誰かとそっくりな私(3)
「クリステルは一番地の菓子店のクッキーが好きだっただろう?」
翌日。約束通り私はシャロン伯爵とお茶を飲みながら話相手となっていた。……私、と言うか、クリステル様のふりをした私、だけど。
「はい。この大きめのチョコレートが生地に練り込まれているクッキーが美味しいです」
当たり障りのない返答をしつつ伯爵令嬢を演じる。ただの平民には難易度が少し高い。
「そうかそうか。じゃあ次からはそのクッキーは必ず買うようにしよう。……そうだ、クリステルは一番地の菓子店が好きだったな。次はそこで買うようにしようか」
だから、このクッキーがその一番地の菓子店で買ったやつだってば!というツッコミはしても無駄なので堪える。今日は物忘れが絶好調すぎて、ツッコミ所満載。この屋敷の使用人達はこのくらい慣れっこなのか、気にする素振りはない。
「……どうにか想い人と添い遂げさせてやれば良かった。せめて子を慈しみ平和に暮らす時間を守ってやれば良かった。そう何度も後悔したのだ。しかし、どうしてもその想いより、貴族として家を残し血統を残す責務を優先させなければならぬ。ジゼルに言ったように、心に決めた相手が出来るまでと言えればどれほど良かったか」
ボケていると思ったら、いきなりこのように戻ったりする。……よく分からない。私はクリステルとして接するべきなのか、ジゼルとして接するべきなのか。
返答に迷ったら、とりあえず微笑んで乗り切る事にした。ここ数日、誰かにそっくりな自分の顔に助けられっぱなしである。
迷いつつもお茶会を終えると、伯爵様は自分の部屋に篭ってしまった。気分が落ち込んでしまったのかと心配し周りにいる使用人達に聞いてみたが、いつもの事らしい。元々は靴を集めるのが好きな陽気で優しい性格だったようだが、クリステル様が亡くなり自身の足も悪くなってからは、自室に篭りがちだという。むしろ私が昨日現れて以来、これでも元気に振る舞っているらしい。
「ジゼル?」
廊下から中庭を眺めていた私を見つけ、ラウルが声をかけてくれる。
「あ、ラウル。おはよう」
と言ってももう夕暮れが近いのだけど。今日初めて顔を合わせたのでつい朝の挨拶をしてしまう。
「こんにちは、だね? もう伯爵様とのお茶会は終わった?」
「うん。……何だか、ボケてるのかボケてないのか分からなくなってきた」
いや、間違いなくボケているんだろうけど。時々正常に戻るから対応に困った旨をラウルに説明する。
「そうそう、昨日中庭にラウルと一緒に居たの、注意されちゃった。怖いから外には出ないで欲しいって」
シャロン伯爵は私が屋敷の外に出るのを嫌がった。庭へ出るのですらクリステル様が出ていってしまった時の事を思い出し、苦しくなるのだと言う。
「は? ……そう。じゃあ俺からこうやってジゼルに会いに来る。昨日はよく寝られた?」
一瞬……目から光が消えたような表情をしたのが気になったけど、すぐに元に戻ったので気にしないようにする。
「うん。私が使っても大丈夫なのかと、緊張しちゃったけど」
私はクリステル様が使っていた部屋を使うように命じられた。クリステル様が家を飛び出してから、死しても尚そのままの状態が保たれた部屋。埃一つないその部屋は、どれだけ部屋の主が屋敷の人々から愛されていたのか分かる状態だった。
「古くからこの屋敷に勤める人達にとって、クリステル様は天使のような存在だったと聞いたことがある。そんなクリステル様の部屋を使わせるなんて、よっぽどジゼルの事を代わりにしたいのか」
そう言ったラウルの顔は苛立っているようにも見えた。
「あ、私は大丈夫だから! ラウルは気にしないで」
昨日から心配させっぱなしの兄弟子にこれ以上ストレスをかけてはいけないと思って笑顔を作り、さり気なく話題を別方向に持って行く。
「不思議な話なんだけど、私……この家に来たことがある気がするのよね」
それを感じたのはクリステル様の部屋に入った時。初めて訪れたはずなのに何故か見覚えがあった。暖炉の上に伏せられた状態で置かれていた写真立て。そこに……メガネ姿の男性の肖像画が入っていると、初めから知っていた。それが、クリステル様が幼い頃より愛した婚約者であることも。知るはずがない事を、知っている。
「仕事で来たことがある? でもジゼルはずっと親方の側で仕事をしていたから、街中ばかりだったよね?」
親方は決して貴族の屋敷に出向いて仕事をすることは無かった。貴族嫌いなのだろうかと思った事もあったが、街中で客に付いた貴族とは親しそうに会話をする。私は女という事もあって変な客に絡まれる事もあり親方が心配したため、よく知った街中でしか仕事をさせてもらえなかった。……まぁ今まで絡まれた変な客ナンバーワンはアルマン様なのだけど。あ、客では無いか。
「ねぇラウル。私っていつ親方の家に来たの?」
私より前から親方の家にいたラウル。昔から一緒にいる彼なら……自分の中にぽっかり空いた、底の見えない穴の正体を教えてくれるのでは無いかと思い尋ねた。
「あれは十年くらい前だったかな。いや、もう少し前? 雨の日にいきなり親方が女の子を拾って帰って来て、大慌てで湯を沸かしてタオルで体を拭いたな。懐かしい」
懐かしそうに思い出し笑いするラウルを見て、確信する。ラウルならその日の事を覚えている!
「私の名前は、親方がつけてくれたんでしょ?」
「そうだよ。名前を聞いても答えられなかったから。そういえば愛称は言えたんだっけな?」
「……愛称?」
まったく記憶がない。自分で言ったはずなのに。
「うん。エルって愛称から元の名前を考えて、親方がジゼルとつけたんだよ」
胸が騒つく。言った事がない愛称なのに、どこか馴染みのある響き。
『アリエルも生きていれば同じくらいの歳か』
昨日伯爵から聞いた言葉を思い出す。この屋敷の人は娘のクリステル様の事はよく話すが、孫娘のアリエル様の事は話したがらない。クリステル様がアリエル様を連れてここを出て行ったのも、私が親方に拾われたのも、おおよそ十年前。死んでしまった母娘二人。ぽっかりと幼少期の記憶が無く、テーブルマナーも教育された様子のある自分。伯爵と同じカフェオレ色の髪に、クリステル様そっくりの姿。見覚えのある部屋に、似たような名前。
ここまで揃えば……恐らく答えは、一つだ。
「ジゼル? やっぱり様子が変だ。辛い? 昔みたいに俺には縋ってくれないの?」
アルマン様、貴方の予想は正しかったです。たった三日間私を見ただけで、平民出身では無いのではないかと思った洞察力……素晴らしい天賦の才ですね。きっと……もう元通りの関係には戻れないのでしょうけど。
「心配かけてごめんね。疲れているだけで、本当に大丈夫なの。ラウルはラウルのお仕事があるでしょう? 私はその邪魔をしたくないから、気にしないで?」
作り笑いすると、悲しげな表情ではあるが、そっかと納得してくれるラウル。……アルマン様のように見抜かれたりはしない。
ここに置いてもらうなら、私がアリエルだと知られてはならない。背中の古い傷跡達が、そう言っているような気がした。
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