希望と拘りが詰まったフルオーダー(1)
ラピエース商会とアルマン様の屋敷を往復するだけの日々。式はラピエース商会が持つ結婚式場で挙げるらしいが、その場所すら一度も見ないまま、私は結婚式の日を迎えた。
結婚式まで、商会の中や屋敷内であっても絶対に一人にならないように言いつけられ、それ以外の場所に出かける事はアルマン様と一緒に行くからと言っても許可されなかった。なんと、育ての親である親方に結婚前に会う事すら許されなかったのである。挙式では会えるそうだが、私はそれほどまでに信用されていないのだろうか? また逃げると思われているのだろうか? と初めは悲しくなったが、どうやらシャロン伯爵やラウルが私を取り戻しにくるのを恐れての事らしい。「人間の執着とは恐ろしい物だからね」と言い放ったアルマン様が、一番私に執着している気もするのだけど……その執着も彼の愛情表現の一つなのだと理解している。
アルマン様の屋敷内、一階にある応接室で、メイド達にウエディングドレスを着せられる。服飾部の人たちが休日返上死ぬ気で仕上げて間に合わせてくれた、フルオーダーのドレス。と言っても私ではなくアルマン様の希望と拘りが詰まったフルオーダー。
プリンセスラインでそこそこ長いトレーンの、肩の出たオフショルダーのドレス。背中は傷跡が見えないように配慮されているデザイン。胸や腕周りは繊細なレースが使われており、クラシカルでありながらも可愛らしい印象を出している。オフショルダーのため大きく露出した首元から鎖骨付近には、ラピエース男爵家の富を示すかのような、ダイヤモンドとピンクダイヤモンドを使ったシルバー製のジュエリーが輝き、それと同じデザインのティアラとイヤリングを身に付けさせられた私は……まるでどこかの姫のようだ。
「うん、やはり私の目に狂いは無かった。ジゼルにはこのデザインが一番似合うと思ったんだ。アクセサリーの色もジゼルの好きな銀やピンクを使ったし、完璧だ」
360度全方向から私の姿を満足そうにチェックするアルマン様だって、今日は普段とは違うグレーのフロックコート姿。しかもただのグレーではなく布地が密かに地模様入りだったり、細やかな刺繍が施されていたりして……流行の最先端を走るラピエース商会服飾部社員の本気を感じる。裁縫箱や裁ち鋏を投げながらこんな繊細な仕事をしていただなんて、信じられない。
「こんな素敵なドレスを作ってもらえるなんて……お姫様になっちゃったみたい」
「ふふっジゼルは血筋は立派な姫だからね? 私が娶れるレベルじゃない本物のお姫様を攫ってきたからには……うんと可愛く飾りたかった。準備時間は少なかったけどお金だけは有り余る程あるからね」
この結婚式にいくらお金を注ぎ込んだのかは……聞かない事にしよう。世の中には知らない方が良い事だってあるのだ。
「あと、これプレゼントだって」
そう言いながらどこからともなく小さな銅製の小物入れを渡してくる。
「プレゼント? 誰方からですか?」
アクセサリーボックスだろうか? 側面に薔薇の模様が入っており、可愛らしい。
「シャロン伯爵だ」
「そうですか……え!? シャロン伯爵様!?」
驚いてつい小物入れを落としそうになる。あれ程アルマン様が警戒していたのに、その人物からのプレゼントをほいほいと私に渡す!? 信じられない。
「どうして……」
私をお母様の代わりにしようとした伯爵様。何故このタイミングでプレゼントなど贈ってくるのか。アルマン様だって、もしかしてこれに毒薬が塗ってあったり? なんて事は考えないのだろうか。
「これ、例の偽造硬貨を溶かして作ったらしいよ。あの伯爵、器用なものだね」
まさかの偽造硬貨製! しかもアルマン様がそれを知っているのはどういう事!?
もう訳がわからなすぎて混乱してきた。こういう時は必殺横顔、ではなくて。
「ポール! お願い、どういう事か説明して!?」
廊下に向かって叫ぶと、すぐに姿を現す有能執事。アルマン様じゃないけど、困った事があるとすぐポールに頼る癖が移ってしまった。
「それくらいアルマン様がご自身で説明してください。ジゼル様に悟られないように秘密裏に処理し切ってしまった点については褒められるべき所ですが、結果報告くらいはするべきですよ」
「一言で言うと、伯爵を買収した」
「買収!?」
ケロッとした顔で報告され、更に訳が分からなくなる。男爵家に買収されちゃう伯爵家って……。
「アルマン様、説明を省きすぎです。ジゼル様に勘違いされて、やっと訪れるであろう平和な新婚生活に暗い影を落としてはいけませんので補足説明しますが。……本当に仕方のない主人ですね」
相変わらずアルマン様に厳しいのか優しいのか分からないポールが、私に状況を説明してくれる。
私からマーガレットさん経由で渡された汚れた硬貨にピンときたアルマン様は、すぐさまそれが偽造硬貨だと見抜いた。そしてそれをネタにして……私を奪還した数日後、なんとあのシャロン伯爵邸に正面から突撃したらしい。
当然伯爵様は硬貨についてはシラを切り、私を誘拐されたと非難してきたらしいが。そこで諦めるアルマン様ではない。なんと「クリステル・マリア・シャロンの裁判のやり直し」を提案したそうだ。通常は死人の再審なんて行われない。
「そんな……どうやって」
「勿論、金に物を言わせた」
……ですよね。そうだと思っていました。
そして。何故クリステル様の名誉の為に、全くの他人であるラピエース男爵がそこまでしてくれるのかと伯爵様が怪しんだ所で……私がアリエルだと明かしたらしい。
娘が生きているのだから母であるクリステル様の娘殺しの罪は確実に冤罪。アリエルの物とされた遺骨の人間をクリステル様が殺したのでなければ、全くの無罪となる。そして、再審の費用と資金繰りが厳しい伯爵家の為資金提供を行うので、偽造硬貨作りを辞めた上で私との結婚にも口を出すなと……交渉したらしい。交渉というか、確かにこれは買収だ。
「シャロン伯爵にとって一番大切なのは娘。その血を引いた孫のジゼルすら手に掛けようとした程、娘しか見ていないのを利用させてもらった」
「現在再審の手続きが取られ、来月には裁判のやり直しが始まる予定になっています。その小物入れは、伯爵からジゼル様とアリエル様への謝罪の気持ちらしいですよ」
……だから薔薇模様だったのか。アリエルのミドルネームはローズ。お母様が、あの伯爵邸中庭に咲く薔薇が好きだったから。大好きだった婚約者と一緒に楽しんだ大切な薔薇。だから薔薇の季節に生まれた私はローズと名付けられたのだと、昔お母様が言っていた。……あれ?
「……私、ちょっとだけ思い出したかも。お誕生日、確かこの季節だった」
僅かに、だがしっかりと掴んだ記憶の欠片。ぽっかりと空いた大きな記憶の穴を埋めるには全然足りないけれども。確かに私は、この季節に生まれた。
アルマン様とポールが驚いたような表情で私を見つめる。
「驚きましたね。アルマン様、これはもう言ってしまった方がよろしいのでは?」
「そうだな……ジゼル。実はジゼルの本当の誕生日は、今日だ」
「今日!?」
自分の本当の誕生日すら忘れていた私は、親方の誕生日に自分の誕生日も祝っていた。冬生まれの親方に合わせていたので、こんな薔薇が咲く季節が自分の誕生日だと思い出したって、今日が誕生日と言われたって、実感が湧かない。
「今日で十八歳。戸籍を調べ判明したこの誕生日に合わせて結婚式を挙げたくて……無理矢理式を急いだ。本当は今日の夜二人きりの時に囁いて教えたかったのに」
だからスピード婚が爆速スピード婚にされたのか。三ヶ月も我慢できないから、とか言っていたけど、本当は私の為だったんだ。あ、最後の一文はあえて聞かなかった事にしました。
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