55:傘をあなたに
二本目です。
雨はしとしとと降り注いでいる。降りやむ気配は無さそうだ。
テンシは、この雨に当たってでもコロンセントの元に急ぐべきかどうか悩んでいた。
「……酷い雨だ。外に出るのかい?」
そんな彼の後ろから声が掛かる。どこか明るい雰囲気の女性の声だ。
テンシが振り返ると、そこには白い髪をした中性的な顔立ちの女性が居た。
彼女はその手に傘を一つ持っている。
「うん。でも雨に打たれてでも行くべきなのか悩んでいてさ」
「なるほどね。外を見て固まっているから何事かと思ったよ」
「あー、うん。別になんでもないんだ。ただちょっと濡れるのが嫌でさ」
「そうかそうか。………うん、それならこれを持っていくといい」
女性は沈黙の後、短く頷くとその手に持った傘をテンシに差し出した。
テンシは傘を貸してくれるというその女性を不思議に思い、受け取らずに彼女の顔を見つめた。
肩に付く程度に短く切られた白髪の特徴的な女性だ。
「おや、私の顔に見覚えでもあるのかな?」
「いや、ないよ。ないからこそ、初めて会う君がどうして僕に傘を貸してくれるのかなと思ってね」
テンシは彼女の問いに対して首を横に振った。彼には白髪の女性の知り合いは居ない。
「あぁ、そういうことか。なに、簡単なことさ。………ただの気まぐれだよ。特別な理由なんて何もない。遠慮せずに受け取って欲しいな。私はここでしばらく雨宿りしていくつもりだったからね」
白髪の女性は少し沈黙し、小さく笑うともう一度その手に持った傘を差しだした。
テンシは今度こそ彼女からそれを受け取る。
「ありがとう。………うん。これなら雨に濡れないで済むね」
「どういたしまして。では私はここで待っているから、君は行きたい場所に行くといい」
「あっ、そうだ。名前を聞いておかないと、返すときに不便だよね」
「うん?……ふふ、そうかそうか。律儀な奴だね君は。私はアマリア……いや、君にはエイメルと名乗ることにしよう。ただのしがない魔法使いさ」
「へぇ、魔法使い!初めて見たよ。後で話を聞かせて欲しいな」
「もちろんいいとも。後でじっくりと話をしようか」
テンシはエイメルと名乗った女性に改めて礼を言って、冒険者ギルドを出た。
ぽつぽつと、傘に雨粒が当たる音がテンシの耳に心地よく響く。
魔法使い、なんて心が躍る言葉だろうか。
彼は、今降っている雨のことがどうでもよくなるくらいに上機嫌だった。
陽気な足取りで、コロンセントの住んでいる城の前まで歩いていく。
彼が城門へと辿り着くと、衛兵らしき人物に名前を聞かれ、しばらく待たされてからそこを通された。
ぽつぽつと、雨が降り注いでいる。
テンシは待たされている間も屋根の無い場所に立っていたため、雨風にさらされていた。
しかし、彼はそんな中、傘の奏でる音色を聴いてどこまでも陽気だった。