61:君の大切なもの
エイメルがテンシに旅の同行を申し出たあと、二人は近くにあった飲食店に入って今後の予定について話し合っていた。
「テンシはどこか向かう場所はあるのかい?」
「今はこの辺りの魔物を調べようと思っているよ」
「ふむ、確かに魔物がどれほどの力を持っているのか見ておいた方がいいだろうね」
テンシは、うんうんと頷くエイメルを見て、一つの疑問が浮かんだ。
「エイメルは、結構僕に同意してくれることが多いけど、もし自分の意見を出しにくかったりするのなら止めていいからね」
その言葉を受けたエイメルは少しの間目を閉じて、そしてゆっくりと目を開くと、静かに、少し申し訳なさそうに話し始めた。
「………うん、正解だよ。私は少しだけ君に遠慮していたことを認めよう。とはいえ、そこまで話し難いとは思っていなったから安心してほしい」
「うーん、そっか。遠慮はしなくていいんだけど、口で言ってもすぐ行動に移せるわけじゃないし……」
「確かに少し難しいね」
「じゃあとりあえず、今一番気になってることを僕に聞いてよ。聞きにくいんだけど気になってること、みたいな」
「ふむ、そう来たか。………なら一つ聞かせてもらおうかな」
「なんでも聞いて」
「ん?なんでも………うん。さて、聞きたかったことなんだが、それは君の名前についてだよ」
「僕の名前?」
「そう。君はテンシと名乗っただろう?それは確か天使様と呼ばれたからだとか」
「そうだけど。それがどうかしたのかな?」
「それは、大切にしてる名前かい?」
「どういう意味?」
「いや、いつもテンシって呼ぶのはちょっと困るだろうと思ってね。特に思い入れが無いなら私から呼び名を付けさせて―――――」
「ほんと!?いいの!?」
「う、うん。その反応は予想外だったよ」
テンシは椅子から立ち上がってエイメルに近づく。
彼はネーミングセンスの無さから自分で名前を付けるのを諦めていたため、この多少不便な名前でも仕方がないと考えていた。
しかし、新しく名前があるのならぜひともそちらを名乗りたい。
彼はどきどきと胸を高鳴らせながら彼女の言葉を待った。
「ネシア、なんてどうかな?……その救世主――――」
「いい、めっちゃいい!そうだよねそういうのが名前だよね!ありがとうエイメル!」
テンシは喜びのあまりエイメルに抱きついた。
「う、うん、落ち着け。ちょっと落ち着いてくれ」
わいわいと喜ぶテンシに、エイメルどころか周りに居た客も目を丸くさせていたが、しばらく彼は喜び続けていた。
「えーと、君、意外と子供っぽいところがあるね」
「いやぁごめんごめん」
興奮さめやらぬ様子のテンシはニコニコと謝罪した。
「うん、まぁ、君にそういうところがあると予め知っておけたのは僥倖かな。……さて、魔物の様子を見に行くと言っていたが、この雨には濡れたくないんだろう?」
「うん、害は無さそうなんだけどさ。一応アレを浴びるのは避けたいかな。万全を期すなら、空気も吸い込みたくはないんだけどそこはもうしょうがないとして」
「それならば大抵のことは雨具を着ているだけでいいだろうね。問題は魔物との戦闘になった場合だが、そこは私の魔法でなんとかしよう」
「何とかなるんだ」
「魔法で雨を弾くようにするのさ」
「魔法ってすごいね」
テンシは理解できないことは理解せずに、とりあえずそういうものだと考えることにした。
「そういえばネシア―――」
「はいネシアです!」
「うん。君はこれまでの旅で色々な人に会ったと言っていたが、その中で大切な人はできなかったのかい?」
「大切な人?」
「そうさ。魔物の弱体化が終わり、これからは人と魔の争う時代だ。人間は確かに数も多いし、一部は強大な力を獲得したが、魔物と呼ばれる彼らとてそれは同じだ。彼らは力が強いだけではなく、知恵をつけ始めた。罠を仕掛けるのは人間だけではなくなるということだよ。君のようなイレギュラーな存在なら兎も角、大抵の人間には今死の危険が迫っている。それこそ大陸中でね。本当に安全な場所なんてとても限られているだろう。君の知り合いたちはその中にでも入っているのかい?それとも守る必要の無い人間しか居なかったのかな」
テンシは彼女の歌うような語りを聴いて、一つの約束が思い浮かんだ。
彼がこの世界に天使の姿を取ってやってきたのは、たった一人の為だったはずだ。