ポールに抜け目などなかった
アルマン様目線回です!(*´꒳`*)
その後、隣町のシャロン伯爵邸にジゼルに似た女性がいると複数ルートで連絡が入った頃には、すでに行方が分からなくなってから一週間が経っていた。
「食品の納品にシャロン伯爵邸に入った従業員、その報告を受け外部から屋敷を確認した偵察隊が、ジゼル様らしき人物を目撃しております。他にもジゼル様と以前一緒に暮らしていた兄弟子がそちらで働いており、前々から想いを寄せていたとの情報も。ジゼル様が消えた日、男物の服を来たジゼル様らしき人物とひょろりとした細身の男性を乗せたと言う辻馬車も発見いたしました」
資料をぱらぱらと捲りながらポールの報告を受ける。やはり手を引いている人物がいたか。夜の街なんかに居なくて良かったと安心しつつ、ジゼルの事を想う人物が近くにいるという事が気に食わない。私を差し置いて、他の男の服を着るとはどういう事なのか。ジゼルはその意味を分かってしているのだろうか? とにかく苛立ちが止まらない。
「見つけたのなら何故連れてこない。鎖で繋いででも連れてこいと言っただろう」
「囲われているのが伯爵邸だからです。当たり前でしょう」
そんな事説明されなくても分かっている。分かっているが、言わずには居られなかった。どれだけ大きな資産を持っていても、社会的に見て成功していても、所詮身分は男爵位。生粋の貴族である伯爵邸に正面から喧嘩を売り乗り込むのは難しい。こっそり連れ出すにしても、状況を見つつ上手くやらなければラピエース商会ごと消される。居場所が分かったのにすぐに連れ戻す事が出来ないのがもどかしい。
「よりにもよってあの伯爵邸か。あそこは大変だな……」
病気を患った娘を溺愛するばかり、徹底的に侵入者対策が講じられた閉鎖的な屋敷。囚われるにしても、もっと別の伯爵家に捕まってくれればまだマシだったのだが。
「ちなみにですが。その病弱な娘はもうずいぶん前に若くして亡くなったそうです。最近は老いた伯爵がお一人で暮らしていたらしいですよ? 資料37ページ目に記載してあります」
「へぇ。私の記憶だと、ここに書いてあるクリステル・マリア・シャロン以外にもう一人子供がいたはずだが、彼女はいつ屋敷を出た?」
ざっとポールの資料を斜め読みするが、自分の記憶と相違がある。シャロン伯爵には、遅くに出来た子供がもう一人いたはずだ。
「私の資料に抜けなどありませんよ。現行の伯爵の戸籍まで確認して裏を取ってきたんですから。何ならクリステル・マリア・シャロンの除籍も確認しましたが……ちなみに今おいくつくらいの令嬢ですか?」
「十台後半から二十歳程。名前は知らない、昔あの屋敷で幼い女の子を見たことがあるだけだ」
ポールが少しだけ黙って考え込み「もう少し調べてみます」と付け加えてくる。商売人であるこの私が、対人間に関する記憶違いをしているとは思えないのだろう。私も自分の記憶が間違えている訳ないと確信している。あの屋敷には間違いなくもう一人女性がいたはずだ。
「……ポール。それよりも、この資料59ページ目はどういう事だ」
高速で資料を斜め読みしていると、信じられない文言が出てきた。
「書いてある通りです。文字をお忘れになりましたか?」
「そういうのはいい! どういう事だ、何故ジゼルの戸籍が無い……!?」
同時進行で進めさせていたジゼルと結婚するための準備。抜かりなくジゼルを手に入れる為、出会った初日から命じておいた事。結婚式までなんて待っていられない、あの横顔を確実に手に入れる為に早急に籍を入れたかった私は、孤児であったというジゼルの戸籍を探させていた。脅してでも偽装してでも籍を入れるつもりだった。
平民であっても、この国では戸籍は厳密に管理されており、両親の名前や生年月日だけでなく髪色や目の色などの見た目も記載されている。特に孤児院には、入る時に戸籍と照合されるので……仮に籍を持たぬ者がいたとすれば、誰かが守るようにして育ててこないと、特に孤児など生き延びれない。ジゼルという名前では戸籍が存在しなかった為、きっと出生時の名前は別なのだろうと考え、似たような年齢の女性の戸籍を徹底的に洗い出させていたのだが……。
「繰り返しになりますが、書いてある通りです。ジゼル様と思われる戸籍は存在しませんでした」
思わず頭を抱える。
「……少々年齢が違う可能性は?」
「それもある程度考慮しましたが、怪しい戸籍の人物については全て偵察部隊が本人を確認しに向かい、照合しております。調べていないのは、死人と外国人だけです」
……ポールに抜け目などなかった。
「仕方がない。同時進行でジゼルの戸籍もどうにかしろ」
「相変わらず無茶な注文を。……もう途中まで進めておりますが」
心からポールを信頼しているからこそ丸投げ出来るのだが。……とは言わないし、言わずともポールは理解して事を進めてくれる。
「……私が勝手に進めておきますのでアルマン様はお休みになっては? ジゼル様の居場所は確認出来たのですから、少しは安心出来たでしょう。心ゆくまでジェラルディーヌタイムを過ごしてきても良いんですよ」
「何を言っている。ジゼルを連れ戻す策を考えなくてはならないし、通常のラピエース商会オーナーとしての仕事も、ラピエース男爵としての仕事も山積みだ。ジゼルの近くに馴染みの男がいるのも落ち着かない。チッ、ポールを他事に使い倒している分、私の仕事が増える」
舌打ちをしつつ……そういえばここ数日金貨に埋もれていないなと、ふと気がつく。それどころで無かったのもあるが、やはりジゼルに似た顔など見れば耐えられなくなってしまうような気がして……あえて避けていた部分もある。今はあんなに恋しかった金貨なんぞ見たくない。
「では、私の方も早急にジゼル様奪還の策を考えましょう。顔色が悪い自覚ありますか? せっかくの綺麗な顔が、商売道具が台無しです。早くジゼル様に戻ってきていただかないと、アルマン様が倒れますよ」
「私が倒れてもジゼルが手に入るならそれでいい」
私が体調を崩せば、ジゼルなら力尽くでも私をベッドに押し込むのだろう。そして私が寝てなどいられないと我儘を言えば、きっと恥ずかしそうに「横で寝てあげますから、横顔見ながら寝ても良いですよ」と言ってくれる。そんなジゼルを抱きしめながらなら、とてもよく眠れそうだ。レモンティーのような爽やかで品のある甘い香りが安眠へと導いてくれるのを想像すると、今すぐに腕の中に仕舞い込みたい衝動に駆られる。柔らかな肌に顔を埋め、その香りのする肌に歯を立ててしまいたい。
……なんて妄想を突然してしまうくらいには精神的に参っているらしい。
「これは……かなり問題有りだな」
自分で自分にツッコミを入れて、ため息をつく。こんなにジゼルに溺れている自覚は無かった。ジェラルディーヌに己の愛も人生も全て捧げて生きてきて、そっくりな横顔のジゼルを見つけコレクションにするつもりが、ジェラルディーヌ抜きに愛してしまった。いつの間にか、金貨そっくりの横顔のジゼルではなく、ジゼルそっくりの横顔の金貨、になってしまった。
……私がそのジゼルを傷つけたが故にこの事態となっているのに。都合の良い妄想ばかり展開するなんて、酷い男だと自分で思う。妄想だけで終わるならまだしも、ジゼルが自ら私の元から去れどもその気持ちを無視して連れ戻し、自分のものにしようとしているのだから余計にタチが悪い。まぁ……それがアルマンという男の本質なのだから仕方がないのだが。
「愛する対象がスライドするように移行しただけで、アルマン様の性癖は一ミリも変わっていませんからね。欲しいものは手段を問わず手に入れるその姿勢は感心いたしますが、相手が人間の場合心が有りますから。そう急いても上手くいかない物です、焦って心だけを取り溢さないよう気をつけてくださいね」
いつもなら、当然だと軽く返事ができるのに。マーガレットにはそう返事が出来たのに。今の私には、何も言えなかった。……悲しい顔をしたジゼルが私を拒絶する姿が、拒絶しないにしても心を閉ざしたまま私に身を任せる様子が、容易に想像できてしまったから。
いつも読んでくださる皆様ありがとうございます(*´꒳`*)♡
閲覧数と評価を励みに、糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆頑張ります(๑˃̵ᴗ˂̵)♪