皆が歪な愛を
「ジゼル」
夕食後、そういえばテラスってどこの部屋のテラスなんだろう? と思いながら歩いていると、廊下でラウルに声を掛けられる。
「何故ラピエース商会を呼んだ? 戻る気なのか?」
そうだ。シャロン伯爵に気がつかれなくとも、ラウルは私に迫って来たのがアルマン様だと知っている。
「あそこのドレス、ずっと着てみたかっただけ。こんな機会でもないと着れないでしょ?」
「嘘だろう? ジゼルは嘘をつく時と後ろめたい事をする時、わざと話を逸らす。目線も左下を向く。ずっと一緒に住んで、ずっとジゼルだけを見ていたんだ。それくらい分かる。ここ数日毎日やってるよ、自覚無かった?」
強く腕を掴まれ、そのまま屋敷の奥へ向かって連れて行かれる。
「ちょっとラウル!? どこ行くの!」
強制的に引っ張って行かれるので腕が痛い。問いかけても返事もない。
まさかラウルも誤魔化されないタイプの人だったなんて。まさか今までずっと、誤魔化されたフリをしてくれていたのだろうか? だから時々寂しそうな、悲しげな顔をしていたのだろうか?
連れて行かれたのはシャロン伯爵の部屋だった。軽くノックをして、返事がくる前に戸を開ける。使用人にはあるまじき行動だ。
「ラウル、どうした? そんな怖い顔をして」
伯爵も驚いた顔をして私達を迎える。室内で椅子に座り机で書物をしていたらしく、ペンを置き私達の方に体を向ける。ラウルは私の腕を引いたまま数歩室内に入ると、口を開いた。
「伯爵様、硬貨の件がジゼルにバレました。外部にそれを洩らされた可能性もあります」
スッとシャロン伯爵の表情が変わった。優しさが消え去った、ただの権力者の顔。
……あぁ、ラウルも偽造硬貨の事を知っていたのか。もしやその上で、汚れた硬貨を欲しがった私を怪しみながらも問い詰めず泳がせたのか?
「ほう。それで?」
「現国王の弟に手を付けられシラを切られ、想い人に嫁ぐ事も叶わず未婚で秘密裏にアリエル様をお産みになった可哀想なクリステル様。お金の為嫁ぐ事になり、自己の純潔の証明の為に我が子を殺されそうになった可哀想なクリステル様。愛しい我が子を逃そうと家を出て結局そのまま娘と共に亡くなった可哀想なクリステル様。ですが、そのクリステル様は、このジゼルじゃ無い。これは、俺の可愛いジゼルです」
ラウルが長いセリフを一気に喋る。シャロン伯爵も黙って聞いている。……ん? スルーしそうになったけど、私って、現国王の弟が父な訳? 王族の庶子……そりゃ王族のジェラルディーヌ三世と顔が似ている訳だ。こんなにも顔が似ている人だらけな世の中、おかしいと思っていた。私がこの数日間に重ねられた人物、皆血縁者なら納得できる。
「伯爵様や古くからの使用人達が、後悔からクリステル様とジゼルを重ねている事は理解しています。だから俺が、クリステル様の姿絵と似た妹弟子がいると言った時、連れてきても良いと言ったのでしょう?」
「その通りだ。ジゼルはクリステルでは無い。でもそれがどうした? ジゼルをクリステルと思って可愛がる事の何がいけない?」
……ちょっと、シャロン伯爵開き直ってるよ? そして、今日もボケていない。目の前にいるのは、ただの権力者としての、貴族としての顔をした高齢男性でしかない。もしや、認知症のように見えたあの行動は……こちらを油断させるためのフェイク、だったりはしないよね? もはや、何を信じれば良いのか、分からない。
「クリステル様を傷つけた国への報復として日々偽造した硬貨を作り、バレないように流通させるため俺達使用人に汚れを付けさせる。それを知った上でジゼルをここへ連れてきた俺も悪かった。……伯爵様、取引しましょう」
私が長年一緒に暮らしたラウルという兄弟子は、伯爵という身分のある人に対して、こう簡単に取引を持ちかける人だっただろうか?
「ジゼルと俺を結婚させてください。代償として、ジゼルを狙う……伯爵様がジゼルをクリステル様として可愛がる邪魔をしてくる者についてお教えします。お互いにジゼルを共有しましょう、永久に。前に伯爵様にお話した通り、俺は存在を疎まれ捨てられたため育ちは平民ですが、血筋自体はとある子爵家の妾の子。跡取りの居ないシャロン伯爵家にとって、そこまで悪い話では無いはずです」
「ラウル!?」
「……よかろう。ラウルなら書面で承諾が欲しいであろう? ほれ、今ここで書こう」
即承諾し、目の前にある机で何やら書面を作成し始めるシャロン伯爵。ちょっと待って、結婚は強制される物ではないとか言ってたのに!? どうして皆そこまでして私に執着するのか!!
「ありがとうございます。伯爵様ならそう言って下さると思っていました。……ジゼルが呼んだラピエース商会のオーナーであるラピエース男爵。彼がジゼルを欲し迫っていた者です。ジゼルはきっと彼の元へ戻るつもりで呼びつけたのでしょう」
シャロン伯爵が書類を書き終えると同時に、ラウルがアルマン様の事を教えてしまう。
「ほう? ならばジゼルをこの伯爵家の養子にしてしまえば、男爵では手が出せぬだろうな。いや、ラウルを養子にしてその嫁としてジゼルを迎える方が美しいか? どちらにせよ、早急に事を運ぼう。硬貨については今屋敷内にある物を処分してしまえばいい。まさかこんな老人が自らの手で屋敷内で作っていたとは誰も思わぬだろうから、外部発注の形跡がなく硬貨自体も無ければどうにもなるまい」
当人である私を除け者にして次々と話が進んでいく。これは本当にあの認知症だったシャロン伯爵様なのだろうか? これは本当に私の兄弟子のラウルなのだろうか? こんなに頭の切れる人達だっただろうか? 今まで私が見ていた彼らは何だったのか。このままでは本当にこの伯爵家に閉じ込められてしまう!
「ひとまずジゼルはラピエース男爵に奪われぬよう閉じ込めておいた方がよろしいかと。ジゼルの話によれば、コレクションの為なら荒い手段も取る男です。あと、銅貨は溶かして別物にしてしまいましょう」
「そうだな。ジゼル、すまぬが準備が整うまではクリステルの部屋から出てはならぬ。不自由だろうが身を守る為だ、受け入れてくれ」
二人が同時に私の方を見る。腕は掴まれたままで逃げられない。慌てて振り返るが、開いたままの部屋のドアの向こう、廊下には……沢山の使用人達。絶対に逃さないという、屋敷中の意志を……突きつけられる。
「嫌ですっ! 私は、アルマン様が……好きなのにっ」
間違えて言ってしまった時とは違う。私の心は間違いなくアルマン様の元にある。
「歪な愛を向けられて、分からなくなっているだけだよ。小さな頃『大きくなったらラウルと結婚するんだ』と言って懐いてくれた、俺の可愛い小さな妹。昔から俺と親方で守ってきたんだ……やっと迎えに行けたと思ったらこんな事になってしまったけど、変わらず今も愛してる。あんな男とは違って、俺は永久にジゼルだけを愛すると、昔からずっと誓ってある。俺の妹として、妻として、約束通りずっと一緒に生きてくれるね?」
細身だけどちゃんと男性の体格をしたラウルに、しっかり抱きしめられて後髪を撫でられる。突然の展開にもうついていけないが、ここ数日で凄まじく鍛え上げられた私の中の変態察知対応センサーが激しく警報音を鳴らしている。優しい兄のようだったラウルに対して。
シスコンだ。シスコンの類を拗らせている変態だ! しかも変態は変態でも、恍惚として嬉しそうにするアルマン様とは逆パターンの、目の光が消失する病んでるタイプの変態来たよ! ……ラウル、それも歪な愛だよ?きっと!!
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