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ユートリウス・ヴァレリウス

 百合奈の母の再婚相手には息子がひとりいた。百合奈よりひとつ年下で名前は勇人ゆうと


 その勇人はひとりで森へ向かった百合奈の後を追いかけて、高原までやってきた。


 一人暮らしを始めた百合奈は、せっかく入った大学を休んでひたすら毎日祈り続けており、勇人が定期的に顔を出して世話してやらないと、食べることすら忘れてしまうのだ。

 その日も勇人は、大学の帰りに食材を買い込んで百合奈の住むアパートに立ち寄った。

 念のためと言いくるめて合鍵も持っている。中に入ると、整理整頓された部屋のテーブルの上に、置き手紙があった。


 自分宛のその手紙の封を切ると、案の定、遠い所へ行くから探してくれるな、と書いてある。

 わかりやすいなあと、勇人は苦笑いをした。


「何のために今まで守ってきたと思ってるんだ。一番肝心な時に俺がいないとダメだろう?百合奈は詰めが甘いんだから。」


 勇人は躊躇いもせずに高原へと向かうことにした。行き先はわかっている、あの場所だ。

 とにかく百合奈が異世界に転移する前に追いつかないといけない。

 そして無事に、魔石を握りしめて森の中を歩く百合奈を見つけて、そっと後をつけた。


 本来ならこの世界には存在しない魔力の匂いが濃くなり、光が見えてきた。百合奈はその光に向かって歩みを進める。勇人もまた、その光に向かって飛び込んだ。


 勝算は五分五分。もしかしたらこのまま死ぬかもしれないし、全く知らない異世界に飛ばされる可能性だってある。百合奈と違って魔石を持っているわけではない。

 しかし勇人は、俺にはリリーナの加護があるんだから死ぬ筈がないし、こんなところで死ぬわけにはいかないんだと、強い気持ちで光に飛び込んだのだ。



 飛び込んだと思ったのはほんの一瞬で、すぐさま目の前に建物が見えてきた。勇人は見つからないように、そっと木の影に隠れた。


 そびえる尖塔を持つ城は城門が閉じられていて、その前に百合奈は無防備に立っている。そしてその彼女を衛兵達が取り囲む。

 まずいぞ、百合奈を助けなければ!勇人が、せめて武器になる物をと、落ちていた太い木の枝を手に飛び出そうとした時に、衛兵を咎める声が響きわたった。

 

「それ以上は認めぬ。下がれ!リリーナに指一本触れるな!」

 

 ケインの登場に、衛兵達は片膝をついて蹲った。ケインは彼らを無視し、百合奈を抱え上げた。


 勇人は手から木の枝を落とすと、ケインに近寄って行く。

 百合奈を抱いたまま気配に振り返ったケインと、勇人の視線が交差した。

 衛兵達が素早く勇人を押さえつけようとするが、ケインがそれを制した。


「お前は……その顔、まさかユートリウスか?それにしては若く見えるが?」


「ご無沙汰しております。リリーナ様の護衛騎士の、()ユートリウス・ヴァレリウスであった者でございます。」


 勇人はケインが自分を信じ受け入れるか、賭けに出た。


 

 百合奈が眠る様子を確認して、ケインは別室に待機している男の元へと向かった。


「ユートリウス、5年ぶりか。」


 ケインが向きあっているのは、騎士というには線の細い青年だ。記憶にあるユートリウスよりも若く小柄に見える。


「ケイン殿下。遅ればせながら立太子おめでとうございます。」

 徐に立ち上がった青年は騎士の礼をとった。


「俺の目がおかしいのだろうか、お前は以前のユートリウスとは違う。顔は同じだが、体型や雰囲気が違うのだが?」


「ええ。違うのです。こちらの世界のユートリウス・ヴァレリウスは死にました。

 それについては今は説明している時間がございません。ケイン様、すぐにリリーナ様にお会いになってください。百合奈がこちらにやってきたという事は、リリーナ様は目覚めているはずなんです!」


「なんだと?どういう事だ?俺は先日、リリーナを見舞いに行ったが、意識もなく横たわっていた。まるで枯れ木のように痩せた身体で……」


「リリーナ様の身体はもう限界を超えております。いつまで保つかわかりません。しかし今なら間に合います。

あの方の意識が戻っている間に、あの方の口からお聞きにならないと、殿下はきっと後悔なされます。

 わたしの言葉が信じられぬのも当然、ご不快に思われる事は承知しております。後ほど全て告白いたします。ですから、どうか。」


 勇人ことユートリウスは、深く頭を下げた。そして敬愛する主人のリリーナがケインを大切に思っていた事を知っていたからこそ、2人の邂逅がリリーナの体に奇跡を起こすかもしれないという微かな期待もあった。


「わかった。お前も後から来るのだぞ。」

「はい。百合奈が目覚めたら一緒に参ります。」

「そうだ、これを。」

 ケインは指輪を外しユートリウスに渡した。

「アーデルハイドの屋敷に入らないと困るからな。それは昔、リリーナからもらった彼女の印である百合の意匠だ。」

「そんな大切なものを……」

「急ぎの事態だからな。わたしは先に出るぞ。」


 ユートリウスは指輪を手にケインを見送った。



 そして目が覚めた百合奈を連れて、彼らはアーデルハイド伯爵邸へと急ぐ。混乱を避けるために、百合奈には頭からすっぽりとフードを被らせてある。


 百合奈は勇人がここにいる事に驚いたが、ユートリウスだと名乗ると、当然のごとく受け入れた。

 リリーナから聞いていたのかもしれない。

 リリーナの護衛騎士としてずっと側にあり、彼女の喜びも悲しみも一番近くで見守って、転生までした男の話を聞いていたのだろう。


 あちらでも乗馬を続けていたので、馬に乗るのは問題ない。百合奈を前に乗せて馬を走らせた。

 アーデルハイド伯爵邸に着き、門を守る衛兵に、リリーナ・百合の花がデザインされた指輪を見せると、彼らは屋敷内へと案内された。

 


 百合奈の身体に存在するリリーナの精神は、百合奈が心の傷を癒やして表に出て来られるようになるまで、本当の百合奈に代わって母や義父と対峙してきた。

 当然彼女(リリーナ)は、勇人がユートリウスである事を知っていた。なぜなら、ユートリウスをこの世界に転生させたのはリリーナ本人なのだから。

 

 常にリリーナと共にあったユートリウスは、ケインに拒絶されて、身を隠す事にしたリリーナの意志を尊重すると決めたが、自分も連れて行って欲しいと懇願した。

 リリーナ本人は膨大な魔力で、精神体として転移を果たす事が可能だったが、ユートリウスには魔力が全く足りない。

 ユートリウスの選択肢は二つ。黙ってリリーナを送り出すか、命を懸けて転生に挑むか。


『百合奈の母の再婚相手には息子がいるの。ユートはその子に転生する覚悟はある?』

『勿論。貴女と共にいられるのなら、わたしは死ぬことなど怖くはありません。』

『わたしの力をもってしても、ユートの本体をこちらに残して行くのは難しいのよ。

 共に時空を超えた瞬間に、こちらのユートは命を失う。それに、わたしがこちらに帰ってくる時、貴方は一緒には来られないわ、きっと。』

『承知の上です。』

 ユートリウスは笑顔で答えた。


『リリーナ様が帰られても百合奈はあちらの世界に残るでしょう。

 わたしはリリーナ様の代わりに彼女を守りましょう。』



 リリーナはその日を迎えた。ユートリウスは優しく微笑んでいる。

 心配はないわ、あの子の悲しみが和らいだなら、帰って来るつもりだから、リリーナはそう言ったが、ユートリウスは戻っては来れない、しかもうまく転生できるかという保証もない。

 それでもユートリウスは、何もかもを受け入れている。

自分の命より愛しい存在の為に、惜しむ命など無かった。

 

そして、ベッドに横たわり、己の魔力を使ってその精神のみをあちらの世界へ飛ばすリリーナの傍らに、彼女と手を繋いでいるユートリウスの姿があった。

 

 お嬢様がっ!大変でございます!と真っ青になり知らせにきた侍女の言葉に、急いでリリーナの部屋を訪れたアーデルハイド伯が目にしたものは、眠れるリリーナと、リリーナと手を繋ぎベッドに突っ伏すユートリウスの姿だった。


 伯爵は、娘が護衛騎士と共に心中したのだと思ったので、屋敷中の人間に箝口令を敷いた。

 なにしろファビラウス大公の子息と婚約中の身なのだ。それが護衛騎士と心中したとあっては、クーデターを計画する大公派閥にとっての大きな醜聞となるのだ。


 慌てて医者を呼ぶと、ユートリウスは既に心臓が止まっていたが、リリーナは弱いながらも規則正しい呼吸が繰り返されている、と言う。

 ただ眠りがあまりにも深いため、いつ目覚めるかわからないと聞かされた。

 リリーナは生きていると喜んだのも束の間、その前に片付けねばならない事がある。


 アーデルハイド伯爵は断腸の思いで、ファビラウス大公家へ婚約解消を願い出る事にしたのだった。



 綾田勇人として新たな生を受けたユートリウスは、生まれ落ちた時から、ユートリウスとしての記憶があった。

 勇人の生みの母は5歳の時に病死した。

 父親は百合奈の母と結婚紹介所で知り合い、お互いに気に入ったので再婚を決めた。勇人、12歳の時だ。


 百合奈の母は、配偶者が行方不明になっていて調停の末離婚が成立していたが、勇人の見たところ、失踪した夫に未練を残していた。それゆえ夫にそっくりな顔立ちと金髪をした百合奈に対して愛憎入り混じった複雑な感情を抱いているようだ。


 それも勇人の父親との再婚で落ち着くかと思われたが、その父親が百合奈に対して邪な感情を抱いてしまい、勇人は義理の母、そして父親から百合奈を守るために、この7年間生きてきた。


 百合奈と共にあるうちに、ユートリウスの心には大きな変化が起きていた。彼はリリーナではなく、百合奈に惹かれてしまったのだ。



 ベッドに横たわるリリーナを、彼女の両親とケインが囲んでいた。突然の闖入者に咎めようとしたアーデルハイド伯と夫人は百合奈の顔を見て、凍りついた。

 命の灯が今にも消えそうな我が子と瓜二つの娘が、そこにいた。


「百合奈、君はリリーナを知っているんだね。」

 ケインの問いかけに答えることなく、百合奈はベッドに近付いて、リリーナの枯れ枝のような手をそっと握った。


「初めまして、リリーナ様。」

「百合奈!夢みたいだわ。貴女と会えるだなんて。それにしてもこんなに痩せた姿を見せるのは、恥ずかしいわね。」

「ううん、リリーナはどんな姿でもリリーナだよ。優しくて気高い。わたし、ずっとリリーナに支えられて来た。だから恩返ししたいの。」

「どういう事?」

「わからないかな?わたしの体、全部リリーナにあげる。」

「だめよ、百合奈と同化していた精神が戻ってきたのだから、このまま逝かせてちょうだい。」

「リリーナはずっと生まれ変わり続けたいの?今回が最後になるとは思わないの?」

「どうなのかしらね。」

百合奈(わたし)の中で一緒に生きるのは駄目かしら。」


 顔がそっくりな2人の娘の会話に、アーデルハイド伯爵夫妻はついていけないし、ケインもまた呆然と見ているだけだ。

 百合奈とユートリウスが着くほんの少し前に、彼らはリリーナから隠された秘密を告げられていたが、すぐに納得出来る話ではなかった。


 リリーナの体を残したまま、精神のみ異世界へと転移し、百合奈という娘と魂が同化した事。

 最低限の生命維持のための魔力を残しておいたが、思いのほか長くあちらにいたせいで、リリーナの本体の体に限界が来ている事。

 ケインが握らせてくれた魔石と、百合奈が自力でこちらへやってきた事で戻ってきたリリーナの精神によって、奇跡的にこうやって話している事。

 全ては彼らの想像と理解を遥かに越えていた。


 泣きじゃくる百合奈の背中を優しく撫でながら、リリーナはゆっくりと告げた。


「お父様、お母様、ありがとうございました。先に逝くことをお許しくださいね。

 ケイン様、あちらで貴方と会っている時間、わたしとても幸せでしたわ。貴方は百合奈を見ているけど、貴方を見ていたのはリリーナでした。リリーナは貴方の幸せを心から願っております。

 百合奈、ごめんね。泣かないで、笑って送り出して欲しい。わたしはあなたよ。何かあればユートリウスに頼りなさいね。

 ユートリウス、こんな事に巻き込んでしまってごめんなさい。貴方の命を奪ってごめんなさい。だけどユートが居なければ、百合奈は生きてはいけなかったわ。

 そして、リリーナは、ユートリウスを心より慕っています。ユートリウスの事も勇人の事も愛しているわ。


 みなさま、ありがとう。どうか笑顔で。リリーナの人生に悔いはありません。さようなら。」


 

 数日後。

 百合奈とユートリウスはこの世界にいる。2人とももう戻れない。

 

 リリーナを荼毘に付したアーデルハイド伯爵は、百合奈の後見人になる事を決めた。

 名前をユートと変えたユートリウスが、百合奈の側にいられるように手配もした。


 ケインはユートリウスを呼び出した。


「百合奈は会う度に、君の話をしていた。ひとつ下の弟、勇人の話をね。俺は嫉妬したものだよ。

 リリーナには護衛騎士のユートリウスが常に付き添っていて、百合奈にはいつも側に義弟がいるのかと。」


 ユートリウスはただ黙って頭を下げた。


「愛しているのなら、なぜリリーナを止めなかったんだ?」


「リリーナ様がそれを望んだからです。リリーナ様は殿下が見つけた異世界の本を、殿下より先に見つけていました。」

「なんだと?」

「ケイン様なら必ず異世界に興味をお持ちになる筈だリリーナ様が仰って、城の書庫の戦術史の場所に隠したのはわたしです。

 ひとつお忘れになっているようですが、殿下があの本を見つけ、初めて転移したのは百合奈に出会う5年前、殿下が10歳の時です。その際、異世界で大怪我をした殿下をこちらまで呼び戻し治療をしたのはリリーナ様です。」


 ケインは予想外の言葉に衝撃を受けた様子だった。


「嘘だろう?なんでそんな大事な事を俺は覚えていないのだ?」


「リリーナ様の力で、全て無かった事に記憶を操作されたのです。

 殿下の行動は軽率でしたからね。それでもやはり、貴方は再びあの本を見つけてしまいました。」


「それで、俺がその本を見つけなければどうするつもりだったのだ?」

「何も変わりません。リリーナ様はただこの世界から別の世界へ生まれ変わりたかったのだと思います。

 ケイン様が必ず同じ異世界に現れるかどうかは賭けでしたが、それでもリリーナ様は異世界の娘、百合奈と同化する事を選びました。」


「そしてお前はリリーナの転移する世界へ、生まれ変わる事を望んだと?」


「はい。リリーナ様はわたしを転移させた事で予想外に魔力を消耗してしまい、こちらのリリーナ様の本体に残す分が足りなくなってしまったのだと思います。」


「どうしてそんな事を。」


「リリーナ様のお気持ちはわかりません。

 しかしわたしはあの方を愛していたので、リリーナ様の居ないこの世界になど生きていても仕方ないと、そう思ったのです。」


 ケインは頭を抱えた。

「全部俺のせいだ。俺がリリーナを拒絶するような事を言わなければ……」


「違います。貴方様のせいだなどと、自惚れるのはやめていただきたい。

 全てはリリーナ様の意志で行われたのです。

 ケイン様がリリーナ様を愛していてもいなくても同じ事なんです。

 リリーナ様は百合奈と惹かれ合いました。そして導かれるように時空を超えたのです。」






 

 

お読みいただきありがとうございます。

ユートリウスがメインの話が少し長くなってしまいました。

最後にリリーナの視点を更新してこの話は終わります。

22時更新予定です。

お目に留まりましたら、最後までお読みいただけますと嬉しいです。


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