65:陰と陽の道具屋
魔物たちは着実に力を取り戻している。
今までは大きな動きをしてこなかった魔物も、その復活によって新しく動き始めるかもしれない。
人間は数も多く、頭もそれなりに良い生き物だ。だからここまでの繁栄ができている。
そんな人間の時代が、終わろうとしているのかもしれない。
テンシはバイラの町のとある道具屋へと向かっていた。その足取りは酷くゆっくりで、隣を歩くエイメルは若干退屈そうにしている。
「いらっしゃいませー」
テンシが店に入ると、以前はなかった挨拶が掛けられた。
店員はどうやら店の奥から声を掛けてきているらしいが、テンシの傍に近づいてくるような気配はない。
好きに店内を歩いて良いということなのだろう。
「おー、雰囲気あるね」
テンシの後ろから顔を覗かせたエイメルは、店内の様子を見て感嘆の声を上げた。
彼女は軽い足取りで店内へと消えていく。どうやら中を見て回るつもりらしい。
テンシはそんな彼女を見送ってから、店の奥、店員の居る場所へと足を進めていく。
店の奥にはカウンターがあり、そこに二人の人物が立っていた。
一人は前回と同様に深くフードを被って性別すら分からないビレービィと、もう一人は店員仕様なのか同じようにフードを被っているフールラだった。
「…………天使様?」
「えっ、テンシさん?」
「二人とも久しぶり。元気してた?」
テンシは彼を見て驚いている様子の二人へと明るく声をかける。
それを受けて一人の人物が彼に向かって走り込んできた。
それはもちろん彼をこの世界に呼ぶ鍵となった女の子―――――ではなく、非常に数少ない友人に会えて心底嬉しそうなビレービィだった。
「わぁ、お久しぶりですテンシさん!まったく意外と早かったじゃないですか、もう少しフールラちゃんをここに居させてくださってもよかったのにー。あ、私は結構元気してましたよ。もちろんフールラちゃんも元気です!」
「う、うん。元気そうだねビレービィ」
「えぇ、はい元気です!」
被ったフードが深すぎてテンシにはほとんど顔が見えなかったが、見えたとしたらきっとそれはそれは晴れ晴れとした笑顔を浮かべているのだろう、
テンシはいつもと様子の違う彼女に戸惑いつつも、先ほどから動きのないフールラの方を見た。
フールラは目をぱちくりと瞬かせているだけでその場から動く様子はない。動こうとしていたのかもしれないが、ビレービィが想像を絶する速さで行動したので動けなかったのだろう。
「…………あっ、す、すみません。こんな馴れ馴れしく話しかけられたら迷惑ですよね」
「いや、そんなことないよー」
「ほ、ほんとですか!」
ビレービィは戸惑っている様子のテンシを見て、自分の失敗を悟ったが、それもテンシの言葉によって忘れることとなった。
「ふふ。こ、これはもう完全にお友達ですよね。や、やったよ私。ふふふ」
テンシは、にやにやと一人で喜んでいるビレービィの横を通り、未だにその場から動かない少女の元へと歩いていく。
「えっと、ただいまー……っていうのが正しいのかな」
テンシは彼女へと自信無さげに話しかけた。その目線は彼女から少し離れていて、どこか明後日の方向を見ている。
「……えぇ、おかえりなさいませ、天使様」
彼女はそんな彼の様子を見て小さく笑みを浮かべた。
~~~~~~
「え、フールラちゃんを連れて行くわけじゃないんですか?」
ビレービィは不思議そうに首を傾げた。フードを深くかぶったままなので、他人からは首を傾げているのかどうかが非常に分かりにくい。
「うん、ちょっと色々あって今はこっちに戻ってきてるだけなんだ」
「んー、私としては嬉しいですけど…………」
ビレービィはフールラの方を見て口をつぐんだ。フールラは静かに話を聞いている様子で、その表情からは感情を読み取れない。
「あの雨に、何かあるのですね?」
ビレービィの視線を追ったテンシと目が合ったフールラは、彼にそう聞いた。
「うん。ちょっと、いや、だいぶ良くない状況になった」
「良くない状況?」
ビレービィが何のことか分からないといった様子で繰り返した。
「―――とうとう魔物が動き出すのさ」
コツコツ、と足音を鳴らしてエイメルが彼らに近づいて来た。話し合いをしているのを感じて店内の物色をやめたようだ。
「天使様のお知り合いの方ですか?」
「うん。知り合いのエ―――」
「アマリアという。………フールラ、君のことは彼から聞いてるよ」
「えっと、アマリア?」
「そう、アマリアさ」
エイメルがアマリアと名乗ったことを疑問に思ったテンシだが、エイメルはあくまでアマリアと名乗りたいようなので、気にしないことにした。
「アマリア様ですね。……それでは先ほどのお話ですが、魔物が動き出すとはどういうことでしょう?」
「そのままの意味さ。あの雨によって病から回復した魔物たちが、そろそろ人間を攻撃してくるかもしれないって話だよ」
「え、何の話ですかテンシさん」
「あー、まぁ今から説明してくれるだろうから聞いてて」
ビレービィがテンシの肩を叩いてきたので、テンシはエイメルにも聞こえるようにそう言った。
「……ふむ。そういうことなら最初から詳しく話そうか」
テンシの言葉を受け、エイメルはパチリと目を閉じた後に、すらすらと歌うように語り始めた。
あの雨がどういうものか。感染症の実態。今後の魔物の動きについて。
エイメルの話が終わると、ビレービィは静かに肩を落とした。フールラは目を閉じて何かを考えているようだ。
「まぁ、こういうわけで私たちはしばらくこの辺りにいるよ。君たちがこの話を信じるかどうかは勝手だが、今は考える時間が必要だろう」
エイメルはそう言うと、その場を去っていく。そのまま店を出ていくようだ。
「何かあったら呼んでね」
テンシはそれだけ言うとエイメルの後を追った。
「……天使様の、やらなければいけないこと」
残された少女は静かに呟いた。
次話はしばらくお待ちください。具体的に言うと一週間くらいです。