地獄絵図プラス怒る変態。想像するのは辞めておこう
「うぅ……ただいま……」
服飾部で触られまくった後、今度は美容部でも全身もみくちゃにされ、疲労困憊になった私。装飾部にも連れて行かれそうになったけどまた今度にしてもらい、財務部までやっとの思いで帰ってきた。
「ジゼル様おかえりなさーい。アルマン様来てますよ」
アネットがアルマン様にコーヒーを淹れつつ、私に笑顔を向ける。疲れて帰ってきたのに変態が待っているとか……とどめを刺された気分だわ。
「ジゼルおかえり。私の横に座ってくれるか?」
アルマン様が自分の座るソファーの横を指定してくるので、言われるがままにそこに座る。
「そう、この角度……はぁ癒される。もう王宮での取引が大変で大変で、今日なんてお断りしたのに……ジゼル聞いてる?」
聞いています。返事をする気力すらアルマン様に奪われただけで、ちゃんと聞いています。
「きっとジゼル様も疲れたんですよ。ほら、なんせあの服飾部に行ってたのですから」
アネットがアルマン様の前にコーヒーを置きつつ、私をフォローしてくれる。優しい。
「あぁ、そうだったな。マーガレットは元気にしていたか? しばらく会って無いが、このラピエース商会の初期メンバーなんだ」
ありがとうと言いながらアネットが淹れたコーヒーを飲み始めるアルマン様。
あの背の高い女性はマーガレットというのか。主に彼女のせいで、とても疲れた。
「……ええ、全身余す所なくベタベタと触ってくれるので疲れました」
「「「……は?」」」
近くにいたダニエルも含め、三人の声が被った。
「……?」
顔を見合わせる三人。私は何か変な事を言っただろうか? 何も間違った事は言っていない、真実しか述べていないはずだ。
「ジゼル、ちょっと待って。全身……?」
アルマン様が戸惑いながら聞いてくる。何を戸惑うことがあるのだろうか。商会の初期メンバーなら旧知の仲、よく知っているだろうに。
「そのままの意味で全身です。唇やらウエストやら足の先まで……」
全て言い終える前にバンっとコーヒーカップが机に置かれる。ちょっと! せっかくアネットが淹れてくれたコーヒーが溢れたんですけど!?
「……ちょっと服飾部まで行ってくる」
その言葉一つで周りの空気が十度くらい下がったような気がした。凍りそうに冷たい瞳をしたアルマン様はそう言い残し、部屋を去って行く。意味が分からない。どこか気に触るポイントがあったのだろうか?
「ねぇ、どういうこと?」
まだ顔を見合わせているアネットとダニエルに問いかける。
「えーっと、これ私たちの口から言ってもいいのかな? アルマン様から言ってもらうべきじゃ?」
「でも教えておかないと、後々洒落にならない大惨事になるかも。ジゼル様にも自衛してもらわないと」
二人が言うべきなのか迷いながらも教えてくれる。
「マーガレットさんは見た目は女性ですが、本名はマルセルといって……男性です」
「なるほど男性……男性!?」
確かに背は高かったけれども! 声も少し低めではあったけれども! どこからどう見ても女性だったのに!?
「そして普通、採寸でお客様の体に必要以上にベタベタ触る事はありません」
「アルマン様に喧嘩を売りたかったのか、焚き付けたかったのか、揶揄いたかったのか……全部かもしれない。とにかくアルマン様は怒って出て行かれたので……今頃服飾部は地獄絵図でしょう」
思わず地獄絵図を想像してしまう。ただでさえ元々が裁縫箱が飛ぶ地獄絵図だったのに、それに怒った変態がプラスされるのか。……これ以上想像するのはやめよう。
「って、私が怒るのなら理解できるけど、なぜアルマン様が怒るの? 横顔偏愛男爵様は、横顔のパーツですら触られたく無いってこと?」
きっと変態には変態なりの基準があるのだろう。そう勝手に解釈しながら、アルマン様が溢して行ったコーヒーをクロスで拭き取る。
それにしても、マーガレットさんが男性だったとは、全然気が付かなかった。胸もあるように見えたけどあれは詰め物だったのだろうか? 女性らしい良い匂いもしてたし、全身触られたショックよりも彼女に対する興味の方が大きい。どうすれば男性なのにあそこまで女性になりきれるのだろう? 是非とも教えて欲しい。
「ねぇダニエル、新妻が先に他の人に触られたとなれば普通怒ると思わない?」
「これで気が付かないとなると、アルマン様がよっぽどひどい愛情表現しかしてないんだぜきっと。ジゼル様とアルマン様、どっちが可哀想なのか分からなくなってきた!」
相変わらずこそこそと話す二人は放っておいて、私は元気を取り戻すために硬貨を磨こう。そう思って、レモン水に漬け込んでいた銅貨を磨くべく、瓶の蓋を開けた。
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