「アルマン……様?」
私の前世日本での趣味は硬貨を磨くこと。記念硬貨を集めたりレア物の硬貨を集めたりするのも好きだったんだけど、とにかく汚れた硬貨を綺麗にするのが快感で……。それが発展して今世では靴磨き職人になったのだ。今でも心が落ち着かない時にはつい何かを磨いてしまう癖があるくらい、とにかく磨くこと自体が好き。中でも硬貨は格別といった感じだ。
そもそもお貴族様くらいしか使うことのない金貨はそこまで汚れる物ではないが、銀貨や銅貨は使われている内に汚れを溜め込み黒ずむものだ。薄汚れた硬貨を見ると磨きたくてうずうずしてしょうがない! 親方と一緒に暮らしていた頃は、硬貨は手元に来てはすぐに生活費として出て行くような生活だったので磨いている余裕なんてなかったけど、この商会にある硬貨は違う。お釣りや仕入れ代金として出ていくまではここにあり続けるのだから、どんどん磨きまくってやる!
(変態の相手で溜まったストレス発散よ!)
どうやら廊下で硬貨をバラまいた男性は財務部というお金を管理する部署の人間だったらしく。彼らが仕事をしている部屋に案内され、硬貨を磨かせてもらえることになった。財務部の従業員の皆様がどんどん硬貨を持ってきてくれるので一心不乱に磨きまくっていたら、いつの間にか男爵様が部屋まで来ていて。久しぶりに趣味を満喫出来て楽しくて、変態の事なんて忘れ去っていたのに……と思ったが、むしろ趣味の時間を提供してくれたと考えれば、変態にも感謝すべきかもしれない。
男爵様はお疲れなのか手を滑らして銅貨をレモン水に漬け込んでいる瓶を割ったりしていたけど。とりあえず私の趣味時間を許してくれて……気がつくともう夕刻になっており男爵様は先に屋敷に帰っていた。その代わりに執事のポールが部屋の隅に立って待機してくれていた。
「なかなか面白い物が見れましたよ、ありがとうございます」
帰りの馬車内でポールにお礼を言われる。
すっかり遅くなってしまったので、財務部の人たちが夕食代わりとして沢山のパンを持たせてくれて。ポールにもお裾分けし一緒に食べながら馬車に揺られる。執事とは言え、枠にはまったようなキッチリさの無いポールは、平民の私にとっては接しやすい。
「硬貨の事? あれは趣味でお礼を言われるような事では」
「違います、アルマン様の事ですよ」
「男爵様?」
瓶を割ったりして疲れている様子であったが、何か面白い事でもあったのだろうか? 正直手元の硬貨しか見ていなかったので、全く心当たりがない。そういえばポールはいつの間に商会に来たのだろうか。
「おや、無自覚ですか? なら余計に面白いので黙っておきましょう」
「言いかけたのなら教えてよ」
教える気がないのなら初めから言わないで欲しい。
「嫌です。新しいアルマン様が見れた、とだけ言っておきましょう」
「何それ……」
別に変態に興味はないのでどうでもよかった。
◇◇◇
「男爵様、遅くなり申し訳ございませんでした」
入浴も終わり、きっついコルセットが取れた体で男爵様の部屋に通された。寝る前に来るよう指示されたという事は、今日は男爵様の部屋で寝るパターンかもしれない。また体がバキバキになるのかと思うと気が滅入る。
男爵様は綺麗に片付いた部屋で、どうやら仕事をしているらしい。私が入室し声をかけても机の前に座り、書類から顔も上げず無反応だ。
(……仕事中の顔は整ったイケメンなのに、本当に変態趣味のせいで残念な人)
そういえば昨日の夜ポールが部屋の片付けを命じられていたが、今日彼が急いで片付けたのだろうか?
「……お忙しいみたいなので、勝手にその辺見てますね」
返事がないので勝手に部屋を眺める。成金男爵とか言われているが、意外と勉強家なのだろうか? 本棚には沢山の実用書が並んでいる。そして、やっぱり目立つ場所にありました。男爵様愛しのジェラルディーヌコーナー! 金貨や肖像画が所狭しと飾られている。
今日硬貨を磨きながらよく考えた結果、男爵様は私の横顔にしか興味がないのだから横顔さえ提供しておけば美味しいご飯も食べられるし、なんなら交渉次第では親方に良い暮らしをさせてあげられるかもしれない。従順なふりをしつつ男爵を掌の上で転がす作戦で行こう! ということにした。
「やっぱり金貨は綺麗に磨いてあるのよね」
飾られていた金貨のジェラルディーヌをまじまじと見つめる。汚れ一つない美しい金色。男爵様の愛を感じる。
誰かに心から愛されているのって、羨ましい。
「ジゼル、少し聞きたいのだが」
手に取って眺めても良いかな? と思った瞬間に声を掛けられたのでびっくりして肩が跳ねる。愛しのジェラルディーヌに触ろうとして申し訳ございません! っていうか私がいるの気がついていたのですね?
「硬貨を磨くのは本当に趣味? 心からの?」
触ろうとしたのが癪に触ったのかと思ったが、違った。
「はい。物を磨くのが好きなのですが、中でも硬貨は格別です」
なんせ前世からの趣味だ。男爵様程の変態さを突き詰めたような趣味ではないが、前世では所謂硬貨オタクと言われる部類の人間だった。記念硬貨欲しさに、有給を取って銀行をハシゴした事も一度や二度ではない。
「じゃあ、商会で取り扱う銀貨と銅貨全部磨いて欲しいのだが」
男爵様が顔を上げ私の方を見る。その表情は変態ではなく真面目な仕事モードだった。
「え、良いんですか!?」
「むしろジゼルの仕事として、こちらからお願いしたい」
まさか男爵様側からお願いされるなんて思ってもみなかった。どういう風の吹き回しだろうか。
「たかが銀貨や銅貨だが、商人にとっては必須の商売道具だ。客の気持ちになって考えれば、貰う釣り銭が綺麗な方が気持ちが良いだろう。綺麗な釣り銭欲しさに、釣り銭が出るようにもう一品多めに買うなんて事も考えられる。当然のようにある物に付加価値を付ける、というのは商売人にとっては重要な事なんだ。それをラピエース商会の女主人になるジゼルにお願いしたい」
なるほど、説明されると納得できる。日本でも新札にはそれなりの付加価値があったし、そういう事をしようとしているのだろう。
「分かりました。では商会に通っても良い日はどんどん磨きますね」
趣味が仕事になるとはなんという幸運! 勿論靴磨きの仕事も好きだったのだが、硬貨を磨き続けるだけの仕事なんて、滅多に無い掘り出し物のお仕事だ。
「あと、もう一つお願いが。聞いてくれるか?」
「はい、何なりとお申し付けください!」
嬉しすぎてついつい内容を聞く前から承諾してしまう。
「私の事は……その、男爵様ではなく、名前で呼んで欲しい」
喜び踊り狂っていた心がピタッと固まる。
「えっと、名前ですか?」
「そう。……アルマンと、名前で呼んで欲しい。ほら、私も成り上がりで元は平民だし、夫婦になるのだから……気にせず名前で呼び会えたらな、と」
何故か言いにくそうな様子でお願いしてくる男爵様。その程度の願いなど、今朝のような勢いで脅してくれば良いのに。私に仕事を頼んだ手前、強い態度に出られなくなってしまったのだろうか?
(……ああ、分かった! 愛しのジェラルディーヌの横顔を愛でるだけじゃなく、この横顔に自分の名前を呼んで欲しいっていう複雑な変態心が芽生えたのね?)
きっとそういう事だろう。掘り出し物のお仕事を貰ったお礼も兼ねて、その願いを全力で叶えてあげようじゃないか。
私はわざと視線を逸らして本棚の方を向き、男爵様に横顔を向けるようにする。顔の角度も金貨の横顔を意識して、出来るだけ姫っぽく可愛く儚げに!
「アルマン……様?」
ちらっと横目でアルマン様を確認すると、彼は羽ペンを握り潰して机に突っ伏していた。
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