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自覚無しだった割にはよく見てますね

 怒りのままに服飾部のドアを蹴り開ける。服飾部の従業員達はそれくらいの事では動じない。「マーガレットー。アルマン様がお怒りだぞー!」「今度は何したの〜? 忙しいんだから早めに終わらせてよ」と部屋の奥に向かって平然と声を掛けている。


 呼ばれている張本人から返事はない。そのまま部屋の奥にあるマーガレットの作業スペースへ一直線に歩いていくと、真剣な表情でデザイン画を描いていた。その彼女、いや彼の机を蹴り上げる。


「ちょっと、ジゼル様のデザインやってるんだから邪魔しないでよ。アルマン様がスピード婚するせいで全然時間無いんだから」


 宙に舞うデザイン画達。マーメイドラインでレースが繊細な物から、いかにも姫らしいプリンセスラインのフリルが可愛らしい物まで。様々な姿のジゼルが描かれている。少しの時間しか会っていないはずなのに、こうもジゼルに似合うデザインをすんなり描き上げてしまうとは。その才能には感謝しているが……これを描くのを口実にジゼルを隅から隅まで触ったとなると話は別だ。


「何故私が怒っているか、分かるだろう?」

「さぁ? 分からないわ」


 わざとらしくとぼけるマーガレット。その態度に更に怒りが増幅してしまう。


「ジゼルに何をした?」

「何をって、女性同士で仲良く話しただけ。あの子可愛いわね、いかにもアルマン様好みの顔で、私も好きよ」

「お前の好みはどうでもいいし、話だけでは無いだろう。ジゼルが体を触られたと言っていたが?」


 ついその光景をマーガレットの姿ではなく、本来の性であるマルセルの方で想像してしまう。


「何想像したのか知らないけど、女性同士なんだから別にそれくらい構わないでしょ?」

「……男だろうが」

「やだ、私は生まれは男だけど自覚は女、ついでに恋愛対象も女性なだけよ」

「だから怒っているんだ!!」


 昔からの旧知の仲なのでよく知っている。私がジェラルディーヌを心底愛しているのを知っているにも関わらず「私も金貨の女性の顔、好みど真ん中!」と言ってきたり、わざとらしく金貨に口付けたり……マーガレットの才能は高く評価しているが、こう好みが同じ発言をされ続けるのは気に食わない。


「ふーん……アルマン様、ジゼル様の事そんなに好きなの?」

「ジゼルのジェラルディーヌ生き写しの横顔が好きだ。それだけで彼女には何にも変えられない価値がある」

「横顔だけ? じゃあ私に頂戴? 私はあの子横顔以外も好きだから」


 まさかのセリフに固まってしまう。好みが同じ発言は聞き慣れたものだが、頂戴とは今まで言われたことが無かった。


「横顔だけなんて勿体無い。小さめの唇も、長いまつげに縁取られたキャラメルみたいな瞳も、適度に筋肉の付いた張りのある肌も、縦型の臍も、親指より人差し指の方が長いギリシャ型の足も、恥ずかしがって真っ赤になりながらも採寸の為だからって我慢してる姿も、全部好き」


 ついその全てを網羅出来る姿を脳内に描いてしまう。ハッとしてその姿を脳内から必死に追い出す。


「ついでに『アルマン様は私の横顔しか見ないだろうから、横から見て可愛いデザインがいいな』って、全女の子の夢ウエディングドレスの要望にアルマン様の事を考えた希望しか出さない健気な子! 好みど真ん中!」


 次々出てくる、私の知らないジゼルの姿。私はあの横顔さえあればよかったはずなのに……何故か悔しい。色んなジゼルの姿を、こんなにも……たった数時間会っただけのマーガレットが知っていることが。


「……私のジゼルだ」


 そう返すのが精一杯だった。悔しさと、湧いてくる恐怖感。私のジゼルのはずなのに、取られるかもしれない。いや、取られないように縛るなり括り付けるなりして繫いでおけばいいのだろうが、そうではない。肉体的な話ではなくて……ジゼルの心が他の人間に向いているのを想像するのが、耐えられなかった。横顔だけではなくて、正面から見たあの笑顔で……他の人間に笑いかけている姿を想像すると、地獄の底に突き落とされたかのような感覚に陥ってしまう。


 ……何故だ。私はジェラルディーヌそっくりな横顔さえあればよかったはずなのに。今朝ジゼルの言葉で「そっくりな顔なのだから戸惑って当然だ」とスッキリしたばかりだったのに。


「横顔だけのくせに〜? グレーゾーンギリギリ、その麗しい容姿を使って人様にとても言えない様な事もして、成り上がって来た人には勿体ないわ、私があの子にした事の方が遥かにマシ!」


 それを言われたら言い返せなかった。確かに私は今までに人に後ろから刺されたって文句も言えないような事をいくつもしてきた。


 「私ならあの子の背中に刻まれた古傷一つ一つまで愛してあげる。横顔がそっくりでもあの子はジェラルディーヌでは無いのだから、アルマン様の愛し方より私の愛し方の方が受け入れてもらえる自信があるわ。勝負してもいい」


 最後の言葉を言い放ったマーガレットの表情は……本気だった。マーガレットがこの表情で勝負してもいいと言ってくる時、それは勝算がある時だけだ。仕事上、何度もこの勝負を買っては……負けてきた。


 ……ジゼルを取られないようにマーガレットをこの商会から追い出すか? いや、彼女はこれでも商会を引っ張るトップデザイナーだ。そう簡単には手放せない。

 ……ならばジゼルを渡すか? ジゼル本人はマーガレットに渡して、私は横顔のみを提供してもらう形にする……いやいや、あり得ない。

 何故、今あり得ないと思ったのだろう。これが一番平和な解決方法だろうに


「何か言いなさいよ」


 色んなジゼルの姿が脳裏を駆ける。

 いきなりのプロポーズに困り固まってしまった困惑顔。

 意外と速い逃げ足。

 同居の老人を思い激怒しながらも、騒がず抵抗しない賢さ。

 私の趣味を可哀想な人を見る目で見ても決して否定せず、言われた通り寝返り一つせず上を向きっぱなしで寝る様子。

 用意された朝食を目を輝かせ美味しそうに食べる姿。そして平民だった割にはそのテーブルマナーも美しい。

 硬貨を磨く事で現れた、まるで開花段階で色が変わる薔薇のような、徐々に色付いていく笑顔。

 大慌てで私を助けようと部屋に引きずり込めるだけの腕力。

 私を心配して悩みを聞き相談に乗ってくれる優しさ。

 疲れていても私の横に座り黙って話を聞いてくれる。

 ……全部。3日間で見てきたジゼルの全てが、私は好きだ。


 そうか、私はジゼルが、横顔抜きにしても好きだったのか。


 私は、これまでもこれからもずっとジェラルディーヌを愛しているが、それとは別に。ジゼルの事も現実に生きる女性として、好きになっていたんだ。


「……ありがとうマーガレット」


 気が付かせてくれたマーガレットに礼を言う。


「でも、気が付いてしまったからこそ、余計にさ許せない。二度とジゼルに仕事以上の接触をするな、ジゼルの全ては私だけのものだ」


 好きな女性がベタベタ触られたと知って黙って見逃す男がいるだろうか? マーガレットだってそれくらい分かっているはずだ。それなのに手を出してきたということは、それくらいジゼルに本気か、私を怒らせたかったのか。それに、背中に傷があるなんて全く知らなかったし、ジゼルにそんな傷をつけた奴は世の中から抹殺しないと気が済まない。


 どちらにせよ気に障った事に変わりはないので、怒りに任せてデザイン画の内で気に食わなかった1枚を破り捨てる。マーガレットもそこまで気に入ったデザインでは無かったのか、破られた事については何も言わなかった。


「そんなの、人に縛られる事じゃないわ。自由恋愛よ、ジゼル様の心はジゼル様だけの物。それをアルマン様が得られるかはアルマン様次第じゃない?」

「……私は欲しい物を得るためなら手段は問わないし、いつだって女神は私に味方してきた。当然手に入れる」

「だからさぁ、恋ってそんな物じゃないから。アルマン様がしてきた事、あの子が知ったらどう思うかしらね〜? 軽蔑される位で済めばいいんだけど」


 軽蔑される、のも好ましくは無いのだが。それを知る事によって、ジゼルが私の元から去って行くことが怖い。ジゼルが私以外に愛情を向けるのが、許せない。


「ジゼルに言ったらタダじゃおかないからな。覚悟しておけ」

「あー怖い怖い。何かあってあの子が私に泣きついてきたら、私もただじゃおかないからね? 覚悟しておいてよ」


 怖い怖いと言うマーガレットの表情は、全くそんな風には見えなくて。むしろこの状況を面白がり、楽しんでいるようにさえ見えた。


いつも読んでくださる皆様ありがとうございます(*´꒳`*)♡

閲覧数と評価を励みに、糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆頑張ります(๑˃̵ᴗ˂̵)♪

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