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運も才能の内、顔も天賦の才(1)

 気にしないでと言われても気になる。自分の中にある底の見えない穴の周りをぐるぐる回ってみても何も答えは見つからない。穴の周りにはヒントは無いようだ。どうすればこのぽっかりと空いた記憶の穴を埋めることができるのだろう。


「ジゼル?」


 つい考え事をしてしまい、隣を歩くアルマン様に声を掛けられる。

 結局昨日はあの後も適当に話をしているうちにいつの間にか寝てしまい、気がついたら朝だった。アルマン様は先に起きて仕事をしていたようで、私は目が覚めると同時にメイド達に取り囲まれて可愛いドレスに着替えさせられた。今年の流行を取り入れた明るい色のドレスで、白と若葉色を基調とした上品なデザイン。しっかりコルセットは締められたけど、鏡に映った自分をみるとそれなりに可愛く仕上がっていたので、まあ良し!


「はい、どうかしましたか?」


 平然を装って返事をする。着替えてすぐ、朝食も食べさせてもらえずに連れ出されたので元気が出ません……。


「いや、元気が無いように見えたから。大丈夫?」


 変態のくせによく見てますね。いや、横顔偏愛男爵だからこそ顔をよく見ているのか? 元気がないと思うのならば朝ごはん下さい。デート前に腹ごしらえさせて欲しかった。


「お腹空いただけです。まさか朝からこんなに歩かされると思わなかったので!」


 こんなに、と言うほどは歩いていないけど。朝ごはん下さいを強調するために大袈裟に言いました! もしや高級なモーニングでも食べさせてくれるのだろうか? さすが成金!


「ごめん、もうすぐ着くから少しだけ我慢して」


 どこへ連れて行かれているのだろうと思いながら街を歩く。私の半歩前を歩くアルマン様が「迷子になるといけないから」と肘を差し出してくれるので、躊躇いながらも腕を組みエスコートされる形になる。確かに朝の通勤時間で人通りも多いし、こうして腕を組んでいるといかにもデートっぽい。

 すれ違う人々は皆忙しそうで、私もつい数日前まではあちら側にいたのに……と不思議な感覚に陥る。すれ違う瞬間に女性はアルマン様の造形の美しさに釘付けになったり、男性はその成功を羨望の目で見たり……そんな人と腕を組んでいる私の方にも痛いほど視線が飛んできて居た堪れない!


「ジゼル、着いたよ」


 そう言われた場所は、なんとカフェだった。

 日本では考えられないが、この世界にカフェの数は多くない。しかもそれはブルジョアな階級の人が文学的・政治的な議論をする場として利用される事が殆どで、平民がほいほいと気軽に入れるような店ではない。


「カフェ! こんなお店私が入ってもいいのですか?」

「いいも何も……ここはうちの商会がやってるカフェだからね」


 カフェまでやってるとは知らなかった。本当にラピエース商会は手広く何でもやってるんだなぁと思いながら連れられて中に入る。

 どうやらあらかじめ話を通してあったようで、2階にある眺めの良い半個室に通された。相変らずアルマン様は完璧なエスコートで私を椅子に座らせ、自分は向かい合った席に腰掛ける。いつも横からじっくりと横顔を堪能してくるアルマン様にしては珍しい位置取りだ。


「ここで出してるクロワッサンがとても美味しくてね。設備上の問題で屋敷では作れないから、連れてきてあげようと思ったんだ。ジゼルはパンの中ではクロワッサンが好きでしょ?」


 何故教えていないのに知っているのか。確かにパンの中では一番好きと言ってもいい程好きだけど。


「私、教えましたっけ?」

「いいや。でも毎朝顔に書いてあったから」


 さすが横顔偏愛男爵でした。表情からの読み取りが半端ないです!

 ちゃんと到着予定時間も伝えてあったのだろうか、と思うほどすぐにクロワッサンと飲み物が運ばれてくる。焼きたてなのか、ふわりとあたりに香る小麦粉とバターの匂いと、空気を伝わってくるほんわかした熱。つやつやとした表面はパリッとしてそうで見るからに美味しそう!

 デートの段取りも完璧とは、さすがデート慣れした大人の男性は……私のようなお子様とは違う。


「ところでこの飲み物は……えっとコーヒー?」


 顔に出したらまたバレてしまいそうなので話題転換を試みる。初めはミルクティーかと思ったのだが匂いが違う。これは明らかにカフェオレだ。この世界に生まれてからカフェオレなんて初めて見た。


「これはカフェオレだよ。コーヒーにミルクが入ってる飲み物で、最近売り出し始めたんだ。普段コーヒーを飲まない人に是非飲んでみて欲しくて。これならジゼルも飲めそう?」

「はい、カフェオレなら大丈夫です」


 日本のカフェオレを想像してカップに口を付ける。勿論カフェオレの味だったが、砂糖が多めに入っているのか予想より甘めだった。


「……もしかしてここに誰かと来た事がある?」


 ――あ。またやってしまった。


 怪訝な顔をするアルマン様を見て気が付く。


「前世で暮らしていた世界に同じ物があって、それを飲んだ事があったので大丈夫だと思っただけで。ここに来るのは初めてです」

「よかった。デートは初めてだと言っていたのに、こんな場所に連れてきてくれる男がいたのかと思った」


 そう言いながら普通のコーヒーを一口飲んだアルマン様の表情は、複雑そうだった。趣味はアレだが、ちょっとした言葉遣いや口調、表情や態度で、そのちょっとした事に気がつく能力はとても優れている人のようだ。商人として成功できたのは運でも何でもなく、この人の才能だったのだろう。

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