兄弟子を犯罪者には出来ないので(1)
気が付いたら、元々親方と暮らしていた地区まで来ていた。歩いたら少し距離があるはずなのに、どうやって来たのだろうか? ……お金は持たされていないので歩いてくるしかないのだけど。
お金、で思いだす。そういえば黙ってカフェから出てきてしまった! これでは食い逃げになってしまう! ……いや、その内戻ってきたアルマン様がお支払いしてくれるだろう。
勝手にフラフラと出歩いて怒られるかなぁと思いながら、道に備え付けてあるベンチに腰掛ける。昔から、川の側にあるこのベンチに親方や兄弟子と一緒に座って……屋台のご飯を食べたり、雑談したり、お祭りのパレードを見たり、珍しく親方と喧嘩した時仲直りしたのもここだった。
「……帰りたい」
無意識に出た言葉は本心。いきなり求婚されて、自分の横顔のみを求められ親方を人質に取られる。とんでもない趣味の人だと思ったのに、それでもいつの間にか心惹かれてしまって……気が付いた時には遅かった。ケーキが永久に出てきていたのは、私があのカフェから出ないようにしていたのだろう。一本裏の道にいたのも、私に見つからないようにしたのだろう。後ろめたい事だと、分かっていたから。やっぱり私は、横顔だけだった。そんな事……初めから分かってたのに。私が勘違いしてしまっただけだ。
これからどうしようか。帰りたい、という言葉は真実だが、どこに帰ると言うのだろう。私はどこの時点に帰りたいのだろうか。日本で暮らしていた頃? 親方と暮らした頃? アルマン様と暮らしたあの数日間? ……何かを考えようとしても、ショックを受けたあのシーンが蘇って来て、何も考えられない。
今からカフェに戻るなら言い訳をしっかり考えて行かないと……聡いアルマン様にはバレてしまう。あの光景を見てしまいましたと言うのも……怖くて言えない。アルマン様から「見てしまったのなら仕方がないね」と距離を置かれるかもと思うと……怖い。
それとも親方のところへ帰る? 優しい親方なら……また私を迎え入れてくれるかもしれない。しかしアルマン様は、私がアルマン様の元にいる限り親方には手を出さないと約束したのだ。もし私が親方の元へ戻ったら……親方が危ない目に遭う可能性もある。
つい左手の親指の腹で右手の親指の爪を擦る。今の私には自分を落ち着かせるために、磨く物すらない。
「もしかして、ジゼル?」
途方にくれていたら、突然聴き慣れた声が降ってきた。
「ラウル!」
よく知った靴磨き仲間で兄弟子だった青年ラウル。親方の弟子として一緒に暮らしていたが、三年前に独立し家を出た。隣町の方にいるとは聞いていたけど、元気そうで良かった。
「さっき家に行ったら、親方がジゼルはもういないって言うし、ジゼルはこんな貴族みたいな格好してるし……。連れて行かれてしまったって親方から聞いたけど、何があったんだ?」
ずっと兄代わりだったラウルが、私の手を握る。その表情から、私を心から心配しているのが分かり……ずっと堪えてきた涙が溢れた。これからどうすればいいのか先の分からない不安感、失恋した悲しみ、目に焼きついたアルマン様が他の女性を愛する姿。彼に似合う大人の女性なんかには成れなかった、こんなにも子供のように泣いてしまうだなんて。
「え!? ジゼル、本当にどうしたんだよ! ゆっくりでいいから俺に話してみな?」
ゆっくりでいいと言われても、嗚咽が溢れて涙が止まらなくて、なかなか説明できない。それでもラウルは昔と同じように、小さい妹をあやすように、背を撫でて根気強く待ってくれた。
「……そっか。俺、その男殴ってきてもいい?」
全て話終わった時。明らかにラウルは怒っていた。横に座り私の手を握ってくれている彼の手は、怒りに震えている。
「やだ、ラウルとアルマン様が喧嘩したら、ラウルが負けそう」
ラウルはひょろりとした細身でいかにも文系な見た目をしており、拳が強いタイプではない。背は長身のアルマン様よりさらに高いが、きっと物理的にも権力的にも負けるだろう。
「負けそうって。……ジゼルのためならそれくらい、勝ってみせるのに」
ラウルは持っていた荷物の中から自分の男物の服を出し、私に押し付ける。
「そこの木陰で服着替えてきて。大きいだろうから裾折って、そのドレスは目立つから脱いで。靴もね!」
「え? なんで……」
ラウルは細身とはいえども、背丈がかなりあるため服のサイズは全く合わない。一緒に暮らしていた時ですら、ラウルのシャツを洗濯していると大きいなぁと感じたのだから、三年も経っている今の方がより体格差は開いている。
「いいから! ジゼル、そんな男と無理に一緒にいる必要ないよ。聞けば聞くほど犯罪者一歩手前、そんな危ない所へ俺の可愛いジゼルを帰すわけにはいかない。絶対許さない」
やはりアルマン様の趣味趣向行動は、危ない人認定するのに足りるようだ。よかった、私が変態だと感じたのは間違えていなかった。
「でも、私がいなくなると親方が……。あとアルマン様も心配するし」
「それは心配じゃない。コレクションとしてジゼルが欲しくて、脅されているだけだ。脱げないのならここで無理矢理脱がすよ。俺が犯罪者として捕まるのが嫌なら自分で早く着替えて」
兄弟子を犯罪者にする訳にはいかないし、早く早くと急かされるので、木陰でこっそりと服を着替える。まさかある程度大人になって、子供のように道端で服を着替える羽目になるとは思わなかった。やっぱり服のサイズが大きいので、裾を何回も折り曲げてから木陰を出る。
「やっと見慣れたジゼルになった。ドレス貰うね」
着替えた後のドレスと靴は、ラウルによって私の手から奪われ、道の横を流れる川に投げ捨てられる。
「え──!? ドレスがっ!」
勿体ない!! と思った私は貧乏性なのだろうか? せっかく高そうな服だったのに……。
「これで身投げしたとでも思ってくれればいいんだけど」
身投げ!? 話がだんだん大事になってきている!
「ラウル、私そんな大事にするつもりでは……」
「いいから、早く逃げるよ!」
ラウルが辻馬車を拾って何やら行き先を告げている。靴を捨てられ裸足になった私は、ラウルにお姫様抱っこされて辻馬車に乗せられた。……同じことをされているのに、アルマン様とラウルでは感じ方が違うのね。あんなにアルマン様にはドキドキしたのに、ラウルなら家族のような安堵感。
離れてから自分の気持ちに気がつくなんて……本当に自分は馬鹿だなぁと、自分を皮肉るように苦笑した。
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