後悔公開プロポーズ
「貴女の横顔を永久に私の物にしたい」
道のド真ん中、周りにギャラリーがひしめき合う中手を握られての公開プロポーズ。しかも相手は初対面の男性、クールな顔のイケメンときた。
私の名前はジゼル。前世では『日本』という国で暮らしていていたが不慮の事故により死亡。そしてこの異世界に転生したは良いが、身分はただの平民の十七歳。どうやらこの世界でも平凡に生きよということらしい。
私の手を握りしめる男性は、平民の私でも名前を知っている「アルマン・ラピエース」男爵。年齢は確か二十代後半。商会を立ち上げわずか数年で莫大な富を築き上げ、その商売方法はグレーゾーンギリギリ。金貨に埋もれるのが大好きな「成金変態男爵」として地元では知らない者はいない。
靴磨き職人として親方の指導のもと働いている私だが、女性ということで酷い扱いを受ける事もある。先程もクレーマー客の言いがかりを受け、そいつのステッキで殴られそうになった所を……このアルマン・ラピエース男爵が身を挺して助けてくれた。女性顔負けツヤツヤの長い黒髪を1つに束ねたイケメンに助けられる、というシチュエーションは大変ときめく物であったのだが。なんせ助けられた瞬間にあのセリフである。
「横顔……ですか?」
それが私に出来た精一杯の返事である。人間は理解の範疇を超えた事象に遭遇すると、脳の回転が停止してしまうらしい。うん、意味が分からない。
「ワシはその小娘に靴を台無しにされたんだ! 成金だか何だか知らぬがワシは子爵様だぞ!!」
クレーマー客が邪魔が入った事を怒り、再度ステッキを振り上げる。危ない……! と思わず男爵様の前に飛び出してしまいそうになったが、男爵様は振り下ろされたステッキを華麗に止めると……まるで汚れた物を見るような目で子爵様の靴を軽蔑した。
「子爵様ともあろう方がその程度の履き潰した靴しか履けぬというのですか。そんな安物で悪い状態の靴、磨いたってそう綺麗になる物では無いでしょうに。そこまで金が無いのであれば、我が商会が一足恵んで差し上げましょう」
クスクスと周りを取り囲むギャラリーから嘲笑うような笑い声が聞こえる。馬鹿にされた子爵様は怒りで体を震わせながら、逃げるようにその場から去っていった。
「大丈夫でしたか? 貴女の横顔に傷か付かなくてよかった」
大真面目な顔でイケメンが私の横顔の心配をしてくれる。だから、何で横顔?
「助けてくださってありがとうございます」
「いいえ。とんだ邪魔が入りましたが、先程のお返事をいただけませんか。今すぐに」
とにかくお礼を言わなければと思ったのだが、相手はとにかく返事を急かしてくる。
勿論私はこの男爵様とは一切面識はない。客として対応したこともない。プロポーズされる理由が全くないのだ。商会は手広く様々な事をしていると聞くので、こちらが客として商会の世話になった事はあるかもしれないが、だからといってプロポーズの理由にはならない。
(あ、分かった。私を商品として売る気ね?)
ふと思い出した前世日本で暮らしていた時に読んだ漫画。人身売買組織に捉えられ、その後オークション等で売られるという流れのものだ。
なるほどそう考えれば納得がいく。そりゃ身内贔屓からか、親方や兄弟子は昔から「ぱっちりした目が可愛い」「まるで貴族様の隠し子のようじゃ」等、可愛い美しいと褒めて育てられたけど、ただの平民である私を今をときめく成金男爵様がお求めになる訳がない。
「うちの娘に何しとるんじゃーっ!?」
私達を取り囲むギャラリーの輪の外から親方の怒鳴り声が聞こえる。男爵様の気がそちらに取られた一瞬のうちに、私は全力で走って逃げた!!
「おい、待ってくれ!」
静止の声が聞こえるが、無視。仕事中だったから動きやすいズボンにシャツ姿で助かった。ドンッと他の通行人の肩にぶつかったりしながら、とにかく走って家まで逃げる。「は?」という顔で何度も見られたが、こっちは身の危険が迫ってるの、許して!
家の中に飛び込むようにして入り、窓やらドアやら全ての入り口に成り得る場所を施錠する。撒くように狭い路地や裏道を使いながら走ってきたし、ここまで来ればもう大丈夫だろう。
息を切らしながら椅子に座り、木製の古いダイニングテーブルに突っ伏す。もう六十過ぎの親方と二人で暮らす小く粗末な家。親の顔も分からず名前も無い天涯孤独な孤児だった私を、道で拾い名前を与え慈しみ育ててくれた優しい親方。三年前に独立してしまった面倒見の良い兄弟子。そんな二人との思い出が詰まった古いながらも大切な家だ。親方に恩返しするためにも、私はここで親方が生を終えるまでは一緒に暮らすと……昔から心に決めている。いくら本気で男爵様に求婚されたのだとしても、応じるわけにはいかない。
(……あれ? でも本当にプロポーズだったとすれば、受けた方が親方に楽な暮らしをさせてあげれたのでは!?)
そう考えると、もうちょっと話を聞いても良かったのかなとほんの少しだけ後悔した。