確実に手に入れるために(2)
「ちなみにあのラウルとやらは、元々子爵令息だった。妾の子で捨てられたようだが……ちなみにジゼルと出会った初日に暴力を働いていたあの子爵の息子だ」
そういえばラウルもチラッとそんな事を言っていた。あのステッキクレーマー子爵の子だったのか。あのクレーマーなら子供を捨ててもおかしく無いと、妙に納得してしまう。
「ラウル、捨てられてよかったかも」
「それに関しては同感だ。ジゼルもラウルも、出自の身分に直せば伯爵令嬢と子爵令息。ジゼルに至っては王族関係者。元々平民の男爵位の私が手を出せる存在、喧嘩を売れる存在ではない。両者共に捨てられて身分を失ってくれていたからこそ、私は爵位を振りかざしてジゼルを手に入れる事が出来る。やはり女神はいつだって私に味方してくれるようだ」
そう言いながら書類をさらに一枚捲るアルマン様。そして胸ポケットからペンを出してきて、私に握らせる。
「ここ、ジゼルのサインがいるから名前書いて。次のページにもあるから、あと二回名前書いてね。署名はアリエルではなくて、ジゼルで」
「はい、わかりました」
言われるがまま名前を書く。名前を書きながらざっと書面を見るが……何の書類なのか書いていない。いや、外国語で読めないの方が正しい。
「これ何の書類ですか?」
書き終わってペンを返しながら問いかける。
「そう可愛く首を傾げない。そして今後私以外からサインを求められたら絶対に書いてはならない。……何の書類かも分からずにサインするなんて危険極まりない行為だ。分かった? 返事は、はい以外認めないから」
「……はい」
強制的に同意させられてしまった。そして結局何の書類なのか教えてもらっていないんだけど? 不満を込めてジト目で見つめると、私の手から書類を取り上げ片付けつつ、ため息を吐きながら教えてくれる。
「ジゼルの戸籍偽造用書類だ。戸籍がなければ結婚できないから、ジゼルには申し訳ないけど戸籍管理が緩い外国の生まれになってもらうよ。ちなみに戸籍用、入国用、婚姻用のサインだ」
「成る程、死人になってしまっているから無理矢理……え? 婚姻用?」
聞き間違い? 今婚姻用と聞こえたような気が。
「だから、何の書類かも分からずにサインするなんて危険極まりないと言っただろう? 私のように外国語の婚姻届を書かせてくる人物がいたらどうするんだ」
そんな重要書類を外国語で用意しないで!? 婚姻届といえばお互いに名前を書いて証人欄にも誰かにサインを貰ってお互いの合意の元提出される物であって……いや、私はアルマン様のコレクションとして婚姻を結ぶ事には同意していますけれどもね? でもこういう書類はもっと厳かな雰囲気の元で書くべきであって、こう騙すように書かせる物ではないと思う。
「婚姻届だと分かっていれば、もう少し考えて書いたのに」
せめてもう少し綺麗な字で書くとか。節目となる物なのだから、もう少し意識してサインしたかった。アルマン様のサインがあったのかどうかすら分からなかった。
「私は欲しいものの為なら手段は問わない。ジゼルを騙してでも脅してでも書かせる。……婚姻届だと分かればサインしなかっただろう?」
横から伸びてくる腕。逃がさないと言わんばかりに私の上体を囲み、捉えてくる。
「マーガレットから、私の元へ帰りたがっているとは聞いたが……実際に見てみればこの心閉ざした態度。自らの意思で逃げ出したジゼルを確実に手に入れる為にはこうするしか無いと思った。薄汚い私の過去が嫌で心閉ざしたのだろう? 何の書類かを明かせば、サインをするわけがない」
薄汚い過去、とは泥棒等もしてきた件だろうか? それとも……例の女性とのキスを指しているのだろうか?
「ちゃんと書きます。だって私、自らアルマン様のコレクションの一つになるつもりで帰ってきたんですから」
気が付かれると分かっていながらも、微笑を貼り付けてしまう。コレクションになるつもりで帰ってきたのに、実際に当の本人を目の前にして口に出してしまうと、グサグサと自分の言葉で切りつけられた恋心が痛くて、涙が溢れそうで……誤魔化す為に、笑顔を作り貼り付ける。
「そうやって心を閉ざした表情や拒絶の返答をする間は信じられない」
拒絶しているつもりは一切ないのに。むしろ、
「アルマン様の方が……私とのデート中に他の女性とキスしてたじゃないですか。拒絶されたのは私の方です! それでも、ただコレクションの一つとして生きていこうと決めて。アルマン様を好きな気持ちは隠して生きていこうと思って、帰ってきたのに。……酷い」
我慢できず溢れて頬を伝う涙。口に出すと、やはり自分の言葉がナイフのように自らに刺さってしまう。……言いたくなかった。言ってしまえば……コレクションでしかないと改めて明言されてしまえば、ショックを受けてしまうのが分かりきっているから。コレクションとしてでいいからそばに居たい、でも本当はコレクションなんかじゃなくて私自身を求められたい。そんな欲張りな私、知られたくなかった。
「……ごめん。でもあれは、」
「嫌! 言い訳なんて聞きたくない、アルマン様の馬鹿! 女たらし! 変態!!」
――パンッ!
後悔はしていない、端正な顔に対しての平手打ち。最後の一言は余計だったかも知れないけど、いつか言ってやりたいと思っていた。
「私の恋心を傷つけた仕返しです!」
呆然とするアルマン様の腕を振り解き、ソファーから立ち上がる。
「ジゼ……」
「建物内からは出ないので、少しの間離れさせてください。落ち着いたら帰ってきますから」
平手打ちに関しては一ミリも後悔していないけれども、隠すつもりだった恋心を公開してしまった点については後悔している。今の状態で、私には横顔しか価値がないと言われてしまうと精神的に辛いので……少し離れて落ち着きたい。
「ジゼル、ちょっと待て!」
引き止めようと伸ばされた手を払い落とす。アルマン様に相応しいレディーはこんな事絶対にしないのであろうが、私は我慢できなかった。
「嫌です。アルマン様はジェラルディーヌにでも埋もれていてください。私はガールズトークをしに行ってきますから、邪魔しないで!」
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