05:一欠片の悪意
「さて、馬鹿と言われた天使兼救世主さんは何をすればいいかな?」
改めて周りを見回す。目に付くのは衣類や血痕で、肝心の人間は見当たらない。
本当に人が消えてしまったような感じだ。
「うーん」
何だか、忘れていることがあるような気がしてならない。
僕は目を瞑ってしばらく記憶を整理していた。
「あ、原因僕か」
そして思い出した。どうやら僕が生まれるために生贄として食いつぶしてしまったらしい。
「なむなむ」
何となく手を合わせて冥福を祈る。殺された相手に祈られても迷惑だろうが、こういうのは気持ちの問題だ。別に殺したかったわけでもないので手を合わせるくらいは構わないだろうだろう。
静かな世界に耳を傾ける。ざわざわと風が木々を揺らす音に混じって人の声が聞こえた。
翼を広げて動きを確認する。
「うん」
何の問題もなく動きそうだ。特に他にすることが見つからないため、声の聞こえた方向へと向かうことにする。
気を抜いていたせいか、予想以上に速度が出てしまった。声のした場所を余裕で通り過ぎたので先ほどよりも少しゆっくりと飛んでいく。
声のした場所に二人の人間を見つけた。怪我の具合から察するに先ほどまで獣たちに襲われていたようだ。そうしてゆっくりと彼らの近くに降り立った。
「えっ?」
「……は?」
女一人、男一人、死体一つ。
女性は獣に噛みつかれたらしく腕からダラダラと血を流しているが出血多量による死や傷口から病気でも入らない限りは大丈夫だろう。
逆に男性は右腕を失っていて、更に足や腹もかなり傷付いている。このまま放っておくと危険だろう。死人に関しては、どうしようもない。
すたすたと、女の子の方に近づいていく。男の方が重症だが、こちらを見る目が怖かったので後に回すことにした。
「っ」
女の子は少し驚いたようにこちらを見ているが敵意はなさそうだ。
女の子の身体に触れて、その傷を塞いでいく。彼女の治癒力を高めてあげれば傷は塞がった。
「……あ」
「な、なんだ?!」
もののついでということで、今彼女が感染している病気に対して免疫力を付けてみた。これはどちらかというと実験に近い。自分の能力を試してみたかったのだ。まぁ、傷は治したし、このくらいはいいだろう。
「あの、ありがとう……ございます」
「いいよー、はいじゃあそこのガタイのいい君」
「お、俺も治るのか?!」
「多分ねー」
こちらを見る目から敵意が薄れたようなので男の方に近づいていく。
男の場合は肉が足りないので転がっている死体から拝借することにした。拒絶反応とかで危うく殺しかけたが、これも彼の身体を弄くり回したら何とかできた。
僕ってば意外となんでもできそう。自身のの有能さを感じられ、少し気分が良い。
「お、おぉぉ!」
元気になったようで男はぶんぶんと腕を回している。
取れないよね?うん、大丈夫かな。
「うおおおお!ありがとう、よく分かんない人!」
「うん、どういたしまして」
そして強く手を握られ、上下に揺さぶられた。力強い握手は彼の完全復活を意味していた。
「それじゃあ僕はもう行くからね」
「あの、お名前を」
女の子が飛び上がろうと翼を広げた僕に声を掛けた。
「名前………」
「その、助けていただいた、お礼もしたいですし」
女の子はそう言ってこちらに近づいてくる。そしてがっしりと僕の腕を掴んだ。
彼女は照れたように頬を赤くしていたが、どちらかというと『絶対に逃がさねぇからな』と脅されている気分だった。
「そ、そっか、まぁ、そういうことならもう少しこっちに居ようかな」
「は、はい。是非!」
女の子は嬉しそうに笑った。
男はさっきまで体が治ったことではしゃいでいたが、今は静かだ。
静かになった男が気になり辺りを探すと、亡くなったもう一人の前に佇んでいるのを見つけた。
「カバイ……」
僕は男の隣まで歩いていく。
男は、そこに膝を付いて泣き始めた。
僕の記憶に何かが引っ掛かっている。怒りとも悲しみとも判断が付かない。少なくとも零れる涙はなさそうだ。
「タック、カバイのこと持てるわね?」
女の子は冷たい声でそう言った。
「ひっぐ、うぐっ、何、でだよぉ」
「置いていく気?」
「…………んなわげねぇだろ!あだりまえだろうがよぉ!持でるにぎまっでらぁ!」
男は亡骸を抱えると、重たい足取りで村の方向へと歩いていった。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ」
どんな人間にも死だけは平等にやってくる。真の平等は終わりにしかない。始まりは不平等に満ちている。
僕の記憶に何かが引っ掛かっていた。
「えっと、腕はこのままで?」
距離の近すぎる女の子に疑問を投げる。腕を掴んだままの彼女は目と鼻の先に居る。
「ダメでしょうか?」
「いや、まぁ、うん」
「……ダメでしょうか?」
「うーん」
「……………ダメ、でしょうか?」
「……ダメじゃないです」
それにしても、隣人が死んだにしては反応が薄いように見える。死というものが彼女の心に何か影響を与えたようには見えない。
「あの、行きましょう?村まで私が案内しますから」
不透明な女の子はそう言って僕の腕を引いた。