70:惹きつける村
猿や鳥、狼や猪、様々な魔物たちの住処を見て回った。
総じて言えることは、彼らは争いを望んでいるわけではないが、人間のことを疎ましくは思っていて、蹴散らせる機会があれば行動する可能性が高いということ。
テンシはどうしても避けられなさそうな人間対魔物の戦いに頭を抱えていた。
「…………とりあえず水でも飲んだらどうかな?」
「ありがとう」
差し出された器を受け取り水を口に含む。ほのかに甘酸っぱい匂いがした。
「これは?」
そこでテンシは地面に向けていた視線を隣の人物へ移し、
頭に狐のお面を付け、鮮やかな赤色の着物を着たエイメルの姿を発見した。
「……………………楽しんでるね」
「似合ってるだろう?」
自慢げに笑う彼女に首肯だけ返し、テンシは自分の居る場所を見渡した。
木造の家屋が立ち並ぶ長閑な村。狸たちの住処のような賑やかな―――歯に衣着せぬ物言いをするならば騒々しいと言うべきだろう。もちろん良い意味で。―――雰囲気はなく、本当にゆったりとした時間が流れている。
静かという言葉の定義を疑おう。色々な音がするのに、どれも心を荒立てない。ただ漠然とした安心感だけがそこかしこに転がっている。
「ほら、顔を上げて。そのままだと君、この村の置物になるよ」
「何かご利益とかありそう?」
「さぁね。恋愛成就とか祈られてみるかい?」
「そういうのは結構です」
テンシは首を振って思考を放棄する。エイメルはそれを見て満足そうに頷いた。
テンシたちはお福に連れられ、一通り魔物たちの住処を回り終え、最後に狐の住処にやってきた。
そこで見たのは当然のように立ち並ぶ木造住宅の群れ。そこから出てくるのは整った顔立ちの人間―――に化けた狐たち。
事前に聞かされていなければ、こんなところに人が住んでいるのかと勘違いすることだろう。
「静かでいい村だね」
「狸たちの村よりもこっちの方が好きかい?」
エイメルの質問を受け、テンシは狸たちの騒がしさを思い出す。
「うーん、まぁ、その日の気分によるかな」
「ふんふん、そうかそうか」
エイメルは上機嫌に頷いている。
鮮やかな赤の衣が彼女の髪の美しさを引き立てている。
ぼんやりと眺めていると青紫の瞳と目が合った。
「なにかな?」
「………いや、良く似合ってるよ」
「うむ、私もそう思ってる」
エイメルは自慢げに頷いた後、その場でくるりと回った。
袖や裾の部分がふわりと揺れる。
「何で回ったの?」
「気分さ」
「さいですか」
テンシは上機嫌な彼女を眺めて、静かに頷いた。
「ごっめーん、お待たせー」
着物姿のお福がぱたぱたと走ってやってくる。彼女は元々着物だったが、前に着ていたものよりも派手で鮮やかなものに着替えたようだ。明るい青色のそれは彼女の晴れ晴れとした笑顔に良く似合っていた。
「ん、何?お祭りでもあるの?」
「あれー、言ってなかたっけー?」
「やだなぁネシア。私たちと別れる前にお福が言っていたじゃないか。『宴だー!』ってね」
「ん-、そんなことを言っていたような気がしないでもない」
テンシはお福がはしゃいで何か言っていたことを思い出した。どうにも考え事が優先されて、宴どころじゃなかったらしい。
テンシは深呼吸してエイメルたちに向き直る。
「宴って、具体的には何するの?」
「食べてー、飲んでー、歌うー!」
「大騒ぎってわけだね」
お福の大げさな身振り手振りを見てエイメルが苦笑しながら答える。
「狸のみんなも呼ぶの?」
「もちろーん!………といいたいところなんだけどー。ざんねん、今日は都合が悪いみたいでさー」
テンシの問いにお福が肩を落としながら答える。
ミスメとの話し合いの結果、『宴を開くのは構わないがあくまでそれは狐の宴。狸のものを混じらせるわけにはいかない』ということになったようだ。
「まー、しょうがないかなー。今日はしっとり騒いでいくしかないのさー」
「しっとり騒ぐって全然想像付かないんだけど……」
「まぁなるようになるさ」
首を傾げるテンシの肩に、エイメルがそっと手を置く。彼女は涼やかな顔で笑っていた。
「……まぁ、なるようにしかならないか」
考え事から完全に頭を切り替えられたわけではないが、これから行われる『狐の宴』というものに少なからず興味を覚えるテンシだった。
こんばんは。
お読みいただきありがとうございました。
前回の後書きを読んで土曜日に来るかなーと待っていた方、ごめんなさい。間に合いませんでした。
次の話は4/17を目標に書いています。もしよろしければまたお越しください。