ラウルは我慢しましたからね!?(2)
生きてシャロン伯爵邸の敷地外に連れ出された時。一切悲鳴を上げなかった自分を心の中で褒め称えた。ブラボー! 素晴らしい、自分! ……それくらい怖かった。紐がついている分、バンジージャンプ百回する方が遥かにマシ。まだ恐怖で心臓がバクバク言っている。
少し離れた場所に停められたラピエース男爵家の馬車ではない、一般の馬車。それに積み込まれるようにしてその場を後にする。まるで物のようにアルマン様の膝の上に置かれ、いつまで静かにしていればいいのだろうと思いながら二人を見る。
「久しぶりにやるとなかなか大変だな」
「久しぶりの割には腕が鈍っていないようで安心しましたよ。この屋敷への侵入は二回目なだけあって、手際が良かったですね」
恐怖で涙目の私に気がついているのかいないのか。一緒に馬車に乗っているアルマン様とポールは呑気に話をしている。何故こんな真似が出来るのか、私にも分かるように説明してほしい!
「アルマン様。ジゼル様が説明して欲しそうな顔をしていますよ。どうなさいますか?」
さすが有能執事! 何も言わなくても理解してくれるだなんてありがたい!
「説明も何も……私は生きるために、金を稼ぐために、ジゼルに言えないような事もしてきた。それだけだ」
……つまり泥棒等もしてきたという事か。もしや屋根の上にいたという事は、ポールも?
「私は昔からアルマン様と一緒にいますから」
はい。もう何も言いません。アルマン様の女性関係と同じように、世の中には踏み込まない方が良い事もあると……私は学習しましたから。
「――ポール」
突然、先程まで呑気に話していたアルマン様が真面目な声を出す。
「馬の足音から考えると、3人ですね。撒きましょうか」
もしかして追手? 早くない!? 耳を澄ましてみると、微かにいくつかの蹄の音が聞こえる。
「ポール、後ろを向いておけ。ジゼルは危ないからそのまま動くな」
耳を塞ぎたくなるような布が裂ける音。肩甲骨の間、下着の上を滑っていく短剣。
「ちょっ!?」
「大きな声を出さない。ほら、ドレス脱いで」
この数日間でドレスを二着もダメにされるってどういう事!? いきなり女性のドレスの背を裂くのはダメでしょう! そして嫁入り前の女性のドレスを剥ぐのもダメでしょう! 男性ばかりの馬車の中、いきなりインナーとペチコートのみの姿に剥がれる気持ち、分かる!?
「や、です……! ポールだっているのになんで」
「ジゼル様。ご安心下さい、見てませんから」
「私は見ても問題ないな」
ツッコミ役不在のまま膝の上で器用にドレスを脱がされ、そのドレスはポールに渡される。
「じゃあポール。後は任せた」
詳しく相談しなくても分かり合える、長年の信頼関係。ポールは私が数秒前まで着ていたドレスを持ち、馬車の戸を開ける。
「畏まりました。アルマン様の後始末をするのは得意ですから」
そして馬車から飛び降りる。
「ポール!?」
「だからジゼル、大きな声を出さない。今ジゼルは悪党に抱かれた状態で、馬車から飛び降りた事になっているのだから。それにしても、ポールの最後の言葉は余計だな」
馬車から身を出してポールの姿を追おうとした私は、アルマン様に抱き寄せられ止められる。
もしやドレスを私本体に見せかけて囮にする作戦なの?
「このくらい闇が深ければ意外とバレない。きっとある程度逃げた後、目眩しに橋から川にでも飛び込むつもりだろうな。ほら、ジゼルはこれ着て」
説明しながら自分が着ていた麻のシャツを脱ぎ、私に手渡してくれる。流石にインナーとペチコートのみの姿では恥ずかしいので、ありがたくシャツをお借りする。いつもアルマン様が着ている上質な物ではなく、一般庶民の着るようなシャツ。きっと変装用なのだろう。それでもシャツに付いた、ウッディ系で深みのある上品な香りはいつものアルマン様の匂い。余った袖の部分を口元に当ててこっそりと香りを堪能する。
「……助けてくださって、ありがとうございます」
それは心から出た言葉。勝手に逃げ出した私をわざわざ助けに来てれた。コレクションの一つとして求めてくれた。私は、それだけでもう十分のはず。
「はぁ……。そんな愛らしい事をして、私を殺す気か。それでもあの時は、流石にもう間に合わないかと思った」
「あの時?」
「あの男に迫られていた時だ」
ああ、もしかして縛られたままラウルに押し倒された時の事を言っているのだろうか? でもあの瞬間をアルマン様は見ていなかったはずなのに。どうして知っているのか。変態に知らぬところ無し?
「不思議そうな顔をしているな? ……意外と暖炉の煙突を伝って屋根の上には聞こえるんだ。ジゼルが使用している部屋は割り出してあったから部屋の上で張っていたら、あの会話だ。途中で乱入する訳にもいかないから必死で耐えたが……ジゼルの初めては私で全て揃えられるはずだったのに。どこまで奪われた?」
口元に当てていた袖が退けられ、親指で唇を一撫でされる。……うん、そうよね。コレクターならコレクションの状態は気になるものだ。私だって、記念硬貨には極力指紋すら着けないように手袋をして扱っていたし、両替してくれる銀行員さんにも「指紋つけないでー!!」とお願いしたかったくらいだから、きっとその心境なのだろう。そう思えば理解できる。これはコレクションの状態確認でしかない!
「どこまでと言われましても……」
ただ頬にキスされただけである。
「……言えないような事までされたと、理解しても?」
一気に馬車の中が冷え込んだ。えっと、今真冬でしたっけ? 寒いです、アルマン様。私、ドレス脱がされたんだから、馬車内を氷点下にするのはやめてください! アルマン様自身も上半身裸でしょ!?
と考えて、ハッとする。目の前に好きな人の上半身がある状態。……つい割れた腹筋まで見てしまった私を誰か許して。アルマン様は私なんて意識していないのだろうけど、私の方が意識して赤くなって固まってしまう。
「確かラウルと言ったな。……真正面から殺し合ってくるから、ジゼルは先に帰っていてくれる?」
しまった、固まるタイミングを間違えた。あらぬ誤解を生んでいる!
「違います! 誤解、誤解なんですー!」
「何が誤解だ。言えないような事をされたのだろ?」
「だからそれが誤解! 頬にキスしかされてないです!」
「十分されているじゃないか!!」
何なのこの言い合いは。頬にキスは、言えないような事では無いだろう。小説でも漫画でも全年齢セーフだ。しかしアルマン様からすればアウトらしく、どちらの頬だったか尋ねられるので、両方だと答える。
「両っ……」
アルマン様だって、出会った翌日には右頬。翌々日には両頬にしたではないか。ついでに先程は唇にも。どこからともなくハンカチが出てきて、両頬がゴシゴシと擦られる。
「ちょっとアルマン様、痛い痛い」
「これくらい我慢しろ。本当に他には何もされて無いのか? くそっ、こんなに美しい陶磁器のような肌を他の男が触っただなんて……目を背けたい。いや背けたくない、一生この顔を見ていたい」
さすが変態レベルのジェラルディーヌマニア……コレクションの状態チェックには厳しい。
「他には何もされていません。ラウルはアルマン様では無いのだから、そこまで手は早く無いです」
危なかった気はするのだけど。アルマン様への皮肉も込めて、ついそう言ってしまう。シスコンを拗らせた変態だと知ってしまっても、一応ずっと一緒に暮らしてきた家族なのだから……消えない家族愛だけはある。歪な気持ちを横に置いておけば、ずっと私を妹として可愛がってくれていたのは、守ってきてくれたのは、あのラウルなのだ。出会った翌日から頬に口付けて、先程唇にも口付けて、私の心ごと掻っ攫っていってしまったにも関わらず……別の女性ともキスしていたようなアルマン様とは違う。
――ダメだ。自らコレクションとなる道を選んだはずなのに、つい恋愛感情が邪魔してしまう。
「……ちょっと待て。何故そんなに怒っているんだ。何故あいつの肩を持つ」
「秘密です。私のせいで何日も趣味の時間を邪魔してしまい申し訳ございませんでした。どうぞ存分に横顔をお楽しみになってください」
ツンツンしてしまいそうになるのを必死で我慢しつつ横顔を向ける。視線だけでアルマン様を確認すると、あれ? 何故かそこまで嬉しそうではない。
「……本当に心を閉ざしてくるとは」
ボソっと何かを呟いているが、丁度道が悪い部分に差し掛かったようで車輪の音と揺れが酷くなってしまい、よく聞こえなかった。
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