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雨はまだ降り続いている。この様子だと後何日か続きそうだ。
テンシはエイメルと共にデレーティの首都、バイラへと向かっていた。
「これ、すごいね!」
「魔法使いだからね」
テンシは自身を覆うように展開された膜のようなものに守られ空を飛んでいる。そのお陰で彼は濡れることなく自由に飛行できていた。
エイメルはその隣を翼も無しに飛んでいる。
魔法使いはなんでもできる。
テンシはそう考えることにした。
「ネシアは、フールラという少女のことをどう思っているんだい?」
「どうって。学校行こうね、って約束した相手だけど」
「それだけかな?好きとか、愛してるとかは?」
「エイメル、よくもまぁそんなことを恥ずかしげもなく言えるよね、人の心が無いのかな」
「おっと、それは良くない。じゃあ聞き方を変えよう」
彼女は咳払いを一つすると、テンシのすぐ横へと並んで、彼の耳元へと口を寄せた。
「その子と私、どっちの方が好きかな?」
「うひゃっ」
テンシは囁き声がくすぐったくなり、姿勢を崩して彼女から離れた。
「なーに言ってくるのさ」
そして彼は不満げな顔で彼女の方を見る。彼女は悪戯な笑みを浮かべていた。
「ははは、さっきの仕返しさ。いきなり抱きついてくるなんて乙女にすることじゃないよ」
「いや、それはごめんなさい」
「よろしい、今の反応が良かったから許そう」
快活に笑うエイメルは上機嫌そうに空を飛んでいる。テンシは彼女のそんな様子を見て不服そうに唸った。
「そういえばなんだけどさ、エイメル」
「何かな?今は気分が良いから答えられることなら何でも答えよう」
「いや、大したことじゃないんだけど、最初に僕と会ったときさ、アマリアって名乗ったよね」
「うん、名乗ったね」
「エイメルはエイメル・アマリアっていう名前なの?」
「いや、違うよ。アマリアという名前は借り物でね。君と同じさ、ネシア。君がテンシと名乗っているように、私もアマリアと名乗るときがある」
「ふーん、そうなんだ。名のある家柄とか、受け継いだものかと思ったよ」
「……家柄は分かるんだが、受け継いだものって何かな?」
「なんかこう、すごい魔法使いにだけ許された名前みたいな」
「ふっ、あはは、そうかそうか。君には私はそういう風に見えているんだな」
「見えてるも何も、すごい魔法使いってのは合ってると思うんだけど」
「いや何、彼女ならここで自身の実力を誇るんだろうが、私には向いてなくてね。そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、少し反応に困るのさ」
エイメルは照れ臭そうに笑った。テンシは先の仕返しができると考えてニヤリと笑う。
「よーしじゃあもっと言おう。最強の魔法使い!よっ世界一!」
「よせやいよせやい、照れるじゃないか」
「今日も輝いてるよ!こっち向いて!」
「……何かアイドルみたいな気分になってきたな」
「この囁き上手!ミスウィスパー!」
「褒められてるのかな、良く分からなくなってきたよ」
「ズボンもスカートも似合うだろうね!この着こなし上手さんめ!」
「よしネシアそろそろやめよう。君も限界だろう」
「い、いいやまだだよ。まだ僕のターンは終わらない」
「では君に掛けた魔法を解こう」
「うわっ、濡れた!ストップ、僕の負け!お願いだからそれはやめて!」
エイメルがテンシに手を翳すと、彼に雨が当たるようになった。
彼の敗北宣言によって再び魔法がかけられ、雨が防がれるようになる。
「ところでさ、万能の魔法使いさん」
「何かな、私は万能ではないけれど」
「エイメルはこの雨の危険性とか分かったりしない?僕には人体に悪影響を及ぼすような効果が見つけられなくてさ」
「それについてはなんとも言えないかな。うん、申し訳ない」
「そっか。うーん、これからどうなるのかなぁ」
「どうなるだろうね」
先の読めない状況に、テンシは不安そうにため息を吐いたが、エイメルは小さく笑みを浮かべた。