07:眠れない夜
「いい加減離れたら?」
「………」
少女―――名前はフールラだと分かっているので以降はそう呼ぶ―――は僕にくっ付いているシーラに対して苦言を呈したが、シーラは聞き入れるつもりがないようだ。
「タックは大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないですか?今はもう寝てるでしょう」
「分かりません、彼のことは詳しくないですから」
シーラは楽観的にそう答えて、フールラはゆっくりと首を振った。
あの後、日も暮れるのでとにかく休もうという話になり、シーラの家にやってきた。シーラの家だった理由は僕に引っ付いているシーラが僕を引っ張っていったからだ。その様子を見かねたフールラも僕たちに付いてきたが、タックは自分の家に戻ると言ったので別行動になっている。
「テンシ様、私ちょっと眠くなってきちゃいました」
「早く離れて寝たらどうなの?」
「テンシ様、ベッドまで連れてって?」
フールラは分からないが、シーラに関しては本当にタフだと思う。
これが全て演技だとは思えない。少なくとも半分くらいは素だろう。
「はいはい、ベッドまで運んであげるね」
「一緒に寝ましょ?」
「近くに座って、眠るまで何か話をしてあげよう」
「ええー、テンシ様のケチ」
「……ちっ」
フールラは頬杖を突いて舌打ちをした。どうにもシーラに対する当たりが強い。二人の仲はあまり良く無さそうだ。
そうしてシーラが眠るまで、僕は何となく頭に浮かんだ物語を語っていった。
ぐるぐると回り続ける車輪の話とか、お宝を落っことした神様の話とか。
彼女が寝付くまでかなり時間がかかり、結局僕が自由に動けるようになったのは、夜がだいぶ深くなった頃だった。
居間に戻ると、どこから持ってきたのか、フールラが沢山の本を床に積んでいる最中だった。
「それ、どうしたの?」
「半分くらいはうちにあったものです」
つまりもう半分は他の村人のものを掻っ攫ってきたと。
「それ、読むの?」
「今日は眠れる気がしないので」
蝋燭に灯された火をぼんやりと見つめる彼女の顔はずっと険しいままだ。
僕は彼女の隣に座って、同じように本を読むことにした。
「天使様が、村の人たちを全て消してしまったのですよね」
イマイチ興味のある内容ではなかったのでパラパラと流し読んでいると、フールラから話しかけられた。落ち着いた様子で話かけてくる彼女は、僕にとって不思議に思えた。
「そうだね。僕の身体に変えてしまったよ」
「そうですか」
「僕が憎いかな」
「いえ、そんなことはありません」
「でも、君の村を本当の意味で破滅に導いたのは僕だ」
「例えそうだとしてもです。元々私はこの村をすぐに出ていくつもりでしたから。この村の未来とか生き残った人の数なんてものは、天使様を憎む理由にはなり得ないのです」
「……そっか」
暗い顔で本をじっと睨むようにして読んでいる彼女は、僕にはどこか怒っているようにも思えた。
それからしばらくして、フールラは本を開いたままゆっくりと瞼を落とした。
僕はそんな彼女を抱えて空いている寝室へと運ぶ。起こさないように彼女をゆっくりと寝かせてシーラ家を後にした。
「あ」
「あれ、起きてたの?」
ぼんやりと星を眺めているとタックに会った。
そういえば彼の様子を見に行くのを忘れていた。
ごめんね。
「タックも寝れなかったの?」
「いや、俺は何か、目ぇ覚めちまって」
辺りが明るくなり始めている。彼が眠れなったのではなく、僕が眠れなかったのだろう。
彼は少し早起きをしただけだ。
「タックはさ、この村から出て、どこか別のところに行きたい?」
「え?いや、俺は……」
彼は目を瞑って、ガシガシと頭を掻いている。
「あー、わかんねぇ!なぁ、俺どうしたらいいのかな?」
「そういう時はとりあえず今したいことをしてみたらいいんじゃない?」
「………いま、したいこと」
彼はポカンと口を開けて数秒固まると、急に飛び跳ねて走り出した。
「俺、あいつの墓掘らないといけないんだ!」
「あー、うん、気を付けてね」
とりあえず元気はありそう。フールラやシーラと違って差し迫ったものは無さそうだ。
シーラ家に戻って、何となく置いてあった本を読んでいるときに、彼女らの朝食が必要だということに気が付いた。
「僕ってば気が効くなぁ」
そんなことを呟いて村の中を歩いていく。
そもそも気が効く奴はぼーっと星を眺めていたりしない。
タックが村にあったと思われる農具を使って穴を掘っているのを見つけた。
「ふん!おおぉ!うらぁ!」
特にこちらに気がつく様子もなかったのでそのまま通り過ぎる。
他の家を回って保存食っぽいものを集めて、シーラ家に置いておく。
保存食らしきものはあんまり美味しそうではなかったので村の外へ出ることにした。
森の中で息を潜めて音を立てないように移動し、風上には立たないように気を付けて―――
―――まどろっこしいな、これ。
とはいえ、僕の記憶が確かならばこれが一番有効な手段なので仕方なくそのまま行動する。
昨日村に襲ってきた獣が僕の少し先のところを歩いているのを見つけた。
もうあれでもいいんじゃないかと思って手を出そうとしたときに、一つ思い出した。
彼らは基本的に群れで行動していて、もしはぐれているのが居たとしても、それが群れの中に帰って来なければ必ず犯人を捜して報復が行われるのだ。
人間なんかよりもよほど仲間思いの生き物たちだった。
そんな厄介なものを相手にしても仕方がないので大人しくやり過ごす。
ぴょこんぴょこんと走る兎を弓―――目に付いた家から持ってきた―――で矢を放つ。
外した。
外れた矢はがさりと草を揺らし、それに気付いた兎が逃げていく。
近くにあった石ころを手に取り、兎へと投げる。
飛んでいった石は兎の頭に当たって、兎の動きを止めた。
よっし、どんなもんよ。
一人でドヤ顔をしていると唐突な虚無感に襲われた。
「……早く血抜きしよ」
その後も順調に投石で獲物を仕留めて、何かよく分からない鳥が二羽と兎を二匹手に入れた。
ちなみに弓矢は一回だけ上手く当たった。
知識だけがあっても上手くいかないものなのね。
村へと戻るとタックがそれなりに大きな穴の中に一人の男の亡骸を入れていた。
タックは静かに男を寝かせ、その上へと土を掛けていく。
彼のことは後で呼びに来よう。
気付かれないようにその横を通る。
「……あ、おはようございます。それと、ありがとうございます」
シーラ家に戻ると、フールラが保存食を使って料理をしているところだった。
「一応獲ってきたんだけど、要らない?」
両手に持った獲物を見せると、彼女は首を横に振った。
「いえ、ありがたく使わせていただきます」
彼女にそれらを渡して、横に並ぶ。
「何か手伝おうか」
「いえ、天使様はお休みになられて下さい」
「そう?」
「休まれていないように思われるので」
「じゃあお言葉に甘えて、ちょっと休んでくるよ」
「はい」
黙々と料理を進める彼女を眺めているだけでも面白そうなのだが、休んでこいと言われてしまったので仕方なく彼女から離れる。
シーラの様子でも見に行くことにしよう。
コンコン、と扉を叩く。
返事はない。まだ眠っているのだろう。
起こさないように静かに部屋に入る。
すやすやと眠るシーラを発見した。
その表情が時折険しくなるのは、何か夢でも見ているのだろうか。
「うんん」
ゆっくりと目を開けた彼女と目が合う。
「おはよう、シーラ」
彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返してから、短く息を吐き、ベッドから起き上がった。
「おはようございます、テンシ様」
そうして完成した笑顔を携えてこちらに挨拶をしてくれる。
「よく眠れたかな?」
「はい、テンシ様のお陰でぐっすりと」
「その割には長いこと起きてたけどね」
「テンシ様のお話をもっと聞いていたかったです」
すらすらと語るその様子を見るに、寝起きは良い方なのだろう。
「そっかそっか、そう言ってもらえると話した甲斐があるよ」
「またぜひお話しして下さいね?」
「そうだね」
「今度は添い寝で」
「何か本でも持ってきてそれを読み聞かせようかな。そうなると本を開かないといけないから椅子に座った方がいいだろうね」
「……ケチ」
彼女はどすっという鈍い音がするほど強くこちらに抱きついた。
「フールラがね、料理を作ってくれているんだ」
そう言うと彼女は少し眉間に皺を寄せたが、すぐに表情を作り直す。
「そうなんですか、何か手伝った方が良さそうでした?」
「いいや、多分それはいいんじゃないかな」
「そうですか、でしたら少し村の外を歩きませんか?」
村の中ではない理由は、彼女も今のこの村を見ていたくないということなんだろうか。
「うん、いいよ」
「やった。でしたら少し待っていてください、すぐに準備しますので」
シーラが動き出したのを確認して、彼女の部屋から出て行く。
「少し村の外を歩いてくるよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
フールラはそれだけ言うと静かに料理に戻った。
シーラ家の外でぼんやりと待っていると、タックが近くを通り掛かった。
「やぁタック、どこに行くのかな?」
「おぉ。いや、割と汚れちまって、それで洗いに行こうと思ってよ」
そう言うタックは土でかなり汚れている。彼のやりたいことは終わったのだろう。
「井戸があったよね、確か」
「おー、よく知ってるなぁ。………そういやー、あんた一体何者なんだ?冒険者って感じじゃねぇよな」
彼は思い出したようにそう聞いてくる。この質問に対しての答えは、昨日の夜に、いや今日の朝?、とにかく考えておいた。
「冒険者みたいなものだよ。ふらふらと世界を回ってるんだ」
「はー、そうなのか」
彼は分かったのか分かっていないのか、首を縦に振ってから歩き去っていった。
「僕はからすれば君の方が謎だよ……」
一体何を考えているんだろう。彼にも、こちらが伺えないだけで何か深い考えがあるんだろうか?
そんなもん無いよ、と誰かの呆れた声が聞こえた気がした。