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百合奈とリリーナ

 百合奈は小さい頃から、自分が異質な存在であることを感じ取っていた。


 百合奈の髪は金色で瞳の色はやや緑を帯びた黒色で、黒髪黒目の民族の中にあって、異様に目立つ。

 子どもの頃から虐められてきた。髪の色、外国人のような容姿、母親と全く似ていないじゃないかと、親戚の人間からも咎められた。

 母はそんな百合奈を庇うことはなかった。自分を捨てて消えてしまった百合奈の父と、百合奈はあまりにもそっくりだったからである。

 愛情は捨てられた憎しみに変換され、いつしか母からも疎ましく思われている存在、それが百合奈だった。


 ある日、母から新しい父と弟が出来る事を告げられた。

「百合奈は見た目が特殊だから、気に入ってもらえるか心配よ。」

 母の心無い言葉に傷ついた繊細な心の百合奈は自らの命を絶つ、と決めた。


 ひとりの部屋でナイフを手首に当てた。ここを切ってそのまま寝たらいいんだ、そう考えてナイフを手に取った時、突然空中から人が現れたのである。

 声も出なかった。百合奈はパニックになって、手にしていたナイフをその人間に向かって投げた。

「うっ、、、」ナイフが腹に命中したようで、どくどくと流れる鮮血が百合奈のベッドを紅く染めている。


 百合奈は目の前の光景に気を失ってしまう。そして目覚めたときには、見知らぬ侵入者も、流れた血も、ナイフも、何も残っていなかった。

 百合奈はきっと悪夢を見てしまったのだと、自分を納得させた。リアルで怖い夢だった。


 そして、新しい家族との顔合わせがやってきた。

 新しい父は優しげであったが、百合奈の手に触れ肌に触れようとした。母が手洗いに立った時、わざわざ隣の席に移動して耳元に口を寄せた。


「本当に可愛いねぇ。」と囁かれた時、百合奈は背筋が凍る思いだった。本能的にこの男は危ないとわかったのだ。

 そんな百合奈の様子を、じっと見ていた新しい弟が、間に入ってくれなければ、義父は百合奈に頬ずりしそうな勢いだった。

 百合奈は髪を黒く染め黒目に見えるコンタクトを嵌めていてもなお、その美しさは隠しきれなかった。

 そもそも虐められていた原因も、男子からチヤホヤされるとか、好きになった子が百合奈の事を好きだったとか、発端は妬みと逆恨みだったのだ。


 その夜、百合奈は自室で絶望した。

これ以上母に嫌われたくないし、あの義父と一緒に暮らす事は耐えられないと思って、机の引き出しにしまっていたナイフをそっと取り出した。



 ゆりな、、

 誰かがわたしを呼んでいるわ。百合奈は声のする方に駆け寄る。

「ああ、良かった。気がついたのね。」

「あなたはだあれ?」

「わたしはあなたよ。」

「どういう事?」

「わたしは、あなたの体に共生している、別の人格、別の意識なの。」

「……わたし、死んじゃったの?」

「身体はわたしが修復したから大丈夫よ。でも心は死にかけてるわね。」

「そうなんだ。生きてていいのかな、わたし。」

「少し休んだらどうかしら?わたしがあなたの代わりに、綾田百合奈の人生を生きてあげる。」

「えっ?そんな事が出来るの?」

「ええ。百合奈は少し眠ると良いわ。あ、申し遅れたけどわたしはリリーナよ。」

「リリーナ?外国の人なの?」

「そうね。遠いところから来たわ。安心して。百合奈の身体はわたしが守るから。」

「うん。わかったわ。疲れちゃった、わたし。」



 そうやって潜在意識の深層に潜り込んだ百合奈だったが、リリーナの嬉しいや楽しいといった喜びの感情だけは、きちんと受け取る事ができた。

 リリーナである百合奈が、森の中で綺麗な男の人と出会った時に胸がときめいた事や、義弟の勇人が義父と母から百合奈を守ってくれた時に嬉しく感じていた事など、それらの温かい感情は、殻にこもった百合奈の心を優しく包み込み修復していった。

 だから時々は勇気を出して、百合奈はリリーナの代わりに表に出る事にした。

 勇人は何かを感じとったのか怪訝な顔をしたが、親達は全く気がついていないようだった。

(だって百合奈もリリーナも同じ存在なのですものね。)

 

 

 最近、リリーナの意識は奥に潜んで出てこない時が多くなってきた。

 百合奈は彼女の本体に何かあったのかと心配になった。


「本体のリリーナの身体の生命維持が難しくなってきているようなの。」

「それはどういう事なの?」

「いつか、同化した魂を分離して、リリーナの意識だけを、本体に戻すつもりだっのだけど、そうする前にリリーナの身体が壊れそうなの。」

「え!じゃあ、貴女はどうなってしまうの?」

「本体が消えたら、完全に百合奈に同化すると思う。15歳以前のリリーナの記憶が全て百合奈に入ってくる。」

「リリーナの気持ちが無くなってしまうの?」

 百合奈はそんなのは嫌だとばかりに頭を振った。


「どうなってしまうのか、わたしにもわからないわ。

 過去の人生で何度も異世界を渡って、その度にちゃんと帰っていけたけれど、それも今回で終わりかもしれない。

 こんなに長く異世界に意識だけ飛ばしていた事は初めてだから。人の身体は脆いものだという事を忘れていたわ。」

 リリーナは一旦言葉を切った。

 

「だから、百合奈は知っておいた方が良いことがあるわ。あなたの父親の事。」



 異世界渡りは、時空を越えるの。時間の概念も関係ないわ。あちらとこちらでは時間の流れも違うから、いつの時代、どこの場所を訪れるか全くわからない。


 リリーナは過去の人生の記憶を持っているの。少なくとも過去5代までははっきりと知っている。

 それで驚かないで聞いて欲しいのだけど。

 百合奈の父親は、過去生のわたしなの。

 わたしは常に女性に生まれ変わったわけではないの。

 詳しくは話さないけど、何代か前の()()()は異世界渡り、転移をして、この世界にやってきて、百合奈のお母さんと愛し合って百合奈が生まれたのだけど、その当時この世界では戦争が起こってしまったの。それは酷い戦争で、百合奈の本当のお母さんは巻き込まれて亡くなってしまった。」


「本当のお母さん……」


「それで父親の()()()は、百合奈を連れて平和な時代に時空を超えて移動して、今の母親の記憶を操作して、あなたを預けたの。

 だから、今のあのお母さんは育ての親に過ぎないの。」


「なぜ、百合奈を預けたの?」


「どうして異世界に連れて帰らなかったのかといえば、異世界には妻子がいたからなの。

 過去のわたし、百合奈の父親だった人は、異世界で道ならぬ恋に落ちてしまったの。

 でも信じて。あなたの本当の両親はお互いを愛し慈しみあっていたし、生まれて来た百合奈を心から愛していたのよ。」


 百合奈は憑き物が落ちたような、泣き笑うような表情になった。


「タイムトラベラー?お父さんは、異世界も渡ったけれど時間も超えたのね?凄い力を持ってたんだね。

 その生まれ変わりがリリーナなの?じゃあ、リリーナはわたしのお父さんでもあり、わたし自身なの?」


「わたしの人生はいつの時代もとにかく魔力が膨大なの。そのおかげでこうやって異世界を渡ってこられる。だから百合奈にもその素質はあるのよ。この世界には魔力がないから実感できないだけ。」


「わたしもあちらに行ける?」


「ええ。だって百合奈はリリーナだもの。わたし達は行かなければならないわ。

 それにしても、無責任な父親だと貴女は怒ってもいいのに、ほんとにいい子ね。」

「だって愛されていたのでしょう?お父さんにも本当のお母さんにも。」

「ええ、そうよ。」

「生まれてきて良かったんだ。」

「百合奈はそんな事を悩んでいたの?」

「そうだよ。だってこの家の母は、わたしを愛してはくれなかったから。」

「百合奈、あなたはリリーナの分身であって、リリーナそのものであるわ。

 そしてそんなリリーナと百合奈を、心から慕って、愛してくれている人のことを、あなたはわからないの?

 気がつかないふりをするのが下手ね、百合奈は。」

「リリーナには全てお見通しなのね。」

「そうよ、わたしはあなた、なのだから。」



 リリーナの本体の衰弱が甚だしく、残された時間が少なくなった。

 圭ことケインが百合奈に残した透明な魔石に、百合奈は祈り魔力を蓄え続けた。

 やがて透明な魔石が乳白色に変わった時、時が満ちた事を百合奈は悟った。


 ひとりで、あの高原のホテルへやってきて、圭に会っていた時のように、森の中に入る。


「リリーナは圭、ケイン様の事を慕っていたよね。会っていた時、とても嬉しそうだったよ。」

 既にリリーナからの応えはない。魔力を溜めるのに力を使ったことで相当弱っているのかもしれない。

 いや、あちらの世界で眠り続けるリリーナの本体が弱って来ているのだろう。


「無事にあちらへ行けば、百合奈の中にあるリリーナを、貴女の身体に返すわ。

 そうしたら、またあの人に会えるわね。百合奈ではなくてリリーナとして。」


 魔石を握りしめる手に力が入る。体内を何かが這いずり回る感覚がしてきた。

 百合奈は迷いもせずに明かりの方へとずんずんと進む。

 リリーナの記憶が正しければそこにあるのはホテルではなく、ファビラウス城の筈だった。



 いきなり現れた見慣れぬ姿の百合奈に衛兵達は騒めいた。

 

「待てっ!森から人が現れたら手出し無用と殿下から命令を受けているんだぞ。」

「何を言ってんだ!見るから怪しい奴じゃないか。間者かもしれないぞ。おや、こいつ、何が胸元に何か隠してるぞ!」


 衛兵と百合奈は揉み合いになり、そして平手打ちを食らった百合奈は倒れ込んだ。


「おいっ、この顔を見ろ!」

「リリーナ様だっ!リリーナ・アーデルハイド様ではないか!」

「何だって、それは真実か?」

「この金髪、お顔立ち、間違いはないぞ。」


 平手打ちをして捕まえようとしていた衛兵の顔が真っ青になる。

「なんだって?嘘だろう?俺は知らなかったんだ。そんな深窓のお姫様の顔なんて知るわけないだろう?第一こいつの格好、何なんだよ!」

 

 その時、ある人物の登場に、水を打ったかのようにその場が静まり返った。


「それ以上は認めぬ。下がれ。リリーナに指一本触れるな。」

 

 そこにいたのはケイン・ファビラウス・オーレリアス王太子殿下、その人であった。

 


 ベッドの上で目覚めた百合奈は、半身を起こして室内をじっくりも見渡した。


 侍女らしい女性が慌てて駆け寄って来た。

 目線で大丈夫だと告げた百合奈は、手足に痛むところがない事を確認してベッドから降りた。


「アーデルハイド伯爵邸へ向かいます。どなたか連れて行ってくださらないかしら?

 そういえばケイン様は?」


「ケイン殿下はアーデルハイド伯爵から使いの者が来て、そちらへ向かわれました。」


 隅に控えていた騎士らしき男が、頭を下げたまま百合奈に声をかける。


「恐れてながら、申し上げます。百合奈様。

わたしが貴女をアーデルハイド邸までお連れします。

リリーナ様の元へ……」


「どうして?

 何故、ここにいるの?勇人!」


 騎士は面を上げると悪戯めいた顔で笑った。

「どうしてと言われましても。わたしはリリーナ・アーデルハイド様の騎士、ユートリウス・ヴァレリウスですから。」


 百合奈は、会いたくてたまらなかった目の前の男に、飛びついた。

 侍女は気を利かせて室内を出て行って、今は2人きりだ。


「ああ、ユート!本物のユートだ。どうやってこちらにやって来たのよ。わたしの手紙、読んでくれたのでしょう?」


「お前をひとりで帰すわけがないだろう?

 俺はお前の弟で、お前の騎士なのだから。それより、百合奈、急がねばならない。リリーナ様が……」


 百合奈は既に自分の身体の中からリリーナが消えかかっている事を感じている。

 勇人であり、ユートリウスである男の手を取り、アーデルハイド伯爵邸へと急ぐのであった。




 

お読みいただきありがとうございます。


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