68:
テンシたちは、お福に案内されて一軒の家屋へと入る。
それは小屋というより家と呼ぶのが相応しく、大きな建物どころか、まさかの二階建てだった。
「恐るべき狸の建築技術」
「恐らく人間の建物を真似したんだろう」
「あ、そういうことか」
テンシは、ぽんと手を打って納得を表現する。
「それ、気に入ったのかい?」
「いや、こういうときしか『ぽん』なんて擬音意識しないだろうと思って」
「使えるものは使えるときにってことか」
エイメルも同じように手を打った。
彼らの後ろから同じように手を打つ音が聞こえる。
「何の遊びー?」
お福が不思議そうに首を傾げている。
彼女は、テンシたちを先に家へ案内し、集まった狸たちの話を一つ一つ聞いていた。
そこから解放されて帰ってきたらしい。
「いや、なんでもないよ」
「そうさ、なんでもない。狐と狸のどっちが化けるのが上手いか、という実になんでもない話をしていただけさ」
「それは狸だねー」
「んん?」
エイメルの突飛な話に首を傾げたテンシだったが、お福はそれを聞いて若干食い気味に答えた。
「おや、化け比べは既に済んでいるのかい?」
「もちろんだよー。私たちの方が上手いよー」
「なるほどなるほど」
「………まあー、あっちは化けることより騙すことの方が得意だからねー」
「狐は何かに化ける技術より誰かを騙す技術を優先しているのか」
「うんー、そうだよー。だから化けることそのものには、そこまで興味がないんだと思うー」
「そうかそうか――――――」
エイメルはその後もお福から狐と狸の話を聞きだしていく。テンシは口を挟まずに静かにその様子を眺めていた。
「うんうん、だいたい分かったよ。ありがとう」
「どういたしましてー」
家の外では、ぽんぽんという太鼓の音や楽し気な笑い声が聞こえてくる。
「騒がしくてごめんねー」
「ううん、お祭りみたいで嫌いじゃないよ」
「偶にはこういうのもありだろうね」
お福が申し訳なさそうに謝ったが、テンシは気にしなくていいと首を振った。
静かな夜も悪くはないが、誰かの生きている音がする方が安心して眠れる気がしたのだ。
そもそも眠れないが。
「どうかしたー?」
「いや、なんでもないよ」
テンシは小さくため息を吐いた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おはようございますー!」
「おはよーう!」
「おっはー!」
「……うん、おはよう」
「おやネシア、元気がないね」
「僕の元気がないというより彼らの元気があり過ぎるんだと思うよ」
翌朝、狸の集落を見て回ろうとしていたテンシだったが、元気の塊のような狸たちに囲まれていた。
「警戒とかしないのかな」
「しているだろうさ。それを上回るほどにお福という人物は信頼されているのだと思うよ」
「あー、なるほど」
傍らにいるエイメルと小さな声で会話する。テンシにとっては彼らの対応は予想外であった。
「きゅうせいしゅさまー、きゅうせいしゅさまー!」
「え?僕?」
幼い少女が落ち着きなく、ぱたぱたと腕を振りながらテンシに話しかける。
「きゅうせいしゅさまはー、なにをすくうんですかー?」
「…………何を……救うか?」
「……ふむ」
テンシは、明るく話しかける少女の言葉の意味を理解して言葉に詰まった。今の彼は、その問いに対する答えを探すために生きていると言っても過言ではない状態なのだ。答えられるはずもない。
エイメルは問いかけた少女を静かに見つめている。
「えっと、そうだな。僕は、それを探してる途中なんだ」
「わからないのー?」
「うん、ごめんね」
「うーん、いいよー」
少女はそれだけ言うと興味を無くしたように去っていった。
「これまでどんな旅をしてきたんですか?」
「今まで食べたもので一番おいしかったものってなに?」
「吸血鬼っているの!?」
狸の包囲網は続いている。
テンシは掛けられる声に空返事だけを返していた。
お待ちしていた方は大変お待たせいたしました。そして少なくてごめんなさい。
そうでもない方はこんばんは。お読みいただきありがとうございました。
次の話ですが、とりあえず来週を目標に書いてます。