いくら忙しくても裁縫箱は投げてはいけない
ダニエルとアネット双方から「大変だろうけど頑張って!」とよくわからない声援を受けながら、十四時少し前に財務部を出て服飾部へと向かった。ラピエース商会の花形部署である服飾部では、平民の日常用の服から舞踏会のドレスまで、様々な服を取り扱っているらしい。
ノックをして「失礼します」と声を掛けつつドアを開ける。
「だからそれは明日でいいって言ったでしょうがっ!」
「明日じゃ間に合わないんだってば、納期が1日早まったって何回も何回も説明したでしょう」
「誰か仮縫い手伝ってよ〜、終わらなすぎて泣きそう」
「うわーんマチ針足りない! 誰か取ってー!!」
怒涛のような叫び声。目の前を飛んでいく裁縫箱。走り回る従業員。思わず開けたドアを閉めた。
(……何これ)
「ジゼル様!来たなら言ってくださいよ!」
閉めたドアが内側から勢いよく開かれる。いや、私ちゃんとノックもしたし声も掛けたよ?
「ごめんなさい、お忙しそうだったので。よければ出直して来ますけど」
「いや、全然忙しく無いですよ。これくらい通常運転ですから」
……これで通常運転? 繁忙期の様子は、聞かない方が良さそうだ。
私のドレス担当だという背の高い女性に、慌ただしい室内に案内され、フィッティングルームに通される。
「さて、ジゼル様。とりあえず何枚か試着してもらえます?」
フィッティングルーム内にずらっと並べられた豪華なウエディングドレス達。ありすぎて何が何やら分からない!
「え? 今日は採寸と聞いたけど?」
財務部のボードにも十四時採寸と書かれていたのを思い出す。もしかして伝達ミスだろうか?
「採寸もしますけど、実際着てみないと着たいドレスのイメージなんて湧かないでしょ? それともご希望のデザインが?」
「えーっと……シンプルに安いやつ?」
日本で見たことのあるようなシンプルなAラインドレスを思い浮かべる。私はただの平民だし、顔も普通なのだからそんな凝ったデザインの物は必要無いと思う。
「……ジゼル様? 節約思考なのは大変素晴らしい事なのですが。今王国で流行の最先端を走るラピエース商会オーナー、アルマン男爵様の結婚式ですよ? この結婚式は言わば広告! ジゼル様は王国中の花嫁の憧れになるような姿になってもらわないと」
フィッティングルームの外から「そうだそうだー!」「ドレスが売れれば私たちの給料も鰻登りの滝登り〜!」と囃し立てる声が聞こえてくる。
「いや、でも私いたって普通の顔だし、そんな広告塔になんて」
「はぁーっ、もう自分の美しさを分かっていないパターンの子来た! 後で装飾部と美容部にも連れて行かなきゃ」
ぐいっと顎を持ち上げられ、至近距離でまじまじと顔を見つめられる。女性同士でなければキスでもするのかと思ってしまうシチュエーションだ。
「平民出身でこんなに綺麗な肌しているし? 薄めの小さい唇にぱっちり二重の瞳ときた。この顎から耳にかけてのラインも完璧ね。いかにもアルマン様好みの、可愛い顔に一滴儚さを落としたような顔だわ。よく平民の中から見つけたわね、こんな子」
顎を持ち上げた手の親指で、唇をぷにぷにされながら言われる。
好みの顔? そりゃジェラルディーヌそっくりの横顔なんだから正面から見てもある程度好みの顔なのかもしれないけど、アルマン様の好みまで熟知しているこの女性は何者なのだろうか。
「うーん、体幹はしっかりしてそうね。コルセットはしっかり目に絞めないとだめだけど、全体的なスタイルはとてもいいから……背中は隠すようにしてここからヒラ〜ってフリル入れて、うん! 結構どんなデザインでも大丈夫そう。ジゼル様のドレスはフルオーダーで作るから、希望とか好みがあったら何でも言って? 式までそんなに日にちも無いしね」
顎が開放されたと思ったら、次は身体中をベタベタ触られる! 採寸って普通メジャーとかでするんじゃないの? 女同士でも恥ずかしいんだけど!?
「創業当時からの仲間の私が言うのだから自信持ちなさい。絶対に王国中の花嫁が羨ましがる姿に仕立て上げて見せるわ。ジゼル様は式当日までスタイルのキープと、妊娠しないようにだけ気をつけて!」
「妊っ……! しませんよ!?」
(するわけないじゃない、あんなジェラルディーヌの強火ファンと。……いや、だからこそなの?)
もう恥ずかしさとか色々で涙が出そう! ダニエルとアネット双方から頑張ってと声援を受けた理由が……何となく分かった気がした。
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