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「よっと、転ばないように気を付けてー」
「今のところ大丈夫そう」
「♪~~♪~」
お福がぴょこんぴょこんと坂道を下っていく。その言葉に従いテンシは慎重に降りる。エイメルは板―――いつの間にか持っていた―――の上に乗り、滑り降りていった。
「何やってんだあの人………」
「楽しそうだねー」
テンシはそんな彼女を白い目で見ていたが、お福は温かい目で見守っていた。
「お福さんは」
「さん、だとちょっと堅苦しいかなー」
「えっと、じゃあ、お福ちゃんは僕らが君たちの住処に入ることをどう思ってるの?」
「僕らーっていうのは、人間も含めて、っていう意味かなー?」
「ううん、僕と、彼女」
「別にー。そんなに気にならないよー。あなたたちは誰も殺そうとしないからねー」
「………そっか。じゃあ人間が入って来るのは嫌なのかな?」
「んー、その辺は微妙かなー。総じて嫌っていう感じー」
「総じて?」
「うんー。あの子たちだって人間を食べるしー、人間が殺そうとしてくるのは仕方ないからねー」
「嫌じゃないときもあるのかな?」
「んー、珍しいけどー、必要以上に殺さないようにしてる人間も居るからねー」
「……じゃあ、最後に、人間は、嫌い?」
「んー」
ピタリと、お福の歩みが止まる。そしてテンシに真っすぐ向き合った。
「嫌い」
呟くように、小さく口が動いた。そこに先ほどまでの笑顔はない。
「でもー、好きな子もいるよー。だからー、人それぞれってやつだよねー」
「…………そっか。そういうものなのかな」
「多分ねー」
くるりと向きを変えてお福は歩いていく。テンシはしばらくの間そんな彼女の後ろ姿を見ていた。
「なにさ、恋でもしたのかい?」
「いや、急に出てこないで欲しいんだけど」
テンシの後ろから声が掛かると、そこには滑り落ちていったはずのエイメルが居た。
「ほんと、魔法使いってなんでもできるんだね」
「なんだか魔法使いへのハードルが高くなりすぎてるみたいで嫌だよ」
「嫌って言われても困るなぁ。上げたのはそっちなのに」
「私は常に期待に応えているだけさ」
「誰の?」
「誰だろうね?」
「適当なこと言うのやめてもらっていいかな」
「はっはっは、君はこういうの好きだろう?」
「何を根拠に言ってるのさ…………合ってるけど」
「話していれば分かるよ」
「僕もう君と話すのやめようかな」
「そうつれないことを言うなよー」
うりうりと小突いてくるエイメルを邪険に扱いながらも、それでも彼女を押し退けたりはしないテンシだった。
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「ネシアとアマリアはー、何が見たいんだっけー?」
「お福ちゃんたちがどんな風に暮らしているのか知りたいかな」
「んー、どうしてそんなことが知りたいのかなー」
「それを知ることで、人間との対立を避けるために何か考えられないかって思ってるんだ」
「ふーん、そうなんだー」
お福は目を瞑って少しだけ上を向く。考え事をしているようだ。
空はもう暗い。視界はあまり良くないが、夜行性の生き物もいることを考えると、テンシたちが帰る理由にはならないだろう。
「とりあえずー、うちに泊まっていくー?」
「泊まる?」
「もう暗いしねー」
ニコニコと笑うお福。他意はなさそうだ。
「いいんじゃないかな」
「じゃあ、泊まっていこうかな」
エイメルは気楽そうに頷いている。テンシはお福と話ができる良い機会になると考えて、その申し出を受けることにした。
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「狸?」
「ぽんぽこりん。なんちゃってねー」
お福について歩いていくと、何匹もの狸に出会った。魔物には見えないが、彼女と一体何の繋がりがあるのだろうか。
テンシは狸に挨拶をしていくお福を見て、ぽんと手を打った。
「あぁ!変化!」
「そうだよー」
テンシの言葉にお福はニコリと微笑む。
そして、体からもくもくと白い煙を出して、それが晴れるとテンシに化けていた。頭に乗せた葉っぱはそのままだ。
「うわー、凄い。僕そっくり!」
「鏡も見ずに自分そっくりだと言い切る君に私は少し驚くけどね。そんなに自分のことを見てるのかい?」
「いや、ナルシストみたいに言うのやめてもらっていいかな?」
「ふふふ、ジョークさ、ジョーク」
テンシが楽し気に笑うエイメルから視線を戻すと、お福が姿を戻しているところだった。
「どうー?すごいでしょー」
「うん、すごい」
「でしょー」
褒められてニコニコと笑うお福。
「となると、ミスメは狐なのかな?」
「そうだ………んっんん、ど、どうかなー」
エイメルの言葉に笑顔で頷こうとして慌てて自分の口を押さえるお福。
彼女の行動を見て興味を持ったのか、エイメルも口元を押さえた。
そんな二人の態度にテンシは失笑し、そして彼も同じように口元を押さえる。
「む、むむむ。しー、だよ?私が言ったって伝わったら絶対怒るからー」
「うん、分かったよ」
ニコニコと笑いながら頷くテンシを不満そうに見るお福だったが、近くの狸に話しかけられたようでそちらを向いて少し話すと、次にテンシの方を向くときには全て忘れたように笑顔に戻っていた。
「寝るとこなんだけどー。柔らかいベッドとかないとダメだったりするー?」
「必要ないよー」
「私も地面に寝かされるわけでもなければ問題ないかな」
「りょーかいー。じゃあ大丈夫だと思うよー」
お福は狸たちに挨拶しながらどんどんと進んでいく。ここら一体は狸たちの縄張りなのだろうか。
テンシたちが歩いていくと、木でできた小屋が何軒も建っていた。
大きさは様々で、テンシの腰ほどまでしかない小さなものや、普通に生活できそうな大きさのものまであった。
「なんか、想像と違う」
「違うー?」
「彼はもっと洞穴とかで暮らしてると思ってたんだろうね」
「うーん、そういうとこで暮らしてる子もいるけどー。崩落の危険があるしー、家建てるのはそこまで大変じゃないからー、建てちゃってるかなー」
「そうなんだ。………とりあえず、寝床の心配とかはしなくてよさそうだよ」
「それはよかったー」
テンシたちが歩いていくと、家々から狸や、狸が化けたのであろう尻尾や耳の生えた人や、太鼓や樽やその他色々な道具類、大きなものだと家が動いて話しかけてきた。恐らく、動いて喋ったものに関しては全て狸たちが化けたものなのだろう。
「お福様!」
「お福様ー」
「お福様ー!」
「はいはーい」
掛けられる言葉に慣れたように対応するお福。
テンシは彼女がそれだけの存在だということをそこで初めて認識した。
「お福ちゃんって、そんなにすごい子だったの?」
「おや、やはり気付いていなかったんだね。………ふむ。力の使い方について、君はもう少し勉強した方がいいかもしれないよ」
「うーん、そういうのはイマイチよく分からないんだよねぇ」
エイメルの言葉で吸血鬼殺しのことを思い出したテンシは苦い顔をした。
「なら後で教えてあげよう」
「頼りになりすぎて怖いね」
「せいぜい私無しでは生きていけない体になるといい」
「それは普通に困るんだけど」
今でも十分彼女に頼っていることを思い出し、テンシは割と本気で不安そうに肩を落とした。
「そういえば、ネシアは失笑という言葉の意味を知っているかい?」
「え、何いきなり。そりゃあ知ってるけど」
「じゃあ、やってみてもらってもいいかな?」
「いや、草生えるってことでしょ?するまでもないよ」
「…………うん、まぁ、そうなんだけどね」
エイメルはそういうことじゃないんだよなぁ、という表情で嘆息した。
失笑の意味が分からない人が多いらしいです。
国語に関する世論調査 の結果、『笑いも出ないくらいあきれる』だと思っている人が六割を超えているというのは有名な話でしょうか。
皆さん知っての通り、本来の意味は『こらえきれず吹き出して笑う』です。