希望と拘りが詰まったフルオーダー(2)
「ちなみに、ラウルは伯爵が私に買収された事で失踪。……ジゼルを極力外に出さないようにしていたのは、そっちを警戒しての事だ。仮に子爵家に戻られてジゼルを誘拐でもされたら面倒な事になるから。ジゼルが私の妻であると、偽の戸籍上だけでなく世間に周知の事実となるのを待っていた」
「そう……」
結局生き別れるようにして離れ離れになってしまった兄弟子を思う。ラウルは、いつから私に妹として以外の感情を抱いていたのだろうか。瞳の光が消える程の執着を見せていた彼がそう簡単に諦めるとは、確かに思えない。
「アルマン様、結婚式当日に花嫁の顔を憂い顔にするのはやめていただけませんか? ただでさえこの時期の花嫁はマリッジブルーで不安になりやすく……ほら、ジゼル様が自身の爪を磨くように擦る癖を出していますよ。早急にフォローすべきです」
「ポール、煩い。……ジゼル、こっち向いて?」
こっち向いてと言われると向いてしまうのが人の性。完全に油断していた私は両頬を包み込むようにして捉えられ、唇を喰むようにして口付けられる。
「あぁ……口紅が取れたとメイド達に怒られたって、私は知りませんからね」
それは困る! 遠ざかっていく、いつものポールの呆れ声。見離されるとは、まさにこの事!!
普通、ウエディングドレスを着てのキスは誓いのキスって相場が決まっているよね? しつこいくらい長い口付けの後、睨みつけるようにしてアルマン様を見上げる。
「そう怒らないで? これくらい許してくれ、私がどれだけ待ったと思っているんだ」
「……一ヶ月でしょう?」
よく知ってます。だって毎日ベッドの中で「あと○日……耐えるんだ」とかブツブツ言いながら私を抱きしめる人がいましたからね。
「違う。約十一年だ」
「そうですか……え?」
増えた。急に132倍になった。
「私の初恋の人はね、道で行き倒れていた私に金貨を一枚恵んでくれたんだ。まだ六歳くらいの女の子が、わざわざ自分が乗っていた馬車を止めてまで、私に金貨という大金を恵んでくれた。酷い孤児院で暮らし、身売りされる直前に逃げ出してきた私に、初めて優しくしてくれた人間だった」
ああ、前にカフェで聞いたジェラルディーヌとの出会いの話か。ジェラルディーヌと出会ってそっくりな私を手に入れるまで十一年という意味だろうか?
「もう一度金貨に描かれていた女性に似た雰囲気を持つ、あの優しい少女に会いたいと思ったが……金貨はすぐに銀貨や銅貨に崩してしまっていたし、顔もなんとなく雰囲気でしか覚えていなくて、馬車に入っていた家紋を頼りに屋敷を探し当てた。十代半ばの青年がそんな幼い少女に、淡くはあったけど恋心を抱くなんて良くないとは思ったけど、止められなかった」
……私は何故挙式直前に、夫となる人の危ない初恋話なんて聞かされているのだろう?こんな時まで変態アピールしなくていいのに、と思ったがアルマン様が話したいようなので黙って聞く事にする。
「自慢ではないが侵入が得意だった私は、そう深く考えずにその屋敷に入り……痛い目を見た。それがシャロン伯爵邸だ。そして、再び一目見れた彼女がやはり忘れられなくて、金貨に描かれていた似た雰囲気のジェラルディーヌに入れ込んだ。……私の初恋は、ジゼルだったんだ」
「……嘘」
「嘘じゃない、覚えてない?」
……どれだけ考えても思い出せない。日本でなら倒れていた人にお金を渡した事もあるが……あれ? 本当にあれは日本での出来事だったのだろうか? よく考えればあの倒れていた男性は、日本の服装ではないような……?
「私を助けてくれた初恋の相手を偶然見つけて、こうやって想い合って結婚できるなんて奇跡。ジゼルがあの時の少女だと、戸籍を調べていて気が付いた私がどれほど嬉しかったか分かる? 間にジェラルディーヌを代用するように挟んで、十一年越しの初恋を叶えた……覚えていなくとも、私に生きる力をくれた女神は間違いなくジゼルだったんだ」
綺麗にお化粧してくれたメイド達に怒られると思ったが、涙は自分の意思ではなかなか止められない。頬を伝う涙は、嬉し涙。
ありがとう、昔の私。覚えていないけど、貴女が偶然アルマン様を助けてくれたから、今がある。
ありがとう、ジェラルディーヌ。貴女に嫉妬のような気持ちを抱いてしまった時もあったけど、貴女のおかげでアルマン様は前を向き生きてこれた。
ありがとう、アルマン様。何もかも忘れて生きていた私を見つけてくれて。コレクションでしかないと卑屈になり諦めていた私自身を欲し、愛してくれて。
「ジゼル、愛している。横顔だけではなく、全身余すところなく私のものになってくれるね? 返事は、はいしか認めない」
「はい。私も……アルマン様だけを、愛しています」
最後に付け加えたのは、ちょっとした反抗心。同意しているのならば、はい以外の言葉だって認められるでしょう?
「じゃあ結婚してからの私の第一目標は、ジゼルが食べたいと言っていたテリヤキとやらを作る為にショウユを手に入れる、にしようかな」
甘い雰囲気の中、突然の照り焼きの登場につい吹き出しそうになる。嬉しそうな笑顔で述べる目標が、私の為の物だという事に嬉しくなって、こちらまで笑顔になってしまう。
「第一目標からハードル高いですね? そもそも醤油を作るには大豆と小麦粉と麹という菌が必要で」
「コウジ? また知らない物が出てきたな……。それでも、愛するジゼルの為なら手に入れてみせるよ」
そう言いながら、正面から絡め取られる両手。後数時間後には銀色の指輪が輝いているであろうその手をぐいっと引っ張られて、私は愛する人の胸の中へ仕舞い込まれた。
いつも読んでくださった皆様ありがとうございました(*´꒳`*)♡
最終話ですが、ただラブラブするだけの番外編を準備中です!
閲覧数と評価を励みに、次作も糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆頑張ります(๑˃̵ᴗ˂̵)♪