39:吸血鬼の住む森
ライラルと共に館へと戻るとそこにはかなり古臭い廃墟があった。
恐らくライラルの館だったものだろう。
「あれ、サリネインさん無事かな?」
「さぁな、10分の1くらいは吸血鬼じゃろうし、屋敷が崩れたくらいで死なないじゃろ」
ライラルは面倒そうに答えた。どうやらサリネインが自分の館に入っていることは問題ないらしい。
「テンシ殿、先程は助かった。儂だけじゃと、ちっと辛かったでな」
「えー、本当かなぁ。ライラルさんだけでも結構余裕そうに見えたんだけど」
「そんなことないわい。決定打が無かったからの」
「あー、あの必殺技かぁ」
「必殺、とな。まあ、あれで倒せなかったら流石にどうしようもなかったの」
「そのときはどうしたの?」
「逃げるしかないかのー」
「逃げるだけなら簡単だったのかな」
「奴はまともに空も飛べんかったようじゃし、余裕じゃったろうな」
「なるほどなるほど。……とりあえず僕はサリネインさん発掘してこようと思うけど、ライラルさんは?」
「その辺りにベッド出して寛いでてよいかの?」
「ん、了解。それじゃあ行ってくるよ」
「んむ、すまんの」
ライラルは疲れた顔をしながらぽてぽてと館だったものから離れていくと、自分の前に黒いベッドを出現させ、ゆっくりと倒れ込んだ。
「サリネインさーん?無事ー?」
館の残骸を退かしながらサリネインを探す。
「こ、ここです」
小さな声が聞こえたのでそちらに向かっていく。
歩いていくと、犬小屋のような小さな建物の中にサリネインが縮こまって入っていた。
「……それは?」
「えっと、お屋敷が崩れそうになったときに乗っていたソファが形を変えたものです、多分……」
「なる、ほど?」
ライラルは屋敷内に居るサリネインのことを気に掛けていたということだろうか。
「体はもう大丈夫?」
「あ、はい。足はもう治りました」
サリネインを引っ張って小屋から出してあげながら彼女の体を確認する。
足は、治ったというより生えたの方が正しいんじゃないだろうか?
「あのぅ、ライラル様は私のことを何と言っておりましたか?」
「特に何とも言ってなかったよ」
「そ、そうですか」
サリネインは不安そうに頷いた。
「これからどうするの?」
「えっと、そう、ですね。少ししたら何処かにまた家を建てようと思います」
「……へぇ、それでいいんだ」
彼女が襲われたのは、きっと、ここに居たからだろう。
ちゃんとした吸血鬼であるライラルやアルヴァインが居るこの地に居たから。だと言うのに彼女はここに残りたいのだろうか。
「はい。吸血鬼殺しに襲われることは理解していましたから。それに、もう私は人間ではないですから、どこへ行こうと誰かから狙われます。……これは人間も同じでしたね」
「そうかもね」
「……それにやっぱり、アルヴァイン様のことも心配ですから」
「そんなに?」
「えぇ、はい。あの人はいつネイティさんに呪われてもおかしくないですから」
「あー、それは、そうかもね」
「ふふ。……はい、やっぱり、私はここが良いんですよ」
サリネインは少し照れくさかったのか僕から目を逸らした。
「えっと、片付けた方がいいんでしょうか?」
「………まぁ、サリネインさんがやるなら手伝うよ」
ごちゃごちゃと館の中のものが辺りに散乱している。
「では、まずは大きなものから退かして整理していきましょう」
「はーい」
サリネインの指示に従って廃墟を掃除していくことになった。
「テンシ殿はもう行くのかの?」
「そういう風に見える?」
大体の掃除が終わった頃、起きて来たライラルに声を掛けられた。
「ああ、そうじゃの。お主はただここを通りすがっただけ、目的は他にあるんじゃろ」
「目的って言っても、いまいちよく分からないものなんだけどね」
「かか、いいんじゃないかの、そういうもので。そのうちはっきりしてくるじゃろ」
「そうかなぁ」
世界の救い方とか、見つかるだろうか。
「ま、見つからなくても行動したことは無駄にはならんじゃろ」
「んー、それは、そうかも」
「じゃろ?……まぁ、アルには適当に言っておくから、離れ難くなる前に行くのがいいんじゃないかの」
「……うん、分かった」
翼を広げて、体の調子を確認する。
概ね問題なし。これならスティービルだろうとアライエアであろうとどこだって行ける、気がする。
「さようなら、じゃなくて、また来るよって言ってもいいかな?」
「かかか、もちろんじゃよ。またいつでも来るといい」
僕の言葉にライラルは嬉しそうに笑ってくれた。
「うん!じゃあまた来るよ!」
「うむ、またな」
翼を広げて空へと上がる。
地面の方へ手を振ると、ライラルとサリネインが手を振り返してくれた。
それを少しの間眺めてから翼を羽ばたかせる。
スティービルとアライエア、どちらに向かおうか?もう一人がスティービルに居るのでアライエアに行くのが良さそうだと思うのだが、一つ懸念事項がある。
最近どうにももう片方との繋がりが薄い気がするのだ。
悲しい一人芝居をしていたのが嘘のように向こうの様子が分かりにくい。
そんなことを考えながら空を飛んでいると、またしても誰かにぶつかりそうになった。
「おぉ、ごめんよ」
「あぁ、いや、僕は大丈夫さ。君こそ怪我はなかった?……ってテンシじゃないか、どこ行くんだい?」
ぶつかりそうになった相手はまたしてもアルヴァインだったらしい。
「ん、アルヴァインか。どう?元気?」
「ハハハ、ネイティに殺されかけてたよ」
「え?浮気バレたの?」
「バレてないし、そもそも浮気じゃない」
彼はひどく真面目な顔をしてそう言った。
「ふーん?んで、大丈夫そうだし僕はもう行くね」
「おいおい、つれないなぁ。行くって、どこに行くんだい?」
「さぁ、それは今から考えるところだよ」
「へぇ、テンシも意外と適当なところがあるんだな」
「んぅ、君に言われると少し腹が立つなぁ」
「えぇ?酷くないか?」
アルヴァインは眉を下げて悲しそうに肩を落とした。
「酷いもんか、全く。世の男性諸君は君のようなやつを憎んでいるものさ」
「え、えぇ?そんなに言われるようなことしたかな……」
どうやら本気で落ち込み始めたらしい。
「ははっ、冗談だよ、三分の一くらい。また来るよ、アルヴァイン!」
そんな彼の肩を軽く叩いて空を飛ぶ速度を上げる。
「あ、ああ!またいつでも来いよな!」
後ろから元気のいい声が聞こえてきた。
吸血鬼というものは、人間を襲うものらしい。だから人間は吸血鬼を殺すのだ。それは、襲われるから撃退するという、当然の話で、吸血鬼だってそのことを分かっている。
けれど、人間を襲わない吸血鬼だって、居ないわけではなかったのだろう。ただ、吸血鬼という理由で人間が彼らを攻撃したから、反撃した。そういう話だって沢山あったと思う。
僕は彼らと出会うことで、吸血鬼のような、人とは違う生き物について強い興味を抱いたと同時に、少しだけ人間のことが嫌いになった、かもしれない。