06:空白の村
「うわぁぁぁ!」
先を歩いていたタックという男の悲鳴が聞こえた。
村に着いて、そして、その誰もいなくなった有様を見たんだろう。
「……あの?」
女の子が不安そうにこちらを見ている。『早く歩け』って言われてる気がする。
「大丈夫だよ」
「……そう、ですか」
それだけ言うと、女の子は静かに隣を歩いた。
森を抜けて、村が見えてくる。ごくりと、彼女が息を呑んだ音が聞こえた。
彼女は村がどうなっているのか、ある程度は予想していたんだろう。
魔物の襲撃にあって死屍累々の有様とか。
「………これ、は」
けれど、彼女の予想は、あくまで僕というイレギュラーがいない場合の想定であって、今のこの不自然に静かな村ではないだろう。
女の子は、どうすればいいのか分からないという風に、ただ誰も居なくなった村を眺めている。
タックが誰か居ないかと、村を走り回っている音だけが聞こえる。
「あの、これは、魔物が?」
ようやく声が出たといった様子で、女の子がこちらを見た。魔物がやったなら、腕の一本でも転がっていたっておかしくない。しかしこの村には何もない。争いがあった痕跡はあるが、それ以外に何もないのだ。
「いいや、これをやったのは魔物じゃない」
「じゃあ一体何が……」
彼女は僕から離れるでもなく、しかし、それでもこちらから目を離すことはせずに、ただ黙り込んでしまった。
この村の生き残りについて気になってきたところだったので、彼女に完全な拒絶を示されるのは少し辛い。
彼女を適当な嘘で騙すのは無理そうなので、本当のことを言いつつ無害さをアピールしてみよう。
「君、名前何て言うんだっけ?」
「え?………あっ、えっと、シーラ、です」
唐突に名前を聞かれた彼女は驚いた様子だったが、ちゃんと答えてくれた。
「まず先に言わせてもらうとこの状況を作り出したのは僕ではないよ」
「そ、そうですよね」
彼女は明らかに安堵した様子でこちらの腕を掴みなおした。
別に僕は意図してこの状況を作り出したわけじゃない。そういう意味ではこの状況を作ったのは僕ではないだろう。
詭弁かな?
「君はさ、等価交換って知ってる?」
「えっと、あの、何となくなら」
「そっか。僕はさ、この世界に生まれなくちゃいけなかったんだ」
「でも僕の身体はこの世界の何処にもなかった」
「……はい」
彼女がぎゅっとこちらの腕を掴む。
「だからね、僕がこの世界に来たとき、彼らにその身体を貰ったんだ」
彼女は俯いて、こちらの腕に頭を付ける。
「何か、僕に聞きたいことは、あるかい?」
「貴方は、私の、……私たちの、味方でいてくれますか?」
「そうだな。僕は、まぁ、人間の味方と言っていいと思うよ」
救世主らしいし。という言葉は飲み込んだ。
「私のことを、ここから連れ出してくれますか?」
彼女はそこで顔を上げた。
その顔には、真っ暗な希望が浮かんでいる。
どうせ、無駄だろう、というような、諦めたような表情。
どこかで見た覚えがある。
「うん、いいよ。君をここから連れ出して、どこか人のいる場所に送り届けると約束しよう」
今の目的の無さから考えると、大した手間でもないだろう。
「ほ、本当に?」
「もちろん」
彼女は深く息を吐き、ベッタリと僕の腕にしがみ付いた。
「……さて、タックにはなんて言おうかな」
村中を走り回って、誰も居ないことを確認したであろう彼に。
何と伝えるのが良いだろうか。
「おい!みんな!」
彼はドタバタと走ってこちらに向かってくる。
「みんなが魔物の奴らに喰われちまった!!」
「村ん中探して回ったんだけど全然見つからなくて、フールラは居たんだけど、フールラに聞いたらみんな食べられたって言ってて!」
慌てて話す様子の彼を見て、僕は少し安堵した。
どうやら彼に関しては何か考え事をする必要はないらしい。
「落ち着いて、タック」
「いや、だってよ!みんなが!」
タックの後ろから、あの子が歩いてくる。
可愛くて、優しい、そういう素敵な女の子、ということを僕は知っている。
何故か先程は罵倒されたけど。
「いいから」
「そんなこと言われたって!」
「騒いだって居なくなった人は帰って来ない」
「あ、いや、でも…………」
タックは彼女の言葉を受けて完全に沈黙した。そうして彼女は静かにこちらに近づいて来た。
腕にしがみついている子が、近付いてくる彼女を見て、更に腕に引っ付く。
どれだけ近づけば気が済むのだろうか。
「シーラ。そんな、子どもみたいにくっついて邪魔になってると思わないの?」
「……」
少女が話しかけるもシーラは薄く睨み付けるだけだ。
「………あの、天使様。邪魔なら退けたらどうなんですか?それ」
「てんし様………」
「あー、まぁ、気にならないと言ったら嘘になるけど、今こんな状況だし、流石にね」
少女はシーラを指差してそう言った。
シーラは僕の名前を「テンシ」だと勘違いしてそうだ。
「あの、テンシ様、お邪魔でしたら、私、離れますから」
シーラはそう言うが、腕に込められた力は全く抜かれていない。
「あー、うん、大丈夫だから」
「はい!」
そうしてシーラは僕の腕を抱え込む。その様子を見ている少女の顔は険しい。
「いや、お前らそんなことしてる場合じゃねぇって」
タックは、この場を最も理解できていない身であるだろうに、唯一この場で冷静な判断をしていた。
前話 ifルートですが、あちらはシーラの性格がもう少し慎重さを欠くものだったなら起こってもおかしくないことでした。
本来のシーラは主人公(最弱)を人として酷くぞんざいに扱ったものの、フールラに対する行動はどちらかというと消極的なものです。
あいつ嫌い、ほんと嫌い、くらいのものです。
以下余談です。
主人公のことを人間として扱った人はあまり多くありません。
まずはもちろん彼の両親、そしてフールラ、最後にシーラです、他にも居てもいいかもしれませんが、少なくとも登場人物には出さなさそうなので今は書きません。
シーラ(ifルートは除く)。
彼女は主人公のことをあくまで人間として虐げています。
3人組の会話の中で彼女だけが主人公のことを「あんた」「こいつ」などと呼んでいるのはその現れです。
虐げてる時点で人として終わってる?
それはまぁ、そうですね。