉しい、リリーナに生きろと言ってくださるのね、ケイン様。

 ひとつの魂をふたつの体に分ける事が、そもそも物事の道理に外れていたのだから、どちらかを選ばないといけないのだけど、リリーナのこの体はもう維持していけない。

 ケイン様がお情けでくださった魔石のおかげで、こうやって意識が戻って話せるようになりました。この魔石の効力が切れたらリリーナはもういない。


 情けではない?魔石にこれからも魔力を注ぎ続けるから生きてくれ?

 おかしな事をおっしゃるのね。わたしが倒れてから、リリーナの事を少しでも思ってくださっていたなら、もっと早く会いに来てくだされば良かったのに。


 言っても仕方ない事でした。ごめんなさい。ケイン様を責めるつもりではないの。

 ほんの少しだけで良いから、百合奈を思う気持ちをリリーナにも、え?愛していたと?

 変なケイン様。嘘が下手ね。


『リリーナ!』


 ああ、百合奈が来たわ。わたしの愛しい半身。最後の力を使って、貴女の中にあるわたしを返してもらうわね。ありがとう百合奈。



「お父様、お母様、ありがとうございました。先に逝くことをお許しくださいね。

 ケイン様、あちらで貴方と会っている時間、わたしとても幸せでしたわ。貴方は百合奈を見ているけど、貴方を見ていたのはリリーナでした。リリーナは貴方の幸せを心から願っております。

 百合奈、ごめんね。泣かないで、笑って送り出して欲しい。わたしはあなたよ。何かあればユートリウスに頼りなさいね。

 ユートリウス、こんな事に巻き込んでしまってごめんなさい。貴方の命を奪ってごめんなさい。だけどユートが居なければ、百合奈は生きてはいけなかったわ。

 そして、リリーナは、ユートリウスを心より慕っています。ユートリウスの事も勇人の事も愛しているわ。


 みなさま、ありがとう。どうか笑顔で。リリーナの人生に悔いはありません。さようなら。」


*  


 リリーナはゆっくりと目を閉じた。百合奈はそんなリリーナに泣きすがっている。

 目の前の光景と語られた真実にケインは膝から崩れ落ちた。


 リリーナが最後の力で、百合奈の中の自分自身を取り戻した時に、ケインの封印した記憶を解いたようで、ケインの脳裏には血に染まったあの日の記憶が一気に流れ込んできた。

 

 ああ、そうだ。何故俺は忘れていたのだろうか。

 10歳の時、異世界転移に憧れて、貯めた魔力であの異世界へ行って、そこで手首を傷つける少女を止めようとして。

 その少女、突然現れた俺に驚いた少女に腹を刺されたのだ。その直後、強力な力でこちらの世界へ引き戻された。

 そして刺された傷が思いの外深く、治療して一命を取り留めた後しばらく寝たきりだった。

 

 あの時、俺を異世界から呼び戻し、傷の治療に当たったのが、まだ10歳のリリーナで、俺の腹にナイフを突き立てたのが、リリーナが同化する前の、百合奈だったとは。 


 何という事だ。

 リリーナはそれを知って、百合奈に転生しようとしたのか?


 百合奈の初めの試みは、突然俺が現れたことによって驚き、俺を刺して失敗に終わった。


 そして2度目の試みの際には、失いゆく百合奈の意識にリリーナの意識が同化して、百合奈は死ぬ事なく、今ここにいる。


 俺が15歳で異世界へ渡った時に出会ったのは、既にリリーナと同化した後の百合奈だった。彼女は知っていたんだ。

 俺が愛してしまうのは、リリーナではなく百合奈だと。



 ケインはやがて新しい国王に即位した。

 その身分から百合奈とユートリウスに会う事は滅多にない。それでもごくたまにお忍びで2人を訪れて、リリーナや異世界の思い出を語り合うのは楽しい時間だった。特にユートリウスから聞かされる異世界の話は、同性として興味深いものがあり、時が経つのを忘れるほど夢中になった。

 ユートリウスがもたらした異世界の技術の進歩はやがてこの国を豊かにする筈だ。

 それを授けてくれたのは紛れもなく亡きリリーナ・アーデルハイド伯爵令嬢であることは、彼らだけの秘密だった。


 国王になるにあたり、ケインは隣国の王女を妃に迎えた。ケインは既に25歳になっていた。

 妻である妃はケインを心から慕っており、2人の仲睦まじい様子は、周りのものを安堵させ、やがて国王夫妻に娘が産まれた。リリアンヌ第一王女である。


 その頃、百合奈とユートリウスには既に男の子が産まれていた。

 父親代わりのアーデルハイド伯爵は、百合奈に似た男子の誕生に泣き、そして喜んだ。

 亡き娘リリーナと魂を分かち合い、リリーナを救う為に時空を超えてやってきた百合奈を、娘にする事を決めた。

 遠く離れた国からやってきた遠縁の娘ユリナとして、アーデルハイド家の養女にしたのだ。

 そしてユートリウスはユートと改名し、ユリナの婿として迎えられた。アーデルハイド伯夫妻は亡き愛娘リリーナの御霊に向かって、感謝した。

 老いゆく我々夫婦に、娘と婿と可愛いい孫を与えてくれてありがとう、と。

 



* epilogue


 夏の休暇、国王一家は、懐かしいファビラウス城で過ごすことに決めている。

 普段はこの国の王城で暮らすケイン様だが、この休暇にはアーデルハイド伯爵一家を招いて交流する事を楽しみにしていた。

 

 妻である王妃だけは知らないが、ケインとユリナが出会ったのは、下弦の月が夜空に浮かぶこんな夜だった。

 

 あの日と違うのは、空に浮かぶ月がふたつある事。二つの月は向き合うように弓を引こうとしている。


 森の中、ふたつの人影が揺れている。


「あなた、名前は何というの?わたくしはリリアンヌよ。」


「僕の名前は……………」


 




 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


5話とはいえ、1話1話が長くなっております。明るい話でもないのに、最後までお付き合いくださりありがとうございました。

伏線の回収漏れや、物語のキモの転移や転生の設定の甘さや、出し切れなかったエピソードもありますが、この話はここで終わります。

(誤字脱字報告、お待ちしております。)

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