ホラー!?からの躾
名前呼びでアルマン様を撃沈させた後、今日は仕事が忙しいから私の部屋で一人で寝るように指示された。昨日と同様に眠れず体がバキバキになるのを覚悟していたので純粋に嬉しい。隣の自分の部屋まで思わずスキップして帰ってしまい、すれ違ったメイドをギョッとさせてしまった。申し訳ない。
「本当に清々しい朝!!」
ふかふかのベッドで一人好きに寝るのがこれほどまでに素晴らしいとは。自由に寝返り出来るって最高!
バキバキ鳴らない体を伸ばしていると、部屋のドアがノックされた。返事をすると入ってきたのは執事のポール。
「おはようございます。……アルマン様はいらっしゃいませんよね?」
不思議な事を聞かれる。
「いませんよ? 昨日は一人で寝るように言われたから……おかげで快適!」
「それは良かった。じゃなくて、アルマン様の姿が見えないんですよ。てっきりここだと思ったのですが……何処に行ったのでしょう?」
深窓の令嬢じゃ無いのだから誘拐の線は無いと思うけれども、やっぱり主人の行方が分からないというのは仕える者としては不安なのだろう。
「心配ね」
一ミリも心配していないけど一応そう言っておく。
「いいえそこまで心配して無いのですが……昨日喧嘩とかしましたか? アルマン様の羽ペンが砕け散っていましたが」
「あれはアルマン様が名前で呼んでって言うから、その通りにしたら握り潰していたけど?」
私の回答を聞いて笑いを堪えようとプルプルするポール。
(え、まさか私の名前呼びが気に食わずに出て行ったとか!?)
そんな馬鹿な。しかし強火ファンは何をするか分かったものじゃない。
「もしかして私のせい?」
「恐らくは」
「嘘……ジェラルディーヌをイメージして頑張ったのに! どこが気に食わなかったの!?」
「いいえ、そっちでは無、く……ジゼル様、アルマン様の……行方が分かったので、もう結構です」
もう笑いが堪えきれず腹を抱えてうずくまるポール。
(何々? 一体何なのよ!?)
もう意味がわからなくて混乱していると、ポールがうずくまったまま窓の外を指差した。
「窓? 窓がどうしたの……ひっ! アルマン様!?」
ベッドの横にある窓からこちらをじーっと覗いてきている、アルマン様。え、ホラー!? ここ二階なのにどうなってるの!?
「まさか盗賊か何かに襲われて、窓越しに私の部屋に逃げようとしたとか!?」
慌てて窓辺に駆け寄って窓を開けた。大笑いしているポールは放っておく。主人の危機だっていうのに、なんで笑ってるのよ!!
「おはようジゼル」
「悠長に朝の挨拶している場合じゃないでしょ!? 何があったんですか!」
とにかくアルマン様を助けようと手を掴んで部屋に引っ張り込む。その辺の令嬢とは違って、平民暮らしの私は力がありますから!
無事アルマン様を引っ張り込むと、窓から身を乗り出して外の様子を確認する。やっぱり、隣のアルマン様の部屋の窓が開いており、カーテンがはためいている! そりゃ成金男爵の家なんだから金目の物を狙って賊くらい入るよね。建物のデザイン的に外壁に足を掛けれる場所があったのが不幸中の幸いだった。とりあえずアルマン様が無事でよかった。
「何があったと言われても……」
「分かってます、賊ですね? こう見えて私、足は早いので追い駆けてきます」
「いや、ごめん。賊ではなく……」
どうにもアルマン様の様子が昨日の夜から変だ。中途半端な言い方ではなくちゃんと言って欲しい!
「もう、いい加減にしてください! 口に出して話さないと、意思疎通できませんから!」
◇◇◇
「……つまり。私の横顔目当てに、窓を伝って覗きに来た、と」
アルマン様の口から飛び出したのはまさかの理由だった。
本当に頭が痛い、頭を抱えたい。そんな事しなくても初めから一緒に寝れば良かったではないかとか、途中からでも堂々とドアから入ってくればよかったではないかとか、言いたい事は色々ある。色々あるのだが……変態に何を言っても暖簾に腕押しだろう。
結局昨日と同じ構図で朝食を食べながら、横で私の横顔を眺めながらコーヒーを飲むアルマン様と会話する。気分的にはこのナイフとフォークをアルマン様に突き立ててしまいたい。マナー違反になるのでしないけど。かちゃりとも音をさせてはいけないので、衝動を抑えながら静かに食べる。
「そう。だから賊でも何でも無い」
「昨日頬にキスまでしてきた人にしては、やけに控えめなやり方ですね? いきなり窓の外にアルマン様の顔があるの、結構ホラーでしたよ」
嫌味の一つくらいは許して欲しい。……窓からの覗きが「控えめ」になってしまうのがそもそも変なのだけど。この人といると感覚が麻痺してきそうだ。
「だからごめんって。私も正直自分の感情がよく分からなくて困っているんだ」
「感情?」
横を向けないので目線だけでアルマン様の表情を確認する。本当に困惑しているような表情だったので、真面目な話なんだなぁと思い、相談に乗る事にする。
「何かあったのですか?」
「今まではジェラルディーヌ一筋で生きてきて、ジゼルの事も横顔にしか価値の無い女だと思っていた」
失礼な。と思ったけどまぁいい。黙って続きを聞く。
「それが昨日楽しそうに硬貨を磨くジゼルの笑顔を見た瞬間、何か心の底から湧き出るような感覚が。ジェラルディーヌに感じるのと近いのだけど、何か違う感覚に襲われて……こう、ジゼルとの距離感が分からなくなった。横顔を愛でたいのだけど、ジゼル自身にも興味があって……今までと同じように接していいものなのかと悩んでいたら仕事もなかなか進まず、寝ようとしても寝られない。ドアから堂々と見に行くのも躊躇われて……」
いやそこはドアから堂々と行こうよ。ツッコミたい心を懸命に抑える。
「そこはドアから行くべきでしたね、アルマン様」
私が懸命に抑えたのに、控えていたポールが言ってしまった! 本人は真面目に悩んでいるらしいのだからもっと真剣に聞いてあげようよ。
「ポール、これは何だと思う? 私がジェラルディーヌ以外に興味を惹かれるなんて今まで無かったのに」
「そこまで分かっているのに分からないのはアルマン様くらいですよ。ね? ジゼル様」
「そうね。きっとアルマン様はジェラルディーヌ三世そっくりの横顔が、生きて喋って表情を変えるのに戸惑いを感じているのでは? 好きな顔が今まで知らなかった表情をし始めたら動揺したり興味が沸いたりするのは当然でしょう」
前世日本で言う所の、漫画がアニメ化してちょっとイメージと違うと悩んだり、イメージ通りすぎてより好きになってしまったりする感覚に近いと思う。私にも身に覚えのある感覚だ。
「ジゼルに相談してよかった! それはそうだな、ジェラルディーヌそっくりなのだから、ジゼル自身にも興味を持って当然だし、戸惑うのも普通だ」
「……ジゼル様、貴女もですか」
パッと明るい顔をするアルマン様と、私の代わりに深刻そうに頭を抱えるポール。
「とにかく、ホラーな事や危ない事をするくらいなら、堂々と横顔を堪能しに来て下さい。いいですね?」
犬の躾ならぬ変態の躾をすることになるとは思いもよらなかったが。今日からは伸び伸びと一人で寝ることはできないのだろう、という事だけは分かった。
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